再び炎の中で(後編)


燃え盛るアドルの家の中に入り、

「アスヤさん!」

と、クリュミケールは彼の母親の名前を叫んだ。しかし、返事は返ってこない。
アスヤを捜しながら、クリュミケールは家の中を見て回る。
先日まで平和だったこの家が変わり果ててしまった光景ーー自分を救ってくれた場所。

アドルの父ーーカイナが亡くなってからは、いつもアドルとアスヤと共に食事を囲んでいた場所に辿り着き、クリュミケールは何かを凝視する。
食卓の横に、アスヤがうつ伏せになって倒れていたのだ。

急いで彼女の所に駆け寄ろうとしたが、ドスッーー‥‥!と、クリュミケールの足元に一本のナイフが突き刺さる。
背後になんらかの気配を感じ、勢いよく振り返った。
そこには、フードを深く被った小柄な人物がいつの間にか立っていて‥‥

「お前‥‥」

顔は見えないが、その姿に見覚えがあった。

「‥‥そう。あんたは私を知ってるはずだ。今の私も、前の私も」

それは、低い少女の声。
確かに、知っている。しかし、違和感を感じた。【今の私】そして【前の私】‥‥クリュミケールは記憶を手繰り寄せる。
だが、今はそんな場合ではないと、クリュミケールはアスヤの元に駆け寄り、うつ伏せに倒れた彼女の体を仰向けにして呼吸音と心音を確かめようとした‥‥しかし、そうする前に、彼女の瞳孔は開き、乾いた唇がうっすらと開いているその表情で、彼女はもう、死んでいるということが確認できてしまった。
元より、最近体調が悪かったのだ、火の回った家の中から逃げ出すことが出来なかったのだろう。

「‥‥」

クリュミケールは歯を食いしばり、アスヤの体をゆっくりと床に寝かせる。その様子を見ながら、

「一つ言おう。あんたは馬鹿だ。せっかく全てから逃げれたのに、結局あんたは死への道に足を踏み入れる。逃げようとしない。だから、巻き込んでしまうんだ、他人を」

少女はそう言い、じっとクリュミケールの方を見つめたまま、

「‥‥そうだろう?女神リオラの器ーーリオ」

クリュミケールをそう呼んだ。しかし、クリュミケールは動じることなく、

「‥‥そっちは、フードの四人組の一人って呼んだらいいか?」

クリュミケールは苦笑いを作りながら少女に尋ねた。
五年前、とある森の中でリオを取り囲んだ四人のフードの人物ーー女神サジャエルの付き人と名乗った者達。
確かに、四人の中の一人に少女の声をした人物がいた。

「でも、よく聞けばその声は‥‥リウスちゃん、なのか?」

そう続ければ、少女は顔を覆い隠すフードに手をあて、ゆっくりと自身の顔をさらけ出した。

ニキータ村に住む、アドルの友達。
茶色い大きな目と、短い黒髪をした、年の頃はアドルより少し下であろう、占術という珍しい能力を持った少女ーーリウス。
しかし、いつもは大きく可愛らしく開いていた目が今は冷たく、その表情はまるで、無だ。

「なんで君が‥‥いや、君はいつからこの村にいた?」

ふと、クリュミケールの頭の中にそんな疑問が浮かぶ。彼女は、クリュミケールがニキータ村に来た時からいただろうか‥‥と。

「あんたを監視する為、私はこの村に忍び込んだ。このことは私とあの人しか知らない‥‥はずだった」

クリュミケールの疑問に答えず、リウスはそう語る。

「あの人‥‥?はずだったーーと言うことは?」
「女神リオラの器。あんたはこの炎に見覚えがあるんじゃないか?」
「‥‥」

確かに、嫌な感じはしていた。既視感、と言うのだろうか。
あまりに、あの日に似ていたのだ、この炎は。

燃え盛るフォード城。
シャネラ・フォードの死。
そして、

「‥‥ロナス」

憎悪混じりに、その名を口にした。

「リウスちゃん。君の言うあの人って、あの時オレを逃がしてくれた人か?」
「‥‥そうだ」
「じゃあ、リウスちゃんはオレの味方‥‥」
「こうなった以上、私は再びあんたの敵だ。それに、私の本当の名はカナリア。リウスという存在自体が偽りだ」

そう、リウスーーカナリアは話す。
確かにカナリアと呼ばれていたなとクリュミケールは思い出す。

「君達フードの四人については、ロナスのことしかわからないが‥‥カナリア。君のこともよくわからない。でも君はアドルの友達、だろ?これでいいのか?アスヤさんが目の前で倒れているんだぞ?アドルが、悲しむんだぞ?」

リウスという存在のどこまでが偽りだったのかがわからない。それに、彼女のことを改めて考えてみると、やはりどこか違和感がある。

【ニキータは小さい村の為、村人同士の交流は深い。村人全員が家族と言ってもおかしくはない。】

だからこそ、クリュミケールにとってもそうだった。だが、改めて考えると‥‥
リウスとの思い出というものが、とても曖昧になってくる。

クリュミケールの言葉にカナリアは表情を強ばらせて何か言おうとしたが、彼女は急に驚くような顔をして、慌ててフードを被り直した。
その行動をクリュミケールは不思議に思ったが、

「クリュミケールさん‥‥!」

と、近づいてくる足音と、少年の声。
それは、アドルの声だ。
予想していなかった事態に、クリュミケールは焦るようにアスヤの遺体を見つめる。
火の回りがマシな場所を通りながら、アドルが姿を見せた。

「クリュミケールさ‥‥ーー!?かっ、母さん!?」

アドルはクリュミケールの姿を見て一瞬だけ安堵の笑みを見せたが、すぐに床に倒れたアスヤの姿を見つけ、傍に駆け寄る。
アスヤの変わり果てた姿を見て、アドルは力なくその場に崩れ落ちた。

「かっ、母さん?ねえ、母さんってば‥‥どうし、ちゃったの?おれ、ちゃんと父さんの家族の所に行って来たよ?お婆ちゃんに会ったよ?母さん、母さん‥‥!ねえってば!?」

動かぬ母を何度も何度も泣き叫ぶように呼び、アスヤの肩を何度も何度も揺らす。
それは、見ているだけで痛々しい光景だった。
クリュミケールはそんな彼の姿を、何も言えず、立ち尽くして見ていることしかできない。

アドルはゆっくりと顔を上げ、フードの人物ーーリウスを、カナリアを睨み付けた。

「お前‥‥誰だよ?お前が、やったのか‥‥!?ニキータ村を、母さんをこんなにしたのか!?」

初めて聞くようなアドルの憎悪混じりな声に、カナリアの肩が軽く揺れ、彼女はぼそぼそと転移の呪文を唱え、光に包まれてこの場から姿を消した。
彼女のその逃げるような姿を、クリュミケールは黙って見つめていた。

「なっ‥‥なんなんだよ‥‥なんなんだよぉお!?なんで、なんでこんなことに‥‥!?」

アドルは悲痛な声で叫び、アスヤの体を力一杯に抱き締める。
だが、炎の回りは限界を迎え、今にも家は崩れそうだ。
クリュミケールーーリオの体には不死鳥が宿っている。魔力は今、使えないが、それでもこの身に炎の力が宿っていた。
だから、クリュミケールの体は炎に対し耐性を持っている。しかし、アドルは‥‥

「アドル‥‥!とにかく今はここを出るぞ!」

彼にそう言えば、

「母さんは‥‥母さんはどうするの!?嫌だ!置いていくもんか!」

アドルは母の傍から動こうとはしない。
その姿は、かつてのリオだ。
レイラの亡骸を置いていけなかった、リオの姿。
無力に、たくさんたくさん、誰かに迷惑を掛けてしまった、自分の姿。

「アドル‥‥気持ちは、わかる。辛いかもしれないが‥‥ニキータを発つ前にオレはアドルを守るとアスヤさんに約束したんだ‥‥いや、もっともっと前から、オレはお前を守ると決めていた。だから、恨むならオレを恨め‥‥!」

クリュミケールはそう言って、アドルの腕を引いた。

「ーーっ!?やだっ‥‥!やだよ!離して、離してよ!母さん、母さんーーッ‥‥!」

無理矢理クリュミケールに腕を引かれながらアドルは泣き叫び、炎に消え行く母の姿を目に焼き付けた‥‥
そんな彼の声を背中越しに聞きながら、

(ロナス、お前との決着は必ずオレがつける‥‥ニキータ村の皆‥‥そして、レイラと女王の為の仇を、今度こそ‥‥!)

ただただ、かつて取ることのできなかった仇を、今度こそ討つと強く誓う。

なんとか崩壊寸前の家から脱出すると、

「二人共‥‥!!」

外ではキャンドルが待っていた。

「悪いなキャンドル!心配かけたか」

涙目になっているキャンドルの顔に気づいてクリュミケールが言えば、

「当たり前だろ!お前の後でアドルも行っちまうんだ‥‥!本当に、心配したんだぞ‥‥!」

しかし、キャンドルはアドルの顔を見て言葉を止める。

「おいアドル‥‥なんだよ、なんでそんな顔してんだよ?アスヤさんは?まさか‥‥」

涙を流し、唇を噛み締めているアドルの表情で全てを悟り、

「ちくしょう‥‥ちくしょう!なんでこんなことになってんだよ!?久々に故郷に帰って来たってのに‥‥なんで、こんなっ‥‥」

キャンドルは拳を握りしめ、そう声を絞り出した。そんな二人の様子を横目に、クリュミケールは俯きながら歩き出し、村の現状をゆっくりと見て回る。

(オレはここに長く居すぎたんだ‥‥だから、恐らくロナスに見つかった。それは、サジャエルとシュイアさんにも見つかっていると言うことだ‥‥だからこそ)

燃え行く村。よく見知った人達の亡骸。

(この惨状は、オレのせいだ‥‥)


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