必ず


ガキンッ、キンッーー!

鉄と鉄がぶつかり合う音が続く。
レイラの素早い短剣の動きを剣で受け止めながらリオは目を細め、

(‥‥早い!それに、力強い‥‥!レイラ、君はこんなに戦えるようになったのか!?四年間で!?)

リオはそんな疑問を浮かべていた。

「リオ、防御してばかりじゃ勝てないわよ」

そう言って、レイラは短剣を振るう手を止めない。

(防御したくてしてるんじゃない!隙が‥‥見つからない!)

リオはただレイラの攻撃を受け止め、避けることしか出来なかった。


ーーブンッ!

ラズがロナスに斬りかかる。
すでにラズは腕や頬に傷を作っていたが、ロナスは涼しい顔をしていた。
ロナスは黒い翼を羽ばたかせ、空中に浮いてしまう。これではラズの攻撃はあたらないし、おまけに、

「黒灯(こくひ)!!」

と、ロナスは空中から魔術を放ってきて、黒い光を放つ槍がラズを取り囲む。

(くそっ‥‥どうするかな)

だが、ラズはどこか冷静だった。


「カシル!吐きなさい!あなたとシュイア様は一体どんな関わりがあると言うの!?」

フィレアは槍を軽々と振るい、カシルに向かいながら聞く。

「お前が知る必要はない。お前は俺ともシュイアとも関係のない存在だ」
「関係ないですって!?そんなことない!私はシュイア様を好きだもの!それだけで関係あるわ!」

カシルはやれやれとため息を吐き、

「あいつはやめておけ。あいつはお前がどうこうできる奴じゃない」
「なっ、何よそれ!!」

怒り任せに、フィレアは闇雲に槍を振り回した。

「まっ‥‥フィレアさん!落ち着いて!」

ハトネはフィレアを宥めつつ、援護しようと何か呪文を唱えるが、カシルの剣先から黒い炎が生み出される。

「えっ!!呪文なしで魔術を!?」

ハトネはとっさに自身の呪文を止めた。カシルが呪文なしで魔術を放ち、フィレアに黒い焔が襲いかかろうとして、

「フィレアさん!危ない!!」

ハトネはフィレアを庇おうと飛び出すが間に合わず、その場は激しい爆発音と煙に包まれた。

「フィレアさん!?ハトネ!?」

その様子を見たリオが二人の名前を叫ぶが、

「余所見するなんて、余裕ね!」

と、リオの頬にレイラの短剣が掠り、左頬から血が軽く流れた。

「くそっ!!」

反射的に、リオはレイラに剣を振るってしまう。
ザシュッーーと、レイラの腕に切っ先が当たり、彼女の服が軽く破れ、腕の肌がさらけ出された。
リオは、目を見開かせる。

「‥‥っ」

レイラは慌てて、露出した自分の腕を手で隠そうとした。

「なっ‥‥何、それ‥‥」

リオは吐き気がし、自分の口を手で押さえる。

レイラの両腕には、いくつもの‥‥黒い目があった。
そのいくつもの目は、瞬きをしている。
まるで目が合っているように感じて、リオはそれを直視出来なかった。

その様子に、全員の目がレイラにいった。

「ロナス‥‥これは」

カシルが低い声で言って、

「いや、だってよー。王女様が不老になりたいって言ったからしてやっただけだろー?なぁ、レイラ」

ロナスはにこっと笑ってレイラに言う。
レイラは俯き、体を震わせたまま動かない。

「なっ‥‥なんなんだ、これは!?」

リオがロナスを睨み付けた。

「ただの、悪魔特有の呪術さ」

ロナスが言って、

「あく、ま?」

と、リオは首を傾げる。

「悪魔って‥‥産まれた時から魔術を使える存在の?でも、童話の存在じゃないの?」

先程、カシルの魔術が直撃したはずだが‥‥無傷でフィレアが言った。

「童話、ね。人間達は勝手にオレらを物語の中の住人にしやがったんだよ」

吐き捨てるようにロナスは言い、

「人間は、いつしかオレら悪魔を気味悪がった。産まれた時から魔術を使えて、悪魔の成長は生きていく途中で止まる。オレは十七で成長が止まったね。そんな悪魔を人間は忌み嫌った。悪魔達は次々と狩られた」
「ーー童話にある悪魔狩りか?」

ラズが聞くと、

「ああ、そうだぜ」

答えながら、ロナスは頷く。

「いったい何の話なんだ?」

一人、状況が掴めないリオに、

「図書館にでも行って悪魔関連の本を読むんだな。まっ、ここから生きて帰れればの話だが!さぁーー話は終わりだ!」

ロナスは戦いを再開しようとした。

「あっ、そうだった。レイラにかけたのは、生き物が魔術を手に入れなくても不老になれる力だ。悪魔しか使えない術。ただ、代償がある。次第に体は蝕まれ、人間でない何かになるって言ったところだ。まあ、魔物とかに」

簡単に言ってのけるロナスに、カシル以外が目を見開かせる。

「え?何よ、それ?何‥‥そんなの、聞いてないわよ‥‥?」

レイラの声が震えて‥‥

「あー?そうだっけな?まあ、いいじゃねーか!不老になれたんだから!これでお前の愛するカシルと永遠を生きれるんだぜ!?お前が望んだんだからなぁっ」
「そっ‥‥そんな‥‥」

レイラは放心状態だ。

「ひっ‥‥ひどい‥‥ひどいよ!!そんなのひどい!!」

ハトネが怒鳴るが、ロナスはニヤニヤと笑ったままで。
しかし、ボッ‥‥と、ロナスの周りに小さな火の粉が飛び交い、

「あちっ!?なんだこりゃ‥‥ははっ!‥‥不死鳥の力を借りてるくせに、こんな小さな火の粉しか出せないのかぁ?笑えるなぁ!」

そう言って、ロナスはリオを見た。
リオは右手を前に翳している。不死鳥の力だった。
だが、リオはまだ魔術の扱いには慣れていない。
とてもじゃないが戦えるような力ではなくて、悔しげに歯を食い縛り、

「カシル‥‥!お願いだ!レイラを助けてあげてよ!!」

リオがカシルに言えば、

「なぜ俺に頼む」
「レイラはあなたが好きだから!それに、あなたなら何か救える力を持ってるんじゃないか!?」

リオは無謀ながらも、カシルに可能性を抱く。

「残念だが‥‥悪魔の呪術だ。この術は誰にも解けないだろう。たとえ、使用したロナスであろうとも‥‥レイラは死を選ぶか、それでも生きるか。どちらかしかない」
「あっ‥‥ああっ‥‥」

カシルの言葉に、レイラの体が震えた。

「そっ、そんな!?」

リオは視線を泳がせる。

「私‥‥嫌!人間でない何かになるなんて、嫌!!私はただ、カシル様と‥‥!!」
「ははっ!身勝手な愛だな!カシルに愛なんかねぇよ、ばーか!!」

ロナスはレイラに近寄り、レイラの耳元で彼女を嘲笑った。

「でも、魔物になって生きるより、死んだ方がマシかなぁ?レイラ王女様」

ズブッーー‥‥

「‥‥かはっ‥‥?!」
「‥‥え」

リオはぽかんと口を開け、その場に固まる。
代わりに、

「ロナスーー!!」

と、カシルが怒鳴った。
レイラの胸には、ロナスの魔術の槍が突き刺さっていて‥‥
リオは、動けなかった。頭の中が、うまく回らない。

「女王の、お前の母と同じ場所に行けるぜ?ははは!まさか俺が、今の時代のフォードの女王と王女を殺すことになるだなんて思わなかったぜ!皮肉なもんだなぁ?」
「‥‥あ」

今の時代だとかなんだとか、そんなのはどうでもいい。
リオは思い出す、ロナスが女王を殺したことを。
同時に、女王の最期の言葉を。

『レイラを、あの‥‥娘を‥‥お願い。あの娘は‥‥私の大切な、娘なのです。あの娘を‥‥守って‥‥助けてあげて。あの娘はもう‥‥一人なのです』

リオは拳を強く握り、

「女王様は、私を庇って死んだ。あの時‥‥私に力がなかったから‥‥!」
「‥‥り、お‥‥」

胸を突き刺されてはいるが、レイラはまだ、生きている。

「‥‥ロナス。レイラから‥‥離れろ」

リオはゆっくりと二人に近づき、

「ああ?二人で死にたいってか?いいぜ、殺してやるよ、お前もなぁ!」

ロナスは魔術でまた、槍を作り出した。
その槍はリオの周囲に突き刺さり、リオの行く道を阻む。
リオの腕や背に、いくつかの槍がかすったが、それでもリオは槍を掻き分け、前へ進んだ。

「リオ君!!危ないよ!!!」

ハトネが叫ぶが、リオは振り返らない。
ロナスはそんなリオを、静かに見ていた。
似たような光景を、かつて目にしたことがある。

「不死鳥‥‥力を貸してくれ、戦う力を」

リオはとうとうロナスの前に辿り着き、ロナスに向けて剣を構えた。
その言葉に反応するかのように、リオが手にした剣が赤い炎に包まれる。

「あれは何?不死鳥の炎!?」

フィレアリオの剣を見て驚いた。

「ちっ、めんどくせえなぁ!?」

ロナスは舌打ちをし、魔術で作り出した槍を握り締め、リオに振り上げる。
リオはそれを炎の剣で受け止めた。
瞬間、辺り一面に炎の風が吹き荒れる。

「ーー!!不死鳥様健在ってか‥‥くっ、せっかくだったのによぉ」

少しだけ悔しげなロナスのその声と共に、炎の風は静かに消え、剣に纏っていた炎も消えた。
たった、一瞬の力。
だが、リオの体に一気に疲労感が押し寄せる。

「はあっ‥‥はっ‥‥すっ、凄い力だ‥‥だが、これ以上は‥‥」

リオは地面に足を踏ん張らせ、ふらつく体をなんとか支えながらキョロキョロと視線を動かした。

「‥‥ロナスは?」

だが、ロナスの姿はない。
倒したーー感じはしなかった。

(逃げられたのか‥‥?)

リオはそう思う。

ーーガラガラガラッ‥‥と、急に天井が崩れ出して、

「失敗したか」

と、カシルが言って、

「失敗って!?」

フィレアが聞けば、

「ただの時間切れだ。この遺跡には数多の封印があった。封印を全て解いたが‥‥一時的なものだ。再び、封印が再開し、この遺跡はまた、封印される」
「封印って‥‥何よ!遺跡が崩れるってこと!?」

フィレアは崩れ落ちてくる岩を避けながら言い、

「リオちゃん!早くこっちに!!早く外に出ましょう!じゃなきゃ、皆、巻き込まれて死んじゃうわ!!」

フィレアが叫べば、

「あっ‥‥はっ、はい!」

いきなりのことに困惑したままリオは頷く。
しかし、倒れているレイラを見つめた。

「リオ君、早く!遺跡が崩れていくよー!」

次に、ハトネがリオを呼ぶ。

「すっ‥‥すぐ行くから!」

リオはそう言って、出口とは逆方向へ、レイラの倒れている場所へとゆっくり歩き出した。

「ちょっ、リオ君!!わわわっ!!」

地面がひび割れ、大きく揺れる。
ガガガガッーー!!と、大きな音を立て、地面が裂けていく。
まるで綺麗に分断されてしまった。

リオとレイラが同じ場所に。
ハトネとフィレアとラズとカシルが同じ場所に‥‥

「こっ、これじゃ‥‥リオさんが戻ってこれないじゃないか!!」

ラズは叫ぶ。裂けた地面の底を覗くと、深い深い空洞だ。

それをも気にせず、リオは歩く。
だが、傷付いた体と、不死鳥の力を使ったことにより、体が憔悴しきっていて‥‥
ついに足が動かなくなってガクッと膝が落ち、地面に這いつくばってしまった。

「くそっ‥‥レイラ‥‥」

リオは腕を伸ばす。

「必ず、助けるんだ‥‥!」

リオは地面の岩にすがり、這い出した。
それはまるで、赤ん坊が母のもとへ頑張って這い出すみたいに、リオは必死に体を動かす。

とんっ‥‥と、伸ばした手がなんとかレイラの手に触れた。

まだ、あたたかい‥‥
大丈夫、まだ、生きている。
そのことに、リオはとても安堵した。

「君だけは必ず助けるから‥‥たとえ私が、死んだって。約束したから‥‥」

リオはそう言って、優しく微笑む。


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