ファイス国


この辺りの草原には魔物が現れず、アドルは鼻歌を歌いながら楽しそうにクリュミケールの前を歩いていた。滅多にニキータ村から遠くに行ったことがないから楽しいのだろう。
クリュミケールはそんな彼の背中を見つめながら歩き、ズボンのポケットから何かを取り出した。

それは、二つのペンダント。
青い石の付いたペンダントと、同じ形をした、しかし光を失ったペンダント。
静かにそれを見つめ、再び鼻歌を歌うアドルの背中を見つめる。

(お前だけは巻き込まないよ、絶対に‥‥)

心の中でそう呟いた。
それからアドルの隣に並び、

「このまま行けば、予定では明日ファイス国に到着するな」

クリュミケールが言って、

「うん‥‥!父さんの家族、かぁ」

アドルは一度も会ったことのない、自分の父親の家族に会うことに緊張していた。

「まあ、緊張するよな‥‥ん?」

ふと、クリュミケールは前方を見る。
急に一人の男が二人の前に立ち止まったのだ。

「なんだお前‥‥」

クリュミケールが声を低くして聞くと、土の色をした短い髪とグレーの瞳、落ち着いた暗い緑色のジャケットを羽織った、つり目の青年が立っていた。
すると、

「お前、アドルだろ!?」

その男は嬉しそうにアドルを指差し、アドルは不思議そうに男を見つめる。

「えっと‥‥」

困っているアドルの前にクリュミケールが立ち、

「アドルの知り合いか?」

そう聞くと、男は困ったように頭を掻き、

「あー‥‥だよな。俺がニキータ村から出たの、八年も前だからなぁ」

それを聞いたアドルは「あっ!」と、大きな声を出し、

「もしかして、キャンドル兄ちゃん!?」

男と同じように、アドルは男を指差した。

「そうそう!覚えててくれたか!」

キャンドルと呼ばれた男は嬉しそうに頷き、

「へへっ!クリュミケールさん!この人はキャンドル兄ちゃん。ニキータ村の出身で、八年前まで隣に住んでたんだよ!」

嬉しそうにアドルが言い、

「そうそう。あの頃は毎日遊んでたからな!俺はアドルの兄貴みたいなもんだよな」
「でも兄ちゃん、本当に帰ってこないから心配してたんだよ!?おれ、まだ小さかったからよくわからなかったけど、母さんからキャンドル兄ちゃんは旅に出たとか聞かされて‥‥」

頬を膨らませながら言うアドルに、

「狭苦しいニキータでの生活に飽々してたんだよ。自由気ままに旅がしたかったのさ」
「まあ、確かに兄ちゃん、たくさんバイトしてお金貯めてたけど‥‥いきなり出て行って皆に心配かけて‥‥ニキータ村では皆、家族なんだよ!?」
「悪かったって!ちょうど、久々にニキータに顔出そうと思って来たんだよ」

キャンドルは笑い、

「そういやどこかに行くのか?」
「うん、ファイス国に。父さんの遺品を、父さんの家族に届けるように母さんに頼まれたんだ」

それを聞いたキャンドルは目を見開かせ、

「親父さん、亡くなったのか!?」
「うん‥‥去年、村に魔物が入り込んで来て‥‥」

俯くアドルの頭にキャンドルは手を置き、

「そんなことが‥‥お前の親父さんには世話になったからな。もう一回ぐらい会いたかったぜ‥‥辛かったな、アドル」

キャンドルはそう言って、

「なあアドル。良かったら俺もファイス国まで一緒に行っていいか?その後、一緒にニキータに帰ろうぜ」
「えっ?うーん‥‥」

アドルはちらっとクリュミケールを見た。キャンドルもクリュミケールを見て、

「そういやこいつは?村の奴じゃないよな」
「この人はクリュミケールさん。色々あって、一緒に暮らしてるんだ」

アドルがそう言うと、

「キャンドルだったか?オレはクリュミケール。アドルの家に世話になってるんだ。よろしくな」

クリュミケールはキャンドルの前に立ち、挨拶をする。

「ああ、よくわかんねーけど、こっちこそ」

キャンドルは気さくにそう言った。


◆◆◆◆◆

それから三人でファイス国を目指すこととなり、一時間ほど歩き続けた。
すっかりと、辺りは夜の静寂に包まれている。
夜風の冷たさと、闇色に染まった草原の草木が風によって揺れるのが印象的だった。

「大丈夫か?交代するか?」

クリュミケールが先を歩くキャンドルに聞けば、

「俺はこいつの兄貴だからな!余裕だぜ」

と、キャンドルは笑った。

疲れと眠気が一気に来たのだろう。途中で休憩している時にアドルは寝てしまい、そんな彼をキャンドルが背負って歩いていた。

「おっ、見えてきたな」

クリュミケールが前方を見つめ、夜の闇の中で見えにくいが、大きな城を象(かたど)るようなシルエットが見えてくる。
目的地であるファイス国だ。


「ん‥‥」

アドルが薄く目を開けると、ぼんやりと白い天井が視界に入る。
アドルは体を起こし、状況を確認した。今、自分はベッドの上にいることに気づく。

「やっと起きたか」
「キャンドル兄ちゃん!」

一室のソファーにはキャンドルが座っていて、

「えっ、あれ?ここって‥‥」
「ファイス国の宿屋だぜ」

疑問げにしているアドルにキャンドルはそう言った。

「え!?ファイス国に着いたの!?」

いつの間にーーと、アドルは驚く。

「お前が寝てる間だよ」

苦笑混じりの声が後ろから聞こえてきて、窓際にクリュミケールが立っていた。すっかりと外は明るくなり、朝になっていた。

「キャンドルがずっとお前を背負ってたんだぞ?」

クリュミケールが言って、

「わわっ、そうなんだ。ごっ、ごめんねキャンドル兄ちゃん。再会して早々に‥‥」

アドルは照れ臭そうにキャンドルを見る。

「いいってことよ。昔もよくお前背負って走り回ったなー。懐かしいぜ」

小さい頃を思い出し、キャンドルは笑った。

「さて、アドル。寝てる間にお前の父さんの身内の家の情報、手に入れて来たぜ」

クリュミケールはアドルの肩をぽんぽんと叩いて言う。

「えっ!?ほっ、本当!?」
「ああ。家を見に行ったらさ‥‥お前の親父さん、相当の貴族さんのようだぜ」

キャンドルが言い、

「とりあえず、朝食を済ませてから行くとしよう」

クリュミケールが言った。


◆◆◆◆◆

アドルは上を見上げ、大きく口を開けて固まる。
クリュミケールとキャンドルに案内された場所ーーそこは豪邸と言えるような大きな屋敷だった。

「本当に、ここ?」

アドルは疑うように二人に聞く。

「ああ。間違いないぜ」

キャンドルは頷き、

「さっ、アドル」

クリュミケールは驚いたままのアドルの背中を押し、玄関のベルを鳴らすよう促した。
アドルはドキドキと鼓動が早まるのを感じながら門の前に立ち、

「どっ、どうしよう」

と、一気に顔が熱くなり、クリュミケールとキャンドルに振り向く。
ガチガチに緊張してしまった彼に、

「アドル、そんなに緊張するなよ」

クリュミケールが苦笑しながら言えば、

「だって、父さんのお父さんもお母さんも‥‥怒ってるんじゃないかな?」

そんなことを言う彼を、クリュミケールもキャンドルも不思議そうに見つめた。

「父さんはニキータ村に来てから一度もここに戻ってないって母さんが言ってた。いきなり、孫のおれなんかが現れても‥‥」

自信なく俯いてしまうアドルに、

「なに言ってんだよアドル。孫が会いに来たんだ、きっと喜んでくれるって」

キャンドルにそう言われ、アドルは再び門に向き直る。ゴクッと息を飲み、ベルに手を伸ばした。
たったこれだけのことなのに、凄く緊張してしまう自分が情けないと心の中で自分を笑う。
意を決し、右手がベルに触れかけた時、

「あなた方は?」

後ろから老婆の声がした。
その老婆は三人を目で追い、アドルを見つめる。

「あなた‥‥アドル?」

老婆は気品のある声でそう言い、

「もっ、もしかして‥‥あなたは、父さんの‥‥カイナ父さんの、お母さん‥‥?」

アドルの問いに、老婆は静かに頷いた。


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