参加
「ところで質問してもいいですか?シェイアードさん」
リオがシェイアードの後に着いて行きながら言い、
「大会って何をするんですか?」
と、聞いた。
しかし、シェイアードは答えない。リオはムッとして、
「あのー」
と、声をかけるが、それでも彼は完全無視。
「ちょっと!聞いてるの!?」
ついつい怒鳴ってしまった。
「口に気を付けろよ、平民」
「なっ‥‥平民って!!失礼だな!」
リオはフォード国での身分差別の一件を思い出す。
(‥‥そうだ。船員が、この人は貴族と言っていたな)
気付けば、街中の人々がこちらを見てヒソヒソと何かを話していた。
「あの子供、シェイアード様になんという口振りを‥‥」
「平民が貴族様に近付くなど、無礼だ」
そんなことばかり聞こえてくる。
「なっ、なんだよあれ!平民とか貴族とか知らないよ!貴族だって、平民だって、平等だもん!」
リオははっきりとそう言った。
そして、レイラを思い出す。
彼女は、自分は貴族だ、王女だーーなどと、本気では言い張らなかった。
むしろ、その地位さえも捨てたのだから。
だから、彼女は美しかった。
本当に、ありのままだった。
自分とは大違いのそんな彼女に、実は憧れていた。
いつの間にか、大好きになっていた。
「平等?面白い事を言うな。なら、大会で証明してみるといい」
シェイアードが表情を変えずに言うので、
「わかった!証明するよ!‥‥って、だから、大会って何をするの?」
勢いよく言ったのはいいが、大会の内容をリオはまだ知らない。
一瞬、シェイアードの表情が陰り、
「この国の、狂った女王の楽しみさ‥‥」
シェイアードは静かに言った。
「簡単に言えば、力を競い合う大会だ。そして、一番強い奴が、女王直属の騎士だの、女王の結婚相手にだのなれる。まあ勿論それを放棄して、賞金だけ貰うのもありだろう」
「私は賞金以外、興味ないや」
リオは呆気にとられながら言う。
「俺はどれにも興味はない。ただ、自分の力を示せれば、それでいい」
リオは不思議そうにシェイアードを見た。
「大会には平民、貴族関係なく参加する。だからもし平民であるお前が‥‥もしくは他の平民が優勝したならば‥‥」
「貴族の平民に対する考えが変わる?」
それに、シェイアード答えず、また歩き出す。
「だが、気を付けるんだな。女がこんな大会に参加して、怪我しても知らないぞ。さっきも危ないところだったろう」
「え?」
リオは首を傾げた、
「今なんて?」
そのまま聞き返すと、
「ーー?だから、怪我しても知らないぞと言っている」
シェイアードは呆れながら言い、
「違う違う、その前」
リオは首を横に振るので、シェイアードは眉間にシワを寄せ、
「‥‥?女がこんな大会に参加して‥‥か?」
「あなた、私が女に見えるの?」
「は?」
リオのわけのわからない問いに、シェイアードは間の抜けた顔をした。
「何だ?お前、女じゃなかったのか?そういえば、船員には『お坊っちゃん』と言われていたな?まさか‥‥オカ‥‥」
「ちっ、違うよ!」
リオは即座に反論し、
「れっきとした女だよ!」
と、言う。
「‥‥なら何故そんな質問をした」
シェイアードは肩を竦め、ため息を吐いた。
「べっ、別に」
リオはなんだか恥ずかしくなって、顔を赤くする。
(だって、大概、私は初対面の人には男と勘違いされるもん。今は髪だって短いし、服も男っぽいし。女になんか見えないだろうし。でも、この人は船で会った時から私のこと‘娘’って言ってた)
リオは妙に感心した。
男と間違えられても、今までならどうでも良かったのに、なんだか今は嬉しく感じる。
ーー現に、ハトネとカシルは未だに、
‘リオ君’
‘小僧’
‥‥などと呼んでくるのだから。
(まっ、まあ、シュイアさんやレイラちゃんやフィレアさん、ラズ達だって男と間違えなかったけど‥‥)
リオはシェイアードをじっと見つめ、
(なんか、嬉しい!)
なぜ、初対面の相手にこう思ったのか、全くわからないが。
(変な女だな‥‥)
そう思い、シェイアードは目を細める。
「あと、言っておく。お前のポリシーは知らないが、あまり俺に気安く話し掛けない方がいい。話し掛けるとしても、敬語を使った方が身のためだ。周りの奴らは俺のことを【貴族】としてしか見ていない。平民達は貴族に逆らえば何かされると勝手に思い込んでいる程だ。だから俺なんかといたら、お前、変な目で見られるぞ。今みたいにな」
確かに、さっきからずっと、街中の人々の視線が痛かった。だが、
「私、そんなの気にしないよ。さっき言ったでしょ、貴族とか平民とか関係ないって」
そう言って、リオは笑う。
「だから、あの‥‥」
リオはもごもごと口ごもり、
「そっ、そんなに悲しい目をしなくていいと思う‥‥よ?」
シェイアードの瞳は、なぜか悲しそうに見えたから。
その理由と、不意に、右目の包帯の理由が気になるが、聞いても答えてはくれないだろうと思い、聞かなかった。
シェイアードはリオから視線を外し、
「本当に変な奴だな。そろそろ行くぞ‥‥」
そう言って、止めていた足を再び動かす。
リオは、
(なっ、なんだか調子が狂うなぁ。いろいろとシュイアさんに似てるような気がするけど、シュイアさんと違って話しにくいタイプだし‥‥)
リオはあれこれ考えていた。
ふと、前方を見ると、人だかりが出来ていることに気付く。
「あそこが受け付けだ」
シェイアードが言い、
「だが、登録費がかかるぞ?この国の通貨‥‥持っていなかったのでは‥‥」
「え!お金かかるの!?」
リオは焦るが、港で会った女性ーールイナ・ファインライズに貰ったピンク色の封筒を思い出した。
彼女はそれが参加資格になると言っていたが‥‥
「これ、使えるのかなぁ‥‥?」
リオは封筒を取り出しながらおずおずと聞く。
「お前、それはーー」
それを見たシェイアードは驚いた顔をしていた。
「港で、ルイナ・ファインライズって言う女の子がくれて‥‥」
「ルイナ・ファインライズ‥‥何を考えている」
シェイアードが低い声音で言うので、
「ルイナを知ってるの?」
「ああ、知ってるも何も‥‥」
シェイアードはリオを見て、
「奴こそが、この国の狂った女王だ」
そう言った。
「え‥‥?女王って‥‥女王!?わっ、若い‥‥」
彼女はリオと変わらないぐらいの歳だったので、リオは目を丸くする。
「でっ、で‥‥、狂ったって?」
「女王は血を好んでいる。あの若さでなぜ奴が女王かわかるか?」
シェイアードの問いに、リオは首を横に振った。
「奴は、王と女王ーーつまりは、自らの父と母を自らの手で殺したのだ」
「えっ‥‥」
シェイアードの言葉に、リオは一瞬、体が固まる。
そんな子には到底、見えなかったからだ。
「その封筒は俺も貰った」
シェイアードはリオと同じ、ピンク色の封筒を取り出す。
「これは金を払わずとも、特別に参加できるものだ。女王が気に入った者に直々に渡しているようだが‥‥」
「ええ?気に入った‥‥?なんで私?」
「わからんな‥‥この国に来たばかりのお前にまで‥‥」
シェイアードは額に手をあて、
「とにかく、参加するなら気を付けろ。女王が何を考えているのかがわからん」
「うっ‥‥うん」
◆◆◆◆◆
「名前は?」
受け付けの男が聞けば、
「シェイアード・フライシル」
シェイアードは名乗りながらピンク色の封筒を手渡した。
「あっ‥‥あなたがシェイアード様ですか。これは失礼しました。どうぞ、参加が認定されました」
受け付けの男は即座に言う。
次に、リオの番で、
「名前は?」
「リオです」
気まずそうに封筒を手渡した。
受け取った受け付けの男は驚いた顔をして、封筒とリオの顔を交互に見てくる。
(なんでこんな平民の子供がこの封筒を!?‥‥とか思ってるんだろうなぁ‥‥私が知りたいよ)
リオはため息を吐いた。
「どうぞ。参加が認定されました」
リオは半信半疑だった為、
(わっ、本当に参加できた)
と、少し驚く。
◆◆◆◆◆
受け付け会場を後にし、
「大会は三日後だ」
と、シェイアードが言って、
「三日後かぁ‥‥」
リオはそれまでどうしようかなと、考える。
「リオ、とか言ったな。お前はどうするんだ?」
「んー‥‥お金もないし、行く場所もない。この場合はーー野営しかないね」
リオはにこっと笑って言った。
「ーーはぁ!!?」
シェイアードは本気で驚いている。
「えっ?何か変かな?」
「‥‥いや。なんだ?お前はそんな生活を繰り広げて来たのか?」
シェイアードはまるで哀れむような目付きでこちらを見ていた。
「うん。旅をしていたから、野営なんてもう当たり前だよ」
「お前は旅人なのか?」
「まあ、そんな感じかなぁ」
それを聞いたシェイアードはしばらく何か考え、
「‥‥行く宛てがないなら、三日後まで俺の家にでもいるか?」
リオはまさかシェイアードがそんなことを言うとは思わず、目を丸くして固まる。
「えっ‥‥えっ、ええっ!?いっ、いいの‥‥?」
「ああ。別にいい」
「あっ‥‥ありがとう、シェイアードさん!」
「おっ、おい!」
リオは思わずシェイアードに抱きつき、笑顔で礼を言った。
(大会で優勝して、この国の通貨を手に入れて、なんとか船に乗って知っている場所に帰らないと!皆、待ってくれてるかな?)