この出会いは


辺りはもう真っ暗だ。
活気のある国だと聞いたが、さすがに夜には誰一人、街中にはいない。

リオとハトネはぼーっとしていた。

「さすがに子供は眠い時間か」

シュイアは薄く笑う。
二人は眠気のあまり、よたよたとふらつきながら歩いている。

「ほら、宿まで行ったら寝れるから‥‥それまでは我慢しろ」

シュイアはそう言うと、二人の手を引いて歩き出した。

(‥‥みたいだなぁ‥‥)

リオは何かを思ったが、そのまま眠りに就いてしまった‥‥


◆◆◆◆◆

すぅ‥‥っと、目を開けると、白い天井が目に入る。

「‥‥?」

リオはゆっくりと起き上がった。
見渡すと、どこかの一室のベッドの上である。
隣のベッドでハトネが寝ていて‥‥

(そうだ‥‥昨日の夜、王国に着いたんだっけ?それでそのあと、宿屋に向かう途中で寝ちゃったんだ)

リオは状況を把握した。
窓を見ると、もう光が差し込んできている。
どうやら朝のようだ。

「ーーっ‥‥!うわぁ!!すごいっ‥‥!!」

リオが感激にも似た大きな声をあげたので、

「んー‥‥?」

その声に、寝ていたハトネが目を覚ます。

「あ‥‥ごめんなさい。起こしてしまいましたか」

リオは謝った。

「うーん‥‥リオ君?さっきの大声‥‥」
「あっ、そうだ!見て下さい、ハトネさん!とてもすごい景色ですよ!」

リオは窓の外を見ながら、目を輝かせてそう言う。

「あれ‥‥いつの間にかフォード国に着いてたんだね」

ハトネはベッドから身を起こし、窓を見て言った。

「この国に来たことあるんですか?」
「うん、あるよ。ずっとリオ君を捜してたから」

そう言って、ハトネはリオに抱きつく。

「わっ?!だから人違いですよ‥‥」

リオはため息を吐いた。

ーーコンコン‥‥と、ドアをノックする音がして、

「リオ、起きたか?」

ドア越しから聞こえたのはシュイアの声である。

「シュイアさん!はい、起きてます!」

リオは急いでドアを開けた。
シュイアはハトネの姿も確認し、

「私は今から用事を済ませてくる。お前達は自由に街の中を回るといい。二人なら安心だろう」

そう言うと、シュイアはリオの手に何かを置く。

「これは‥‥」

リオが聞くと、

「それで好きなものを買うといい。昼飯代もそれで大丈夫だろう」

シュイアから渡されたのは500ゴールドだった。

「あっ、ありがとうございます!」

リオはペコリと頭を下げる。


◆◆◆◆◆

「ね、リオ君」

二人は街の中を歩き、ふと、ハトネがリオに声をかけ、

「リオ君とシュイアさんの関係って何?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね」

リオは頷き、

「私は六年前‥‥とある森で倒れていたらしいんです」

リオは遠くを見つめる。

「それで‥‥倒れていた私をシュイアさんが助けてくれて、それで‥‥」

そこまで言って、リオは口を止めた。

「リオ君?」

リオが黙りこんだので、ハトネは首を傾げる。

「昨日言った通り、私には六年前‥‥シュイアさんが助けてくれたその日からしか記憶がなくて。それ以前の記憶がないんです。だから私にとってシュイアさんは家族‥‥なのでしょうか?」

リオがハトネに聞けば、

「えっ?私に聞かれてもわからないよ。リオ君の気持ちは、リオ君にしかわからないんだから。でも、そうなんだ‥‥それから、一緒に旅をしてるの?」
「はい。シュイアさんは、カシルさんって人を捜して旅をしているらしいんです」
「カシルさん?」

ハトネはまたも首を傾げた。

「私もカシルさんのことは詳しくは聞かされていないんです。ただ、捜しているとしか‥‥」

リオは俯き、

(カシルさんを見つけたら、本当に、どうなるんだろう‥‥私の居場所は‥‥)

リオはやはり、そんなことばかり考えてしまう。

「そうなんだ。シュイアさんって色々謎だね」
「う、うん。そうかも‥‥」
「私はリオ君が記憶を取り戻して、私のことを思い出してくれるまでずーっと一緒にいるからね」

ハトネはにっこり笑い、

「ううん、それから先もずーっとあなたと一緒にいて‥‥最終的には‥‥うふっ」

何を想像しているのか。妄想を膨らませ、嬉しそうにしているので、

(人違いなのにな‥‥)

そう思いながら、リオは苦笑する。

「すまないが」
「?」

後ろから、低い男の声がした。

「城への道を教えてもらえるか?」

‥‥なんて。

(この声‥‥)

リオは聞き覚えのある声で、

「あっ、私わかりますよ!何度かこの国に来ましたから。案内しますよ」

気前よくハトネが言って、

「あっ」

と、リオは声をあげる。

「リオ君?」
「あっ、あなたは‥‥!」

リオは眉を潜め、男はそんなリオを見て、

「ああーー。前に、さ迷いの森で食料探しをしていた小僧か」

ーーと。
この男は先日、さ迷いの森で出会った、黒のコートを着た、青い瞳と金髪が印象的な青年だった。

「あっ‥‥あなた、いつも道を尋ねているんですね‥‥」

リオは不意にそんなことを言ってしまい、しまった‥‥と、口を押さえる。

「悪かったな」

青年はそれだけ言った。

「なになに?知り合い?」

ハトネがなぜかふてくされたようにしてリオに聞くと、

「いえ、知り合いと言いますか‥‥。私はこの国は初めてなので‥‥道案内なんかできませんので‥‥えっと‥‥一人で街を見て来ますね」

リオはこの場から逃れようとした。
人とつるむのは慣れていないから、なんとなく気まずさを感じる。

「えー?一緒に行こうよ!」

当然、ハトネはそう言ってくるが、

「しっ、知らない人に着いていっちゃ危ないですよ」

リオは青年に聞こえないよう小声で言い、

「着いていくんじゃなくて道案内だよ、大丈夫!」

ハトネは笑って言って‥‥

「とっ‥‥とにかく私は‥‥もう行きますからっ」

リオがこの場から去ろうとした時、ぐいっーーと、腕を引っ張られた。

「お前にも案内してもらいんだがな」

青年がリオの腕を掴みながらそう言う。

(あれ?)

リオは何か、不思議な感覚がした。

「ちょっと!」

リオが考えていると、ハトネが割り込んできて、

「リオ君!私というものがありながら!あなたいきなり何ですか!?私のリオ君をナンパ?ナンパですか!?」

そう言いながら、ハトネはぱしっ‥‥と、リオの腕を掴んでいた青年の手を払おうとしたが、青年が先に手を引っ込めたので、結局リオにあたった。

「いてっ」

腕をはたかれたリオは小さくそう言った‥‥


ーーそうして結局、リオもハトネと共に青年を城まで道案内することになる。

(この人‥‥)

ハトネは不快に思っていた。

(リオ君のことばかり見てない!?)

青年はなぜか、少し後ろの方を歩いているリオを時折見ていて‥‥
いてもたってもいられず、ハトネはなんとか彼の注意を他に逸らそうとした。

「あっ、あの、そういえば、あなたのお名前は?」

青年はちらっとハトネを見たが、しばらく黙っていて、それからしばらくして、こう言った。

「カシルだ」

ーーと。

(カシル‥‥)

その名前を、二人の後ろを歩いていたリオは、頭の中でぼんやりと聞いていて。

「カシルって‥‥」

ハトネは先程リオから聞いた名前と同じだと気づいた。
リオは、ばっーーと、カシルと名乗った青年を見る。


『俺はカシルという奴を追ってーー‥‥』

六年前のシュイアの言葉が蘇った。
同名なだけかもしれないとリオは思うが‥‥

「シュイアさんの捜してる、カシル‥‥さん?」

言葉が先に出ていた。

「シュイア‥‥か」

青年は呟き、

「悪かったな」

次にそう謝って、

「え?」

リオは困ったような顔をする。

「この前も、お前はシュイアの名を出したな」

それは、さ迷いの森でのことだ。

「あの時、お前が独り言でシュイアの名を出したのをたまたま聞いてな。あの時つい、俺も声に出してしまった」
「‥‥じゃあ、やっぱりあれは空耳じゃなかった?」

リオの目が少し輝き、それに青年は静かに頷く。

「でも、あなた‥‥あの時、知らないって‥‥」
「少しお前を警戒していたのさ、本当にシュイアの知り合いなのかってな」

青年は薄く笑い、

「だが‥‥昨晩、宿から外を眺めていてな。見知った顔が見えた。シュイアのな。小僧‥‥お前と一緒にいるのを見たから」

青年ーーカシルの言葉を聞き、リオは、

「もしかして、それで私達に声をかけたんですか?」
「ああ。一緒にいればシュイアに会えると思ってな」
「じゃあ、道がわからないというのは‥‥」
「まあ、話し掛ける口実だな」

カシルはそう言った。

「じゃあ‥‥あなたが本当に、カシルさん‥‥なんですね?」

リオは確認するように言って、青年は‥‥カシルは頷く。
その様子を見て、リオは笑顔になった。

「わっ、私、シュイアさんを捜してきます!シュイアさん、カシルさんを捜してるはずなので‥‥シュイアさん、きっと喜びますよ!」

ーーシュイアとカシルが会ったら、この旅は、自分はどうなるんだろう。
いつも、それが不安だったリオだが、実際、目の当たりにすると‥‥
シュイアの喜ぶ顔ばかりが浮かんできた。
早く二人を会わせてやりたかった。
ーーだが、

「いや‥‥今はまだ‥‥少しだけ‥‥」

カシルはそう言い、ゆっくりとリオに近付いてきて、

「小僧‥‥お前は‥‥」

彼はリオの前に膝をつき、視線が交わる。

「シュイアと、どういった関係だ?」

そう問われ、よくは分からないが、リオはゾッとした。
なぜか、体が震えてしまう。

「かっ‥‥関係‥‥?‥‥シュイアさんは、捨てられていた私を‥‥助けてくれたんです‥‥」

当然、声も震えてしまって。

「そうか‥‥」
「‥‥かっ‥‥カシルさんは、シュイアさんのお友だ‥‥」
「良かった‥‥」

リオの言葉は、安堵するような声に遮られた。

「えっ」
「やっと会えた‥‥」

カシルはそう言って、小さなリオの体を、なぜか抱き締めた。

(この人‥‥)

リオはまた、何かを感じる。

(さっき腕を掴まれた時も‥‥この前出会った時も思ったけど‥‥シュイアさんと、そっくりだ)

よくは分からないが、リオはそう思った。

「あっ、あの‥‥やっと会えたって、どのくらいシュイアさんと会ってなかったんですか?」

リオは笑顔でそう問いかける。
しかし、その問いに、

「もう、何十年も前だな‥‥すごく、昔だ‥‥」

カシルの瞳がどこか虚ろで、悲し気に光ったのは気のせいであろうか。

「やっと会えた‥‥すごく昔‥‥」

リオはその言葉を自らの口で言ってみた。

『やっと会えましたね、遥か遠い昔のことを思い出します』

夢の中のあの女性の言葉が脳裏を過る。
同じような言葉だと‥‥


シュイアの捜していた存在、カシル。

『やっと会えた』

本当は、この言葉は誰に向けられたものなのか。
そして、この出会いが、少女の人生の始まりでもあった。


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