妖精王


「ラズ‥‥君と、戦わないといけないのか?」

クリュミケールが問うと、

「そうだ。神々を殺し、そして私も死ぬ。世界も死ぬ‥‥こんな理不尽な世界、いつまでも続かせるわけにはいかないーー!」

ザメシアは叫び、透明な翼を羽ばたかせた。瞬間、キラキラと粒子状の粉が光のように舞い、鋭く、切り裂くように一同の元に飛んでくる。
キンキンーー‥‥!と、剣や槍でそれを防ぐと、

「っ!?なっ、なんだこれ!針みたいな‥‥」

キャンドルはザメシアが放ったそれをそう称した。細かく尖ったそれが皮膚を貫けば、じわじわと痛みが広がるだろう。

「‥‥無理よっ!無理に決まってる!今まで、フォード国でずっと一緒だったラズと戦うなんて‥‥私には出来ないーー!」

彼と一番付き合いの長いフィレアは、まだ信じられないという思いでギュッと目を瞑る。
しかし、ザメシアには伝わらない。彼の目には、憎悪と絶望しかない。

「ーーフィレア、クリュミケール。考えてみなよ。私は長年、君達を騙してきた。偽りの姿で‥‥」

ザメシアは二人を見つめ、

「そして、私は創造神を助けるつもりなど最初からなかった。だからこその結末だ」

吐き捨てるようにそう言うと、キャンドルが剣を構えてザメシアに斬りかかかろうとした。

ギンッーー!

キャンドルの剣は、ザメシアの剣で軽々と受け止められてしまう。ザメシアは鼻をならして笑い、

「‥‥創造神を気にかけていたようだが‥‥ふん。お前もアドルも、出会ってまだ短いくせに‥‥割り込まないでくれるか?」

金色の目にギロリと睨まれるが、

「関係‥‥ねえよ!!知ってるか!?知らねえだろうな!!ハトネは昨日‥‥クリュミケールのこともフィレアのこともカシルのこともシュイアのこともカルトルートのこともレムズのこともーーお前のことも大好きだと話してた!しかもなぁ、出会ったばかりの俺とアドルのこともだ!」

受け止めらた剣を、キャンドルは力一杯に押し返そうとする。

「それになぁ‥‥!俺が一番キレてることは‥‥お前はクリュミケールやフィレアのことが今でも大好きで大切な仲間のはずなのに、その想いを押し殺して俺らに剣を向けることが許せねえんだよ!こんなんじゃなぁ、クリュミケールもフィレアもお前も!皆、可哀想で仕方ないんだよーー!」

ダラダラと汗が流れ出た。
ザメシアが握る剣の力は強く、キャンドルの剣はびくとも動かなくて、それでもザメシアの本心をそう感じ取り、可哀想だと感じてしまう。

「私を‥‥私達のことを何も知らない部外者が‥‥勝手なことを言うなーー!」

ギギンッーーッ!と、ザメシアは思いきり剣に力を込め、キャンドルの剣を押し返し、

「ぐあぁあっーー!?」

悲鳴と共に、キャンドルの体が床に弾き飛ばされた。

「兄ちゃん!」
「キャンドル!」

アドルとクリュミケールが慌てて彼に駆け寄り、

「ラズ‥‥!とうしてこんな酷いこと‥‥やめて、やめてよラズーー!」

フィレアは泣き叫ぶ。

「くっ‥‥くそっ‥‥!」

背中の痛みに目を細めながら、キャンドルは体を起こした。クリュミケールは傷つけられたシュイアとキャンドル、泣き続けるフィレアを見つめ、剣を握り、立ち上がる。

『リオさん、僕らも一緒に戦うから、リオさんは一人じゃないよ!リオさんが僕を助けたくれた時のように、今度は僕があなたを助けるから!』

『あなたは強い人だよ。初めて会った時に僕を助けてくれた。レイラ様を一人で救おうとした。不死鳥の試練に挑んだ。そんなこと、普通の人には出来ないよ、リオさんだからこそ‥‥』

『リオさんは恩人だから。彼女はとても強い人だった。けど時に、色々あって、崩れやすい人だった。心配だよ‥‥五年前にいなくなって、彼女は今、独りなのだろうか‥‥生きて、くれているだろうか。そればかり、考えていた』

クリュミケールはザメシアを見つめ、優しかった彼の言葉を思い浮かべた。しかし、今思えば‥‥ラズは、優しい少年だった。しかし、どこか他人と距離を置いているような気もした。
時に、落ち着いた大人のような佇まいでいたり‥‥思い返せば、見落としていた、気づかなかったことばかりが今ではわかる。

「今思えば‥‥十二年前のあの時、フォード国に来たのは間違いだったのかもしれない。レイラに出会い、ラズに出会い、レイラを失い‥‥今はラズがザメシアという存在だった。だが、あの時君に‥‥皆に出会えたのは確かに、奇跡だった。無知だったオレが、ここまでこれた証だから‥‥だからーー!」

クリュミケールは強く剣を握り、ザメシアに向かって駆け出した。


ガギッーー!カンカン、キキンッーー!

クリュミケールの紅い炎のような剣と、ザメシアの剣が素早く、しかし重くぶつかり合う。

「だからこそだーー!君が‥‥フィレアさんを泣かせるのは間違っている!!フォード国で出会った君も、今までの君も‥‥偽りだとは思えない!」
「偽りだったんだよ、全部ーー!ははっ‥‥あの母親だって偽物さ!子供の姿をして‥‥創造神も三女神も見つけられずにさ迷っていた私を孤児か何かだと勘違いして、自分の息子だと育て始めた、病弱な女なんだよーー!」

そうザメシアは叫び、クリュミケールの剣を押し返した。

「全部、嘘さーー!ラズという存在自体が!家族も友も仲間も‥‥この時代のザメシアには、何もないのさ!!」

ザメシアは早口で言い、再びクリュミケールに剣の切っ先を向けようとしたが、背後に気配を感じ、一瞬だけ硬直する。

「それがっ‥‥嘘なんじゃないの!?」

ザメシアが振り返れば、真後ろにはフィレアがいて、槍を突き出そうとしてきた。勢いよく動いた為か、涙が流れるように散っていく。

「ーーフィレア!?‥‥チッ‥‥!」

予想外の相手の攻撃にザメシアは慌ててその槍を避け、舌打ちをした。

「ふん‥‥さっきもだが‥‥フィレアには攻撃できないようだな?」

すると、再び背後から‥‥今度は静かにカシルの声がして、ザメシアは慌てて剣を構え、振り向き様、防御の姿勢をとったが、ギンッーー‥‥!!と、カシルが剣を凪ぎ払う方が早かった。ザメシアの手から剣が弾き飛ばされてしまい、ーーカランカラン‥‥と、虚しい音と共に剣が床に落ちる。

「だってラズ‥‥あなたは本当に、お母さんを大事にしてたじゃない!!あれは、嘘なんかじゃ、ないでしょう‥‥!?」

剣を失った彼に、フィレアは問い掛けた。しかし、ザメシアは何も答えない。

「ラズさん‥‥もうやめよう!おれ達が戦うことには何の意味もない!このままじゃ、世界が滅んじゃうよ!」

アドルがそう言えば、

「意味がない、だと?意味はあるーー!この私の苦しみが‥‥証だ!お前達にはわかるまい‥‥あの時代を知らない、お前達には何も!」

ザメシアの透明な翼が七色に光り出した。

「なっ、なんなの!?」

カルトルートが驚きの声を上げれば、

「本気で終わらせよう‥‥これが、妖精王と呼ばれた私の魔術だ」

翼を羽ばたかせながらザメシアがそう言うと、塔の天井が突然崩れ、隙間から一閃の雷が落ちてくる。
ドゴーーンッーー!と、大きな爆発音と共に、一部の床が崩れ落ちた。一行はそれを避けたが、二発目がすぐに来る。
それは、アドルが立つ頭上からだ。

「アドルーー!」

リウスがアドルに駆け寄り、彼の体に抱きつくようにして体を前に押しやる。

ドゴーンーーッ!‥‥再び落雷の音と共に、焦げるような臭いと煙に視界を阻まれた。

「アドル、リウス!」

クリュミケールが二人の名前を叫び、

「これが、妖精王、ザメシア‥‥記憶と、話でしか知らなかったけれど‥‥こんなに、強いの‥‥?」

放心するようにイラホーが言えば、

「ふん‥‥紛い物の【回想する者】よ。お前がどこまでの記憶を知っているかは知らない。しかし、紛い物でもお前も三女神の一人だーーお前もあの時代で散々と掻き乱してくれた‥‥まあ、だからこそ本物のイラホーは魂だけになって、ただの人間のお前の中に埋め込まれたのだからな」

そう、ザメシアは言い、横目で煙が晴れていく様を見る。どうやら、アドルもリウスも無事なようだ。

「りっ‥‥リウス‥‥大丈夫!?」

アドルは庇うように自分に覆い被さったままの彼女に聞き、

「私は大丈夫‥‥この体は、人形だから。アドルが無事で‥‥よかった」

そう、リウスは小さく笑うので、

「そっ‥‥そんなの関係ないよ!君は、女の子‥‥」
「いいの、アドル。人形の私に命を吹き込んだサジャエルが消えた以上、私はたぶん、もうじき人形に戻るから」
「えっ?」

そう言いながら立ち上がるリウスを、アドルは言葉をなくし、ただ見つめるしかできない。
だが、今はそんな会話をしている場合ではなかった。
ザメシアがまた、魔術を放ってくるかもしれない。

「ねえ、ラズ!あなたの気持ちは偽りだったの!?だって、あなたはリオちゃんの‥‥クリュミケールちゃんのことをーー!」

必死にフィレアが言おうとするが、

「黙れよフィレア。全部、嘘だと言っただろう?貴様らに‥‥長年苦痛の中で生きてきた私の気持ちがわかるか?」
「っ‥‥そんなの、わからない、わよ‥‥!今だって信じられないもの!ザメシアって、なんなのよ!わからないわよ‥‥!だって、目の前にいるのは、ラズだもの!!」

ザメシアに叫び続けるフィレアの背中をクリュミケールはさすり、

「ラズ‥‥いや、妖精王ザメシア。世界を壊して死ぬだけが道じゃない。道はたくさんあるんだ。君は大切な仲間だ。オレはもう、仲間を‥‥友を失いたくない。だから‥‥君が死なずに、君の中にいる妖精達の魂を解放する方法を探そう」

クリュミケールはそう言ってザメシアを真っ直ぐに見つめる。ザメシアは床を強く踏みしめ、

「そんな方法、あるものかーー!あるならば、とっくの昔に私達は救われている‥‥!戦わずして私を止めれると思うか!?この苦しみを止めれると思うのか!?そんな甘い考えで、誰かを守れるとでも!?だからこそ、クリュミケールーー!お前は多くを失ったんだ‥‥!お前には何も、守れはしない!」

ザメシアの憎悪混じりの言葉に、クリュミケールはシャネラ女王を、レイラを、シェイアードを、ニキータ村の家族達をハトネの顔を思い浮かべた。
そして、ザメシアに頷き、

「かつて‥‥大切なものを守る為に、力を求めた。でも‥‥力は、大切なものを傷つけ、失わせるものだった‥‥そうさ、君の言う通り、何一つ、守れなかった‥‥」

その言葉を聞いたザメシアはくくっと笑い、

「わかっているくせに、まだ綺麗事を吐くのか?」
「約束だけは、絶対に守りたいんだ。ハトネは、創造神は、果ての世界、そしてさっき‥‥二度、ザメシアのことを救ってほしい、ザメシアの悲劇を止めてほしいと言った。だから、オレは誓うよ‥‥悪魔や妖精という種族が人間の過ちによって苦しまされたのなら‥‥もう、それを繰り返さないように‥‥君を、君たち妖精を救いたい」

その言葉に、ザメシアは魔術を放とうと右手を前に翳したが、ーーパアァアアッ‥‥と、突如、どこからか光が溢れ出した。
アドルのペンダントが輝き始めたのだ。

「えっ!?なっ、何‥‥?」

アドルは驚き、自らの首もとで輝く赤い石を見つめる。ザメシアは眉間に皺を寄せ、

「やはり‥‥それは。どうして‥‥なぜ、お前がそれを‥‥」

ザメシアは何か知っているような口振りでアドルを睨み付けるが、アドルはこのペンダントを渡してきたリウスを見た。

「それは‥‥人形の頃の私にサジャエルがくれたものだったの。かつての英雄の遺品だと話していた‥‥サジャエルは、今では何の価値もない石ころだと言っていたけど‥‥」

リウスも詳しくはわからなくて、困ったように言い、イラホーは悲しそうな顔をしてペンダントを見つめている。

「なんなんだ、この、光‥‥まさか、奴の意志がそこに残っているとでも‥‥!?クリュミケールはまだしも‥‥アドル‥‥確かに、よく似ている‥‥君と、彼は‥‥」

ザメシアの言葉に、クリュミケールとアドルは不思議そうな顔をした。
すると、残像なのかなんなのか‥‥
ペンダントの光は、人の姿を映し出した。


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