差別色の憎しみ


「え!?城に行くの!?」

フィレアが大きな声でリオに聞けば、

「行くと言いますか、その‥‥レイラちゃんが女王様に私を会わせたいって言って‥‥」
「女王様に‥‥?」

フィレアはなぜか、複雑そうな顔をする。

「すごいすごーい!リオ君、女王様に会えるの?凄いね!!」

対照的に、ハトネは感心していて。

「リオちゃん、本当に会うんだったら気を付けてね」

フィレアが真剣な声でそう言うので、リオは首を傾げた。

「女王様はね、王女様と違って‥‥」


◆◆◆◆◆

リオは街中を歩いていた。
待ち合わせをしたわけではないが、街中にいれば、レイラと会えるかもしれないから。

リオは先刻、フィレアから聞かされたことを思い出す。

この国の女王ーーシャネラ・フォード。
彼女は貧乏人と余所者が好きじゃないらしい。

(じゃあ、アイムさん達‥‥貧困街に住む人達は?女王が治めるこのフォード国の同じ国の人じゃないの?でもまあ、実際に会ってみないとどんな人かなんてわからないよね‥‥)

リオは小さく息を吐き、ふと前を見た。

「貧乏人のくせに街中ウロウロするんじゃねえよ、汚ならしい!」
「ーー!?」

どこからかそんな声が聞こえてきて、まさか自分のことだろうかと、リオはきょろきょろと辺りを見回す。
しかし、人だかりができているところを見つけ、自然と足を向けてしまった。
何か揉めているようだが‥‥

広場の方で、一人の男が立っていた。
その側には、頭を抱え、震えながら地面にしゃがみこむ少年の姿があった。
それを取り囲むように、野次馬ができている。

「でっ、でも‥‥薬を、買わないと‥‥」

その少年が弱々しい声で言うと、

「薬だぁ?貧乏人に売るような薬はねぇよ!」

男が荒々しく言い放った。

(‥‥なっ、あれはなんなの!?)

リオはこの光景に目を疑う。
この国にもう何週間もいるが、こんな事態を見たのは初めてだ。

「おっ‥‥お願いします‥‥母さんが、母さんが‥‥」

俯いていた少年が、ばっ‥‥と顔を上げ、男の顔を見て懇願する。
少年の顔には、何発か殴られたり蹴られたりした痕が残っていて‥‥

どがっーー!!と、男は少年の顔を足で蹴りつけた。

「しつけえんだよ!女王様も言ってるだろ!貧乏人にくれてやるものは何もねえんだよ!」

荒々しい男の言動を、誰も止めない、みんな見ているだけ。

「ひっ‥‥ひどい」

リオは小さく、誰にも聞こえないような掠れた声で言う。
しかし、男はまだ何かするつもりだ。
再び、理不尽に少年の頭を蹴りつけようとして‥‥

「危ないーー!!」

ーーどかっ‥‥!!と、鈍い音がして、しんと、辺りは静まりかえる。

「うぐっ‥‥」

とっさに、リオは少年の前に飛び出していた。
そして少年を庇って、代わりにリオの頭に男の蹴りが入った。
じんじんと、頭が痛む。
脳がぐらぐら揺れて、頭が麻痺した感覚だ。

当然、蹴った本人である男も、野次馬のように集まる民衆も、傷だらけの少年も、驚いて目を見開かせていた。

「なっ‥‥なんだテメェは!いっ、いきなり飛び出してきやがって!飛び出してきたテメェが悪いんだぜ!?」

男はリオを見ながら言うが、

「‥‥っ、だっ、大丈夫ですか?」

リオは蹴られた痛みを堪えながら、少年に優しく笑いかけ、そう聞いた。
少年は大きな目を更に大きく開かせている。

近くで見た少年の顔。

耳の下まで伸びた綺麗な銀髪。
涙のたまっている綺麗な金色の瞳。
ボロボロになって汚れていたり破れたりしている服‥‥
リオより少し年下であろう、とても綺麗な少年。

顔には殴られた痕が残っており、口元から軽く血が流れ出ている。

そんな少年の姿を見て、

「どうしてこんな‥‥酷いことをするんですか!?」

リオは、怒りのようなものを感じた。

「どうしてだぁ?そうか、なるほど。お前は余所者だな?」

男はリオを指差しながら言って、

「そうですけど‥‥」

答えながら、リオは思い出す。

フィレアが話していた、女王は貧乏人と余所者が好きじゃないという話。

(じゃあ、今のこの現状‥‥もしかして、国の人達もそうなの?)

リオは一気に顔が青ざめた。

「嫌だわ‥‥」

野次馬の内の、一人の女性が言って、

「あぁ‥‥本当に」

それに同意するように、周りの人々がざわざわと何かを話し始めているので、リオは疑問の表情を浮かべる。

「あぁ嫌だ。なんだって今日は余所者と貧乏人なんかを見てしまったのかしら」
「今日は厄日だな」
「こんな奴らとっとと追い出すべきだろうに」

聞こえてきた言葉は、そんな非難の言葉で。
リオはわけがわからなかった。

ぐいっーーと、リオは急に腕を引っ張られる。

「なっ、なんですか?」

それは、後ろでしゃがみこんでいた少年だった。

「お姉さん‥‥逃げないと!」

そう言って少年は立ち上がり、リオの腕を引いたまま走り出す。

「え‥‥!?」

リオはわけがわからず、引っ張られるがまま走った。

「待て!逃がすか!今日こそ白黒つけてやる!」

そう言って、先程の男と野次馬たちがリオと少年を追い掛けて来て‥‥

「いっ、一体なんなんですか!?」

リオは走りながら少年に聞くと、

「今はとりあえずあの人達を撒こう!今は走ることだけを考えて!」

少年のその言葉に、とりあえずリオは頷いて走り続ける。
しばらく走り続けたところで、

「お待ちなさい」

ーーと。
呼び止めるような凛とした、どこか冷たい女性の声が聞こえた。

少年は走るのを止め、ばっ‥‥と、声のした方向を見る。
いきなり少年が止まるので、リオは自分より少し背の低い少年の背中にぶつかった。
少年は冷や汗を流し、驚いた顔をしていて、リオも目の前の人物を見て絶句する。

「ーー女王様!」

リオ達に追い付いた男がそう叫んだ。

一度だけ、パレードで遠目から見た姿。
レイラと同じ、紫の髪に赤い目。
だが、彼女と違い、どこか冷たい雰囲気の漂う女性だ。

「そこの少年は貧困街の者ですね。そしてあなたはーー余所者ですね?」

女王は少年とリオを見て、冷たい声で言う。

「女王様!今、こいつらを追い出そうとしていたところです!すっ、すぐに追い出しますから!」

慌てるように男が言えば、

「そうですか。では、早急に‥‥」
「まっ、待って!」

女王の言葉の途中で、今度は止めるような声が入る。リオはその声の主を確認し、

(れ、レイラちゃん!)

と、心の中で叫んだ。
レイラは状況に驚きながら女王のもとに駆け寄った。
その後ろには、やはりカシルがいる。

「お母様!彼女は余所者ですが、私の友人なのです!」

レイラが女王に言えば、

「友人?この少女がですか?」

女王は横目でリオを見た。
まるで、汚いものを見るような目で見られ、リオは女王から目を逸らす。

「はっ、はい‥‥!ですからっ‥‥」

パシッーーと、そんな音に、レイラの言葉は止められた。
女王がレイラの頬を叩き、レイラは叩かれた頬を手で押さえ、目を見開かせている。

「あなたはこの国の次期女王となる身なのですよ?それなのに余所者が友?いけませんレイラ。この者とはもう会わぬようになさい」

女王の言葉に、レイラは言葉を返せない。

「さてーー」

と、女王は少年とリオに視線を戻した。

「余所者と貧困街の者が国内で揉め事を起こした場合、処罰が下ります」

女王がそんなことを言い、リオはびくっと肩を震わせる。

「複数ある処罰の中、好きな処罰を決める権利は与えますーーレイラ、言ってごらんなさい?処罰を」

促されたレイラは戸惑いつつも、

「一つは‥‥この国を出ること。二つ目は、死刑。三つ目は‥‥貧困街の取り潰し‥‥この三つのどれかを‥‥」

そこまで言って、レイラは口を止める。わずかに体を震わせて‥‥

「なっ‥‥死刑!?貧困街の取り潰し!?」

国から出て行けと言うのも酷だが、それが一番マシな選択肢ではある。
だが、リオは他の二つに耳を疑った。

「意味がわからないーーと言う顔ですね」

女王はくすりと笑い、

「あなた方は私達に害をもたらす存在なのです。さあ、選びなさい。死か、住む場所を失うか、この国を出るか」
「まっ‥‥待って下さい!このお姉さんは関係ありません!僕です、問題を起こしたのは僕です!」

銀髪の少年がリオの前に立ち、庇うように言うので、

「ちょっ‥‥ちょっと君‥‥!」

リオは焦った。
これ以上、この少年を危険な目に合わせるわけにはいかないと感じる。

「この少年は何も悪くありません!どう考えても、悪いのはあの男の人です!」

リオは少年に汚い言葉を浴びせ、少年を何度も蹴ったり危険な目に合わせた男を指差しながら言った。

「何をっ‥‥俺はただ、貧乏人になんぞに売る薬はねえって注意しただけだ!」
「それだけじゃなく、この子を蹴ったりしたくせに‥‥最低だ!」

いつもは穏やかなリオだが、さすがのリオもこれには怒りが込み上げてくる。

「これ以上変なことを言ってみろ!今度は蹴りじゃすまねえぞ!」

男はそう言ってリオを脅すが、

「別に構いません!私はおかしいことをおかしいって言ってるだけです!この子に何もしないと言うのなら、好きなだけ私を蹴ればいいじゃない!」

リオは真っ直ぐに男の目を睨み付けた。

「じゃあ‥‥死刑でもいいってか!?」

男は笑いながら言ってきて、それにリオは悔しそうにしたが、

「わっ‥‥私一人の命で誰かを救えるのなら!好きにすればいいよ!!」

まるで、十二歳の子供とは思えない台詞だった。

「くっ‥‥ははは!聞きましたか、女王様!このガキ、死刑でもいいと言っていますよ!」
「ええ。それでは、その少年の代わりにあなたに処罰をーー」
「やっ‥‥!」

レイラはやめさせようと叫ぼうとしたが、

「ちっ‥‥馬鹿なことを‥‥」

隣にいたカシルが舌打ちしながらリオを見て言うので、そのカシルの怒っているような顔にレイラは驚いた。

すると、その時、

「ーーやめてよ!!」
「待って下さい!」

と、止める声が二つ。
それにリオは目を大きく開けて、

「はっ‥‥ハトネさん!フィレアさん!」

ハトネとフィレアがこの場に駆け付けた。

「リオ君!助けに来たよ!リオ君はぜったいぜったい悪くない!死刑だなんてやめてよ、女王様!」

ハトネはリオの側へ行き、必死で女王に言う。

「私も‥‥間違っていると思います。国王がお亡くなりになってからのこの制度ーー‥‥おかしいわ」

フィレアは真剣に言った。


ーー今思えば、この時代、この国に来たのは間違いだったのかもしれない。
だが、この少年に出会えたのは‥‥確かに奇跡だったのだろう。


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