あの場所へ


キャンドルが宿の手配を終え、一行はアガラの町の宿の一室に入った。

「なんだか、大変だったね」

と、ハトネがソファーに座りながら口を開く。

「そうだね‥‥」

ラズはため息を吐いた。

「しかし、妙なことになったな。クリュミケールはまあアドルの知り合いだからいいけど、他はわけわかんねー奴らばっかだし。それにその金髪の男は名前すら知らねーぞ」

キャンドルがカシルを見て言えば、

「はは‥‥この前の時はいなかったもんね。彼はカシルだよ。まあ、仲間‥‥かな?」

曖昧なラズの言葉にキャンドルは首を傾げ、

「まあ、そんなのは今はいいか。これからどうするかだな」

と、ソファーに座り俯いたままのアドルを見る。
母親を失い、帰る場所を失ってしまった彼のこれからを考える為に、ゆっくりできる場所に来たのだから。

「そうだな。いつまでも宿屋にいるわけにも‥‥」

クリュミケールはそう口にしながら、自分も昔、フォード国の宿屋に数週間泊まり続けていたことを思い出し、口ごもった。
これからのことが決まらない彼らの様子に、

「なら、僕の家はどうかな」

と、ラズが言う。
それを聞いたクリュミケールは目を細めた。それは、あの場所なのだから。

「フォードーーレイラフォード国、だね」

ハトネがその国の名を口にした。

「レイラフォードって、けっこう遠いな。港町まで行って‥‥んー‥‥」

キャンドルが悩むように言うと、

「大丈夫だよ!私の魔術で一瞬で行けるよ!」

隠すことなくハトネがそう言うので、アドルとキャンドルは目を丸くする。

「まっ、魔術?ははっ、なに言ってんだよ。そんなおとぎ話でもあるまいし‥‥」

キャンドルが呆れるように言うと、

「むー!信じてないんだね!魔術は存在するんだよ!ほらっ!」

頬を膨らませながらハトネは人差し指を前に突き出し、宿屋の一室にあった花瓶をふわりと浮かせてみせた。

アドルとキャンドルは瞬きを数回して、

「えっ‥‥てっ、手品?」

なんてアドルが言うので、ハトネはますます顔を真っ赤にしながら膨れっ面になり、部屋中の物をふわふわ浮かし始める。

「はっ、ハトネさん落ち着きなよ」

さすがにラズがそれを止めれば、

「だって!この人達が信じないんだもん!」
「そりゃ‥‥普通の人はなかなか、ね」
「むーっ‥‥」

ラズに宥められて、ハトネは浮かせていた物を元の場所に戻した。

「私ね、リオ君のお陰でこの力、好きになったんだもん。気持ち悪くないって言ってくれたから、この力のお陰であの時、助かったって言ってくれたから」

それを聞きながら、そんなこともあったなとクリュミケールは思い出す。

(しかし、レイラフォードか。まさかこんな形でハトネ達と、そしてアドル達とあの国に行くことになるなんてな。フィレアさんにアイムさん、エナンさんは元気にしてるかな。レイラの墓参りも‥‥)

クリュミケールは五年振りに行くことになる大切な場所に思いを馳せた。

「まあ、実際見たら早いよ!だから、皆、私のとこに集まって!」

ハトネが言い、アドルとキャンドルは顔を見合わせながら彼女の側に行く。
クリュミケールも行こうとしたが、その場から動かないカシルに気づいた。

「あっ、そうか。カシルも転移魔術を使えるんだったな」

と、クリュミケールが言い、

「でも、カシルは変わったな。ラズ達と連絡を取り合ってたなんて。でも、そういえばなんでカシルが?カシルもオレを捜していたのか?って、あれ!?」

質問の途中で、視界が揺れて宿屋の一室から景色が一気に変わる。

感傷に浸ったり、感動する間もなく、大きな城が視界に入った。

「さあっ!レイラフォードに着いたよ!」

国に入る門の前で、胸を張りながらハトネが言っている。
ハトネの魔術ではなく、自分はどうやらカシルの転移魔術でここに来たようだとクリュミケールは気づいた。
横に立つ彼を見ると、そっぽを向いている。

(話したくないってことか)

そう思い、クリュミケールは肩を竦めた。

「へっ、えっ、マジで?」
「わっ、わぁー!?こっ、ここが、レイラフォード!?」

初めて転移魔術を体験したキャンドルとアドルはキョロキョロと辺りを見回した。

「さっ、驚く気持ちはわかるけど、僕の家に案内するよ。僕も、母さんに会うの久しぶりだな‥‥」

ラズは優しい声でそう言いながら門を潜る。
賑わう城下町を見て、この国の平和は保たれているんだなとクリュミケールは安堵した。

そうしてラズの家の前まで行くと、隣の家で花壇に水やりをしている女性がこちらに気づき、

「ラズにハトネちゃん、帰って来たの!?えっ、なんでカシルが!?」

その女性は驚きながら言う。

「フィレアさんっ!久しぶりだね!五年振り!」

ハトネは嬉しそうにそう言って、女性ーーフィレアに抱きついた。

「えっ、ええ‥‥本当に。でも、どうしてカシルも一緒にいるの?」
「一応、リオさんを捜すことに協力してもらってるんだ」

ラズの言葉を聞き、フィレアは意外だという顔をする。
それから、次に見慣れない三人を見た。

(‥‥フィレアさん、久し振りだな。髪、切ったんだ。でも、五年前と外見が変わっていないような‥‥)

クリュミケールはそう思いながら彼女をじっと見つめる。

「ねえ、ラズ。彼らは?」
「えーっと、ついさっきから一緒に行動してる人達、みたいな?」

ラズは困ったようにフィレアに言った。

「‥‥おれ、アドルって言います。ニキータ村から、来ました」
「俺はキャンドル。まあ、同じくニキータ村出身だ」
「オレはクリュミケールです」

と、三人は名前を名乗る。

「ニキータ村って、確か違う大陸よね。ずいぶん遠くから‥‥」
「ついさっき、ニキータ村が大火事になっていて、僕らもたまたまニキータ村にいたんだ。それで、ハトネさんの魔術でここに」

ラズはフィレアに簡単に説明した。

「まあ‥‥」

フィレアは中でも一番暗い表情をしているアドルを見つめ、

「それなら‥‥私の家、ラズの家の隣だから。もし長くいるなら、ラズの家だけじゃなく、いつでも私の家で休んで行くといいわ。私、一人暮らしだし、部屋も余ってるし。宿代も浮くし、ね」

その言葉に、クリュミケールはぽかんと口を開け、

(一人暮らし?アイムさんは?)

そんな疑問を浮かべた。


◆◆◆◆◆

一行はラズの家に招かれ、

「ゆっくりしてていいよ。僕は母と二人で暮らしてるんだ。今、母さん病院に行ってていないみたい」

ラズが言い、一行は自由行動をすることとなる。


ーー八年前に国の再建を目指し、五年前にようやく新たなひとつの国となったこの場所。
いつか帰ると決めた場所。
クリュミケールは一人、城下町を歩いていた。
再建して、昔と形は変わったけれど、

(‥‥あの店、レイラと約束の石を買った店だ)

変わらないものも、もちろんそこにはあった。

「リオちゃん」
「!」

懐かしんでいる途中でその名を呼ばれ、クリュミケールは慌てて声の方に振り向いてしまう。

「あ‥‥」

振り返ると、そこにはフィレアが立っていた。

「リオちゃんどうしちゃったの?名前まで変えて、そんな男の子の格好をして」
「‥‥」
「おかしいわね、ラズ達は気づいてないのかしら?」

完全にクリュミケールはリオなんだと理解して言葉を続けてくるフィレアに、

「‥‥はは。やっぱ、フィレアさんは大人だなぁ。色々‥‥あってさ。カシルは知ってるよ。でも、まだラズとハトネには言わないでくれるかな。自分で話すよ。フィレアさんにもまた、話すから」
「リオちゃん‥‥」

フィレアはそれ以上は何も聞きはしなかった。

「ただ、ロナスが生きていた。五年前‥‥会った。あいつも、シュイアさんやサジャエルと繋がっていたんだ」
「ロナスが、シュイア様と‥‥!?」

信じられないと、フィレアは口元に手をあてる。クリュミケールは真っ直ぐに彼女を見つめ、

「フィレアさん‥‥五年前と外見が変わっていないような気がするんだけど、気のせいかな」

ラズは、五年で大きく成長していた。しかし、フィレアはそうじゃない、気がする。男女の差や年齢の差はあるのかもしれないが‥‥

すると、フィレアは小さく頷き、

「私は‥‥やっぱりシュイア様が好き。この想いは届かないのかもしれない。でも、シュイア様と同じ時間を生きたいと思った。愚かな考えよ。‥‥レムズを覚えているかしら?」
「魚人とエルフのハーフの彼?」
「ええ。五年前、偶然レムズとカルトルートがレイラフォードに来たの。それで、他愛ない話をしていた時に、レムズに教えてもらったの。エルフは生まれた時から魔術が使える。そして、人間でも魔術が使える術があるーー‥‥エルフの血を飲むと、人間でも魔術が使えるようになる、不老にはなれないけど、時の流れがゆっくりになって、歪むんだって」

初めて聞く話に、

(じゃあ、カシルやハトネ、シュイアさんもそうして魔術を?)

そうクリュミケールは思った。

「五年前、レムズに案内されて、エルフの里に行って、里の長が管理していたエルフの血を譲ってもらえたの‥‥」

そこまで聞いて、クリュミケールは視線を落とす。
できるなら、フィレアにはそうなってほしくなかった。人として、シュイアを想ってほしかった。
けれど、レイラを救うために不死鳥を頼り、不老になった自分が言える立場ではない。
クリュミケールは自嘲し、

「そういえば、アイムさんは?さっきフィレアさん、一人暮らしって言ってたけど‥‥」

その問い掛けに、フィレアの瞳が揺れたことを、クリュミケールははっきりと目にした。

「アイムおばさん、二年前にね、老衰で‥‥」
「‥‥!」

フィレアは最後まで言い切れず、目に涙を浮かべてしまう。しかし、聞かなくてももうわかった。
理解して、クリュミケールは青空を見上げた。

あの日も、こんな青空だった。五年前、最後にアイムと交わした言葉。与えてくれた言葉。

『無理に帰らんでいい。約束もしなくていい。旅人は、きっと旅先で何かを見つけるのじゃから。リオ。お前が安心してゆっくりと眠れるような、綺麗な、美しい場所を見つけるといい』

(アイムさん‥‥今なら、あなたのその言葉の意味が、わかるよ)

『次はお前が幸せになるんだよ、リオ』

(‥‥)

『お前やフィレアは大切な娘だからね』

(‥‥)

クリュミケールは目を閉じ、

(見つけたよ、アイムさん。ゆっくり眠れる場所を、幸せになれた場所を‥‥あなたが約束をしなくていいと言ってくれたから、だから‥‥オレは帰らなかった。一時でも、全てを捨てた。でも、後悔してないよ、アイムさん‥‥)

けれど、もう一度、話したかった。伝えたかった。
アイムの言葉のお陰で、今の自分があるのだから。


*prev戻るnext#

しおり


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -