一日目

エウルドス王国。
世界の南方に位置した緑豊かな大陸である。

この王国は大規模な繁栄を長きに渡り築いてきた。
大陸自体も豊かである為、作物は育ちやすく、国の者達も生活に困ることなく裕福に暮らしている。

だが、決して平和なわけではない。

裕福な大陸、裕福な国の為、度々他国に狙われ、日々、戦は絶えないのだ。

その為、エウルドス王国には優秀な騎士が多数育っていた。

この国では幼い頃から男性は剣の技を身に付け、年齢関係なく、十代と言う若い歳のものもいれば、五十代と言う幅広い層で騎士達を育てている。


◆◆◆◆◆

「エルフの里?」
「ああ、そんな場所があるんだってよ」

廊下を歩きながら、少年騎士二人が話をしている。

「エルフか。物語の中の住人としか考えてなかったよ‥‥本当にいるのか?」

腰まで伸びる赤い髪を揺らしながら、少年騎士は不思議そうに聞いた。

「そりゃ、俺もだ。でもこの前、部隊長達が戦帰りに偶然、森で迷ったらしくてさ。そこで行き着いたのがエルフ達の里だったんだと!」

短い黒髪の少年騎士は声を大にし、大袈裟に言う。

「ふーん。夢みたいな話だな」
「でも、エルフは人間を毛嫌いしてるみたいで、すぐ追い出されたんだとさ」
「へえ?なんで毛嫌いされてるんだ?俺達人間は」
「さてな。まあ、戦ばかりしてるからじゃないか?エルフは戦いが嫌いらしいからな。でも、戦争しなきゃ生きていけないっつーの。いつ殺られるかわからないご時世なんだ」

黒髪の騎士は鼻で笑いながら言った。

「でもよ、こっからが不思議な話」
「ん?」

黒髪の騎士が急に声を潜めたので、赤髪の騎士は興味津々に彼を見る。

「あくる日‥‥部隊長の部下数名が遊び心で再度エルフの里へ行ったらしいんだ。だがよ、里は跡形もなく、ただの森しかなかったんだとよ」

それを聞いた赤髪の騎士はしばらく天井を見上げ、

「それって実話?部隊長達は夢でも見てたんじゃないか?それかお前の妄想話?」

そう言えば、

「妄想話じゃねーっての!何十もの人間が目にしたのに夢だなんてことあるかよ。でもまあ、不思議な話だけどさぁ」

そんな話をしている内に、大きな扉の前に辿り着き、二人は足を止めた。

ーーコンコンッ‥‥と、黒髪の騎士が扉をノックする。

「部隊長。セルダーとロファース、入ります」

黒髪の騎士ーーセルダーがそう言うと、

「うむ」

と、威圧感のある男の声が返ってきた。
その返事を聞いた後、セルダーは扉を開け、少年騎士二人は中に入る。

そこは執務室であり、中央に設置された席に五十代前後であろう、入って来た少年騎士二人よりも明らかに格上な騎士服に身を包んだ男性が、机に山積みになった書類にサインをしていた。
先ほどセルダーが言った、部隊長のようだ。彼はペンを置き、

「早速だが話を始める」

そう切り出し、二人を見る。

「お前達二人も今年で十八だ。わかっているとは思うが、これからはお前達二人も実戦ーー戦争に参加してもらう。意義はないな?」

そう言われ、少年二人はゴクリと息を呑む。

この国では十八歳で立派な成人と見なされる。
わかりきっていたことだが、いざ言われると、少年二人は不安が押し寄せてきた。

ーーこの国で育った男は騎士になり、戦争に参加することは定められている。
当然それを断れるはずもなく、二人は緊張に似た表情で頷いた。

「早速だが明朝、隣国に攻め込む予定だ。初の戦に備え、今晩はゆっくり休め。用件はそれだけだ、下がれ」

そう言われ、二人は一礼し、部屋を後にする。
それから、二人はしばらく無言で廊下を歩いていた。

「‥‥なあ、ロファース」

口を開いたのは黒髪の騎士、セルダー。
セルダーの困ったような声に、赤髪の騎士ロファースは振り向く。

「俺らさ‥‥本当に戦争なんか出来るのか?」
「それは俺もわからない。今まで訓練ばかりで、実戦はしたことがないからな」
「だよなぁ‥‥本当、いつ殺られるかわからない命だぜ。あーあ、大人ってやだなー。十八なんてまだ子供だと思うんだがね、俺は」

セルダーの言葉を聞きながら、ロファースは廊下の窓から外を見る。いつの間にか日が暮れていた。

「セルダーは今日は家に帰るのか?」
「ん?ああ、そうだな‥‥ゆっくり、そうしようかねー」
「そうか、じゃあ俺は部屋に戻るよ。明日は頑張ろうな」

ロファースはそう言ってセルダーの元を去り、廊下を真っ直ぐに進む。

ーーエウルドス王国の騎士団に入隊して、初めてできた友達がセルダーだった。
セルダーは貴族の出身らしい。
しかし、この国では身分など関係ない。
貴族だからと言って何も贔屓せず、騎士は騎士。皆に厳しくあたり、平等に接するのだから。

一方のロファースは、幼い頃に戦争で両親を亡くした。
本当に小さい頃だったので、両親の顔も何も微塵にも覚えていない。
それからは教会に引き取られ、そこで暮らしていた。
剣の修行に励み、自分がエウルドス国の出身かどうかはわからないが、この国にいる以上、自然と騎士団に入隊する流れとなる。

ーーガチャッ‥‥
ドアノブを回し、一室に入った。
ここは、エウルドス城内で騎士に用意された寮である。
着ていた鎧を外し、無造作に床に脱ぎ捨て、ぼふっ‥‥と、そのままベッドに倒れる。

ぼうっと、壁に立て掛けてある剣を見た。

(明日はあの剣で戦うのか‥‥俺は明日から本当に騎士になるのか)

今までは訓練でのみ扱ってきた剣。

(人を斬る‥‥か。本当に、俺にそんな覚悟があるのか?)

ゆっくりと瞳を閉じる。
先刻、セルダーから聞いた話を思い出した。

人間は戦ばかりしてるから。
エルフは争いを好まないから。

(いいや違う‥‥俺だって、人間だって、戦争は大嫌いだ。だって、そのせいで俺は家族を失ったんだろ?)

争いを好む人間など、果たしてこの世界に存在するのだろうか?
そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


〜 一日目〈終〉〜



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