気持ち
ーー明朝。
「では、お二人共、ご武運を。無事帰ってきたら、またお茶を淹れてお待ちしていますわ」
「ハナさん、行ってきます!」
屋敷の前で、ハナはそう言って頭を下げ、リオは彼女に大きく手を振った。
大会は城にあるコロシアムという場所で行われるらしい。
ハナに見送られ、リオとシェイアードは城へと向かった。
ーー城ではまた、大会参加者一人一人の確認が行われている。
見たところ、リオぐらいの年齢の者や女性は見当たらない。
明らかに体格の良い男が多かったーー強そうだ。
「そういえば、お前は本当に戦えるのか?」
思い出すようにシェイアードに聞かれて、
「多少は戦える、かな?」
リオは苦笑する。
(昨日、魔術が使えるか試したら、なんとか使えたしな。使えたと言うことは、不死鳥との契約は切れていない?なんで声が聞こえないんだ?)
ますます疑問を感じつつ、リオとシェイアードの参加確認も終わり、二人はコロシアムへと向かった。その途中で、
「あなたはーーリオ。それに、シェイアード様ではありませんか」
聞き覚えのある声だ。
腰の辺りまで伸びた空色の髪、高貴そうなドレスを身に纏った少女ーーこの国の女王、ルイナ・ファインライズ。
「これは女王様、お久しぶりですね」
シェイアードはそう言うが、隣に立っていたリオはぎょっと彼を見る。何か、いつもの彼とは違う雰囲気を感じたからだ。
「ええ。昔は‥‥あなたとはよく、パーティなどでお会いしましたものね」
ルイナは嬉しそうに微笑み、
「ああ‥‥でもあれはほとんど弟さんに無理に連れてこられていましたよね。弟さんがお亡くなりになってから、シェイアード様は全く城に赴いて下さらなくなりましたから‥‥」
「別に赴く必要などないと思いますが」
シェイアードは口調を崩さず、だが、先程よりも低い声で言う。
隣に立ったままのリオは、ハラハラと二人の様子を見ていた。
それからルイナはしばらく俯き、
「シェイアード様。昔から申し上げていますように、私は今も、あなたをお慕いしています」
ルイナが突然そう言ったので、シェイアードの隣で話を聞いていたリオは驚くしかない。
(私の存在は無視かっ!どっ、どうしよう、この雰囲気!?私、邪魔だよね?どっか行くべきだよね!?)
リオがそう思っている間にも、二人の話は進んでいき、
「あなたの気持ちなど私には関係のないことです。では、大会が始まるので」
シェイアードはそう言って、ルイナの隣を通り過ぎて行った。
そんな彼の対応に、リオはあまりにもルイナが可哀想に思えてしまって、彼女に声を掛けようとしたが、
「行くぞ」
「えっ!?あっ‥‥はっ、はい‥‥」
一喝するようにシェイアードに言われ、慌てて彼の後を追う。
「まさか‥‥シェイアード様も信じているのですか?私が、実の両親を殺したということを!」
背後で、ルイナがそう叫び、
「あれは私じゃない、私ではありません!」
だが、シェイアードは何も言葉を返さずに、振り返らずに、コロシアムへと足を進めた。
そんな彼の後ろを歩きながら、
「‥‥シェイアードさん。女王様、違うって、自分じゃないって言ってるよ。聞いてあげないの?」
リオは困ったように言うが、シェイアードからの返答はない。そんな、気まずさが漂う中、
「ここがコロシアムだ」
「‥‥!」
そこは、円形型の部屋だった。
観客席はすでに埋まり、何千もの人々が騒いでいる。
「こっ、こんな大勢の前で戦うの?」
リオが困ったように聞けば、
「ああ。国の者も悪趣味なのが多くてな。これを見に来るのを楽しみにしているらしい」
シェイアードは呆れながら言った。それを聞いたリオは数秒黙り込み、
「この大会って、いつからあるの?」
「女王と王が亡くなった翌年からだ」
「それって、ルイナ女王が始めたの?」
「ああ。女王自ら提案した」
ふーん、とリオはコロシアムを見渡し、
「シェイアードさんはルイナ女王のこと好きなの?女王はシェイアードさんのこと好きだって言ってたけど」
先程のルイナを見ていて、リオはなんだかもどかしい気持ちになっていた。
まるで、カシルに恋をしていたレイラを思い出してしまったから‥‥
「俺は違う。彼女を好きだったのは‥‥」
シェイアードは何か言おうとしたが、
リーンゴーン、リーンゴーン‥‥と、大きな鐘の音が響いた。
「なっ、何?」
「開幕の合図だ」
シェイアードが言えば、
「今からルール説明とトーナメント表を発表する」
と、コロシアム内に兵士の声が響く。
「そういえば」
シェイアードがぽつりと言い、
「俺とお前があたる可能性もあるな」
「あたる?」
「俺とお前が戦う可能性だってあるってことさ」
「あっ‥‥」
それを聞いたリオは確かにと思いつつ、
「そっ‥‥そんな!シェイアードさんと戦いたくないよ!なっ、仲間みたいなものだもん!」
リオは必死に首を横に振った。
「だがもし、俺もお前も勝ち残って行ったとすれば、いずれはそうなる。だが大丈夫だ。敗退は、三戦負けるか、死ぬかだからな。死ぬーーはともかくとして、三戦負けなければ先に進める」
「う、うーん?」
頭の中でまとめようとして、リオは腕を組む。
「だが、俺はお前と戦ってはみたいな」
シェイアードに言われ、
「ええっ?私は嫌だなぁ‥‥」
リオは困ったようにシェイアードの横顔を見た。彼はどこか、楽しそうな表情をしている。
◆◆◆◆◆
「ーー‥‥である。敗退条件は三戦負けるか、死んだ時点で参加資格がなくなる。殺した方にはなんのリスクもない。殺しても大丈夫というルールがあるからだ。試合途中のギブアップも可能だ。勿論ギブアップした方は負けに加算される」
兵士からの大会説明はまだ続いていた。
長い長い説明を聞きながら、物騒な内容にリオはため息を吐く。
(でも、ギブアップしていいんだ。それならもし、シェイアードさんとあたった時はギブアップしよう!三回負けたら駄目なだけだし‥‥一回ぐらい大丈夫だよね‥‥って、どこまで勝てるかわからないけど)
苦笑しつつ、リオは肩を竦めた。
「では次に諸君らの対戦表、トーナメント表を発表しよう」
ーー‥‥兵士がそう言ってから、数分は経っただろうか。続々と出場者達の名前が読み上げられる中、リオとシェイアードの名前はまだ呼ばれていない。
「次に、イリス・アルシータとナズリ・オーシャ。ナガとナル・マジカ。ゴズ・アマスとリオ‥‥」
「あっ!私の名前やっと呼ばれたー。ゴズって人と戦うのかー。シェイアードさんもそろそろかな?」
リオが言って、
「ーー‥‥次に、シェイアード・フライシルとイーセン・ニライト」
「シェイアードさんやっと呼ばれたねー」
「ああ‥‥」
リオは笑って言うが、シェイアードがなんだか不機嫌そうな顔をしていることに気づいた。
リオがそれを疑問に思い、辺りを見ると、何やら参加者達がシェイアードとリオを見てひそひそと話している。
気になって、それに耳を傾けると、
「あれって、フライシル家の‥‥だよな?」
「ああ。確か家族を何者かに虐殺されたとか」
「それ以来、誰に対しても心を閉ざしたと聞いたが?」
「じゃあ、あのガキはなんだ?」
「さあ?下僕か、貴族様に媚びでも売ってるんじゃあないのか?」
「あの人に近付くなんて、悪趣味だよな。貴族とはいえ、あんな無口で何を考えてるかわからん人に、恐くて近付こうとも思わねぇ」
ーー‥‥などといった、陰口みたいなものだった。
「なっ‥‥!あいつら、シェイアードさんのこと‥‥」
リオが顔を真っ赤にして怒ったように言うが、シェイアードはリオを見て無言で首を横に振る。
放っておけ、ということだろう。
それでもリオの怒りはおさまらず、
「でもっ、あいつらシェイアードさんのことあんな風に言って!何も知らないくせに!私のことはどうでもいいけど‥‥シェイアードさんは優しいのに!」
「リオ、もういい」
シェイアードが少しだけ声を張り上げたので、リオは彼の顔を静かに見た。
「俺のことはいい。気にするな。確かに、奴らの言う通りだ。俺は‥‥独りで生きてきたようなものだからな」
そう、少し微笑んで言って。だが、リオはまだ不服そうだ。
シェイアードはそんなリオの背中を軽く叩き、
「兵士が読み終えたようだ。そろそろ始まるぞ」
「うん‥‥」
怒りがおさまらない中、リオはある言葉を思い出していた。
『好きな人の悪口を言われたら、怒るようなものよ』
フィレアが言っていた言葉。
自分には関係ないと思っていたその言葉を思い出し、リオは顔を真っ赤に染め上げる。
「‥‥体調が悪いのか?」
様子のおかしいリオの顔をシェイアードが覗きこんできたので、
「ひゃっ!?なっ、なんでもない!!」
リオは慌てて彼と距離をとり、
(うっ、嘘だぁ?私が?私がレイラちゃんやフィレアさんみたいに、恋?嘘だぁーーーー!?)
こんな気持ちは認めたくないと、リオは必死に思考を大会に向けようとした。