どちらかの道
『リオ、明日は城でパーティが行われるの!だから‥‥絶対来て!ううん、誘いに行くから!』
ーーとんでもないことになってしまった。
昨日、街中でレイラと会った時にそう言われた。
そのせいで今、リオは宿屋で頭を抱えている。
「ちょっ‥‥ちょっと待って。え?お城で?」
リオは混乱していた。当然断ったのだが‥‥
『王女命令は絶対よ!』
そう言われてしまっては‥‥
「とっ、とりあえず逃げようかな」
リオは宿屋の外に出て、逃げ場を探すことにした。
あまり、レイラともカシルとも関わりたくないというのが本音だ。
(ううっ‥‥シュイアさん‥‥一人はやっぱり寂しいです。まだ、ハトネさんがいた方が良かったかもしれない‥‥)
リオはふらふらと、あの日、レイラと出会った公園のベンチに座る。
しかし、公園だというのに、いつも子供達が遊んでいる気配はない。
だが今日は、ブランコに人影が見えた。
しかし、子供ではなく、大人のようだが‥‥
まあ、自分には関係ないかとリオは思う。
とりあえず、今日は一日レイラに会わないようにしなければ‥‥
リオはベンチから立ち上がった。
その時、カシャ‥‥と。
リオのズボンのポケットから何かが落ちる。
昨日、小物店でレイラが見せてきた青色のストーン。
結局、レイラとお揃いで買ったのだった。
(お揃い‥‥か)
思い出して、リオは薄く微笑む。
(何を笑ってるんだ、私は‥‥)
レイラのことを考えると、やはり不思議な気持ちになった。
楽しい?嬉しい?
これがーー【トモダチ】?
ギィ‥‥
軋む音に、リオは顔を上げる。
ブランコにいた人が立ち上がったようだ。どうやら、女性のようで‥‥
「はぁ‥‥シュイア様‥‥どこにいるのかしら」
なんて。
女性は悩ましげにそう大きな一人言を放って‥‥
当然、リオはその一人言に反応した。
「シュイアさん!?」
「え?」
女性は驚いてリオを見る。
「あなた‥‥シュイアさんのお知り合いの方なんですか!?」
リオは女性に大きな声で尋ねた。
「え?あなたは‥‥?」
女性はリオの方に近付き、リオの顔を覗き込む。
銀に近い空色の長い髪を、斜め方向に一つにくくり、空色の目をした綺麗な女性だ。
「シュイア様のこと知ってるの?シュイア様は‥‥黒い鎧を身に纏った方なのだけれど‥‥その方のこと?」
女性は興奮しているリオにゆっくりと聞く。
「ーーっっっ!!はい!そうです‥‥!!」
リオは大きく頷いた。
「ちょっと待って。あなた‥‥まさか‥‥シュイア様の子供なの?」
女性が眉を潜めて聞いてくるので、
「え!?ちっ、違います!シュイアさんは記憶をなくした私を六年前に助けてくれて、六年間一緒に旅をしていたんです」
一体、この数日間で、何度この説明をしたことか‥‥
「シュイア様と一緒に旅を?じゃあ、今もシュイア様と?シュイア様はここにいるの?」
「あ‥‥」
期待する女性からリオが目を逸らせば、
「‥‥その様子だと、いないのね」
と、女性は察する。
「あっ、あの。お姉さんはシュイアさんとどういった関係ですか?」
次にリオが聞いた。
「私もあなたと似たような感じかしら。もう十年も前‥‥私の住んでいた村が盗賊に襲われて、その時に偶然に村に立ち寄ったシュイア様が現れて助けてくれたの。それから‥‥私は何度も何度も彼を追い掛けて来たわ」
そこまで言って、女性は口を止める。
「でも‥‥私はシュイア様の旅に同行させてもらえなかった。一度も‥‥何度も頼んだのに‥‥」
それを聞いたリオは困った顔をした。
「あなたは六年間も‥‥あなたはシュイア様にとって、特別なのかしらね」
女性は寂しそうに笑う。
それを聞き、リオは顔を真っ赤にして、
「そっ‥‥そんなんじゃ‥‥」
「そうだわ。シュイア様のことを知ってるのなら、カシルという男を知っているんじゃない?」
女性に聞かれ、
「‥‥!知ってます。何度か会いましたし、それに今‥‥」
この国にーー。
「そう、会ったのね。私はシュイア様に何度か名前を聞かされただけで。『カシルという男を追っている』ってね。それで‥‥昨日からレイラ王女に護衛がついたらしくて、その護衛の名前がカシルだって聞いたの。同名なだけかもしれないけど」
「っ‥‥!いいえ、その方です!その護衛のカシルさんが、シュイアさんの追っているカシルさんです!昨日会いました!確かにカシルさんでした!」
リオはまたも大きな声で言った。
「まあ!本当に!?今日、城で行われるパーティに参加しようと思うの。このパーティは貴族以外も参加していいからね!シュイア様とカシルの関係は知らないけれど‥‥シュイア様の為にカシルを取っ捕まえてみせるわ!」
女性は活き活きと言っている。
リオはなんだかこの女性をカッコいいと思った。
自分はカシルの行動を探ろうかと思いつつも‥‥結局は今、何もせず逃げている。
「あ‥‥あの。私はリオと言います。お姉さんは?」
「私はフィレアよ。リオちゃん、よろしくね」
女性、フィレアは柔らかく笑ってくれた。
「あの!フィレアさん、私も‥‥」
「リオ!見つけた!」
リオの言葉は聞き覚えのある声に遮られる。
「れっ、レイラちゃん!?」
今はまだ会いたくなかった人物が現れてリオは動揺したし、しかも、やはりカシルも一緒にいた。
「もうっ!昨日言ったでしょ?迎えに行くって!なのに何よっ!宿屋にいないし‥‥こんなとこで‥‥誰よこの人!大人の友達!?」
レイラはフィレアを指差す。
「とっ、友達ではないよ。たまたま今、話してただけで」
「‥‥レイラ王女と友達なの?」
フィレアがこそっとリオにそう聞くので、
「いいえ違います!」
リオは全力否定した。
「友達よ!ほらっこのストーン!お揃いなんだからっ」
レイラはリオが手に握っていた石と、自分の石を照らし合わせる。
それに、リオは何も言えなくなる。
『友達よ!』
レイラがあまりにもはっきりと言うものだから。
「ご安心下さい、レイラ王女。リオさんとは今、偶然出会っただけで、本日のパーティについてお話ししていただけですわ。私も是非出席しようと思いまして」
フィレアは丁寧にお辞儀をしながらレイラに言った。
その様にレイラは納得し、
「あら、そうだったの」
と、レイラはフィレアに笑いかける。
フィレアは顔を上げながら、
(ふーん。この男が、シュイア様の追っている男、カシル‥‥)
一瞬、チラリとカシルを見た。
「レイラちゃん、私もそのパーティ、行くね」
リオは覚悟を決める。
「本当!?じゃあ今すぐ行きましょ!もう始まるの!!」
レイラはリオの腕を掴み、
「え!?もう!?」
ぐいぐいと、リオは引っ張られるがままだ。
(もっとフィレアさんと話したかったのに‥‥)
◆◆◆◆◆
レイラに連れて行かれるがまま、リオは城の前に着いた。
「ぅ‥‥わ‥‥」
リオは小さく声を上げる。
「リオ、城に入るのは初めてよね。さっ、遠慮しないで入って」
城門の前でレイラがリオにそう言うが、リオは城に入って行く人々を見て、
(ど‥‥どうしよ‥‥みっ、皆きれいな服着てるんだけど‥‥)
貴族も庶民であろう人も、高価そうなドレスに身を包んでいる。
だが、リオはいつもと同じ服。
洗濯してはいるが‥‥長旅での泥などの汚れがまだ残っている。
「私、やっぱり場違い‥‥」
「さっ!行きましょ」
リオの言葉を無視して、二人は城の中へ入っていった。
城内のパーティ会場はもうすでに賑わっている。
街の人々が食事を共にしたり、会話を楽しんでいた。
(なんと言うか‥‥大きな国はこういったパーティが好きなのかな)
リオはレイラの誕生日パレードを思い出しつつ、半ば呆れるように光景を見ている。
(こんなに人がたくさんなのは苦手なのに‥‥)
ここにシュイアがいてくれたら良かったのにーーリオはそう思った。
周りには知らない人や、まだ会って間もないレイラ。
しかもシュイアを殺そうとした張本人までいるではないか‥‥
「あの、レイラちゃん。私は何をしていればいいのかな?」
不安になって聞けば、
「何をって‥‥私と一緒にいればいいのよ。私の友人としてね」
レイラがにこっと笑い、簡単に言った。
「そっ‥‥それだけでいいんだね?」
リオは、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、まだレイラと二人でならやりやすいのだが‥‥どうにもこうにも‥‥
護衛ということで、カシルが付きっきりだ。
(でも、カシルさんも大変だなぁ。よくこんな仕事引き受けたなぁ。王女様、わがままだもんなぁ‥‥)
リオは少しだけ感心する。
「ほらリオ、遠慮せず食べて」
レイラがテーブルに置かれた皿をリオに渡した。
見たこともない肉料理に野菜が添えてある。
「あ‥‥ありがと‥‥」
◆◆◆◆◆
レイラはドレスに着替えていた。
一応社交事例だと言って、王女である彼女は貴族の面々に挨拶をしに回っていて、その姿はいつもと違い、とても大人びていて、凛々しい。
リオはと言えば‥‥
とりあえず一人、食べていた。壁に凭れ、人気のない隅っこで。
「うぅ‥‥来たはいいけど、フィレアさんのようにカシルさんをとっつかまえる!なんてこと私には出来ないしなぁ‥‥しかもとっつかまえてどうすればいいんだろ‥‥でもなんだろこれ、おいしいな、食べたことない味だ」
リオはもぐもぐと料理を口にしながら、人気がないのをいいことに、声に出していた。
「取っ捕まえる‥‥か」
「むぐっーー!!?」
その声に、料理を口に含んだままのリオは大きく肩を揺らす。
(いやいや忘れてた!!人気がないんじゃなかった!!カシルさんが近くにいたんだった!!)
レイラが一人で挨拶回りに行ったので、カシルはその場に残っていたのだった。
考え事をしすぎて、すっかり忘れてしまっていた。
「いえっ‥‥!これ、おいしいなぁって!」
リオは慌ててまた、料理を食べ始める。
(そういえば‥‥フィレアさん来てないのかな?)
フィレアの姿がないことに気づく。まあ、こう人が多くては、捜すのは困難だが。
「なあ小僧。お前、俺とシュイアの関係が知りたいんだろ?」
カシルがいきなりそう聞いてきて、リオは慌ててカシルを見た。
「し、知りたいですけど‥‥」
しかし、リオはなんとなく察する。
カシルがタダでそのようなことを教えるような人ではないということを。
「ああ、教えてやる。ただし、条件がひとつ」
言われて、やっぱりなと、リオは肩を落とした。
「条件とは‥‥?」
条件を呑むつもりはないが、一応リオは聞く。
「シュイアに着いて行くのはやめて、俺に着いて来い。それだけだ」
「‥‥は?」
思いも寄らなかった条件とやらに、リオはなんとも間の抜けた声を漏らす。
「考えてる時間はない、今決めた方がいい」
ドンッーー‥‥と、カシルがリオを壁に叩き付けた。
「いっ、いたたっ」
背中を打ち付けた痛みに思わず目を閉じ、
「‥‥うわわっ!?」
次に目を開けた時には、カシルの顔が眼前まできていて、どこか真剣さを含んだ青い目がこちらをじっと見てくる。
「‥‥あっ、えっと‥‥!?」
「クッ‥‥はは、面白い反応だな」
カシルはそう言って笑い、リオから離れた。
「なっ、なんなんですか!?」
「まあ、シュイアの行く道を辿るか、俺の道を辿るかだ。時間はまだある。よく考えておけ」
カシルはそう言って、それきり黙りこんでしまう。
(‥‥どういうこと?シュイアさんの道か、カシルさんの道?)
カシルの目的がわからず、リオの中の疑問が募るばかりだ。
困惑しているリオを横目に、カシルは今しがた見つめたエメラルド色の瞳を思い出す。
あの日の、悲しくも、淡く暖かい、大切だった‥‥ほんの一時の日々を。