そして、今

ザァアアアア‥‥と、風が吹き、砂埃が辺りを舞う。
クリュミケールは目を細めながら、

「お前‥‥着いてからのお楽しみって言ってたけど‥‥」

クナイを横目で睨み、

「お楽しみも何も、何も無いじゃないか。一面荒野‥‥船長さんも困ってたぞ」

ファイス国から船に乗ったのだが、クナイが船長に行き先を指示していた。
他の船客が居ると言うのに、お構い無しで、半ば脅しで。
そして辿り着いたのは、地図にも載っていないような孤島。そして、何もありはしない荒野。

「あのさ、帰りはどうするの?船‥‥行っちゃったけど」

カルトルートが聞けば、

「なるようになりますよ」

クナイはそう流す。

「そりゃ無茶だろ!」

クリュミケールが声を上げると、

「さあ、クリュミケール。着いて来て下さい。約束を、果たして下さい」

クナイが言う。

「は?約束?」

クリュミケールは首を傾げ、

『力を貸して下さい、クリュミケール。君に頼むのは嫌ですけど、僕はレムズ君を守らなければいけない。彼のためにも』
『レムズ君の旅の最終地点に僕と来てくれるだけでいい』

旅立ちの時のクナイの言葉を思い出した。

「‥‥ああ、着いてけばいいんだよな。そしたら、レムズは助かるんだな?」

クリュミケールは言って、先に進むクナイの後を歩く。

「ちょっ、待ってよ!」

カルトルートも慌てて続いた。


ーー‥‥歩けども歩けども、何もない荒野。
疑問を抱きつつ、クリュミケールもカルトルートもただ、クナイに着いて行くしかなかった。


「‥‥ここ、でしたかね」

しばらくすると、クナイが立ち止まって呟く。
立ち止まった場所は相変わらず荒野で、何も変わりない景色。

「何があるのさ?」

カルトルートが聞けば、

「僕達‥‥僕とレムズ君は、かつてこの場所でロファース君を看取った」

クナイは言いながら、その場に膝を下ろして大地に触れた。

「かつて、この大地には二つの国がありました。もう、サジャエルによって滅ぼされましたが‥‥」
「サジャエルに‥‥?」

クリュミケールは息を飲む。

「ええ‥‥まあ、そんな話は、いいですね。さあ、クリュミケール。僕との約束を、あの日交わした、約束を果たしてくれますね?」

ゆっくりと、クナイはクリュミケールに手を差し出す。

「約束‥‥?さっきから、いったいなんのことを言ってるんだ?レムズを助けれるんじゃないのか?」

恐らく違うと、クリュミケールにはわかった。先程は旅立ちの日の約束かと思ったが、クナイは何か別の話をしている。

「クリュミケール‥‥いや、リオ。僕の命を喰ってくれてもいいから、救ってくれ。僕の罪で苦しめてしまった彼を」
「えっ?彼ってなんだよ‥‥レムズは!?」

わけがわからないまま、クナイに手を取られ、クリュミケールはただただ目を見開かせる。
その瞬間、

「っ‥‥!?」

クリュミケールは急に頭痛を感じ、頭を押さえる。

「お姉さん!?」

カルトルートが慌てて駆け寄るも、急にクリュミケールとクナイが居た場所が淡い光を放ち、それが止んだ時には二人の姿はそこから消えていた。

「お姉さん!?クナイ!?」

呼ぶも、返事はない。

「どうなって‥‥」
「君はこっちだよ」
「!?」

頭の中に知らない声が響いた。カルトルートは辺りを見回す。

「さあ、護ってやれなかったーー愛しい息子よ」


◆◆◆◆◆

「うぅ‥‥」

小さく呻き、クリュミケールは目を開けた。

「ここは‥‥」

先ほどの荒野ではない。
ぐにゃりと空間が歪んでいて、自然や建物は何もない。ただ、黒と白がぐにゃぐにゃと入り乱れている場所‥‥
クリュミケールはここを知っていた。

「ここは‥‥空間の渦!?」

二年前、ハトネと共に【世界の心臓】を討った場所に似ている。

「クナイも、カルトルートもいない‥‥一体私にどうしろと言うんだ‥‥」

疑問のまま言うと、

「やあ、リオ」
「ーー!」

背後からそう声を掛けられて、クリュミケールは慌てて身構えた。

「身構えなくていいよ、敵じゃない」
「誰‥‥いや、貴方は‥‥!」

暗くて顔ははっきりと見えないが、見覚えのある格好だった。

薄紫色のマントがなびき、緑色の上着。
髪をひとつに結んだ青年‥‥水色の髪で、結んだ部分は金色であった。微かにしか見えないが、左頬に古傷がある。

「ザメシアとの戦いの時に、ペンダントが映し出した‥‥英雄‥‥」

あの時は青年の姿をしていたが、今の彼の姿はクリュミケールと変わらない程の年齢だった。

「英雄に英雄と言われたら、なんだか照れ臭いな」

少年はそう言って笑う。

「私は‥‥英雄じゃない」

クリュミケールが険しい顔をして返せば、

「いいや、君は英雄だよ。たくさんの人の心を救って来た、英雄だ」
「‥‥貴方は‥‥いや、ここは‥‥」
「さあ、リオ。君に会ってもらいたい人がいるんだ」
「えっ‥‥?まっ、待って!」

人の話を聞かず、少年がすたすたと歩き出すものだから、クリュミケールは息を吐いて後を追う。


「さあ、ここだよリオ」
「ここって‥‥なんだ、ただの暗闇‥‥ーーっ!?」

ただの暗闇だった空間が突如、眩しい光を放ち、クリュミケールは目を瞑った。

「大丈夫。さあ、目を開けて」

少年に言われ、クリュミケールはゆっくりと目を開ける。
いきなりの明るさに慣れず、まだ目がチカチカしていたが、あるものを目が捉えた。

鋭く尖った無数の水晶の真ん中に、まるで守られるように人が居て‥‥
短い赤い髪をした少年が、眠っていた。

「‥‥ロファー、ス?」

無意識に、その名前が口から出てクリュミケールは困惑する。
なぜか、知っているような気がした。

「正解だよ。彼がロファースだ。君が救うと約束した‥‥いや、まあ、オレが勝手に言ったことなんだけど、君にしか救えない人だよ」
「‥‥は?何を‥‥ロファースは死んだんだろう?それに、私が救いに来たのはレムズ‥‥」

すると、英雄の少年の姿は薄れていき、消えてしまった。
クリュミケールは無言でそれを見遣り、次にロファースに目を移す。

「なんなんだよ、勝手に消えて‥‥でも、えっと、ロファース?寝てるのか?いや、死んでる、のか?」

一歩一歩、彼の方に近づきながらクリュミケールはロファースに話し掛けた。

「えっと、初めまして‥‥私は、クリュミケール。あのさ、君の友達‥‥レムズが今大変で‥‥」

返事はない。

「ええっと、どうしたらいいのかな」

クリュミケールはロファースに手を伸ばそうとするも、

ーーバチバチッ‥‥!!

「痛っ!?」

ロファースの周りに何か、目に見えないバリアのようなものが張られていた。

「っ‥‥触れることができないっ」

ズズズズズ‥‥次に異様な音が響き、クリュミケールは絶句した。
ロファースの周りを取り囲む水晶がぐにゃぐにゃと形を変えていき、鋭く尖った切っ先を全て、クリュミケールに向けていた。

「なんなんだよ!なんで厳重に守られてるんだこのロファースって奴は!目覚めたら何かあるのかよ!」

クリュミケールはそう叫んで、

(クナイがレムズの記憶を少し消していて、それを解きに行くって話だったのに、なんで死んだって言うロファースが出てくるんだよ!くそっ‥‥わからないが、レムズが目覚める為にはお前が必要なのか!?ロファース!)


【時代を経て、眠り死んでいる少年は再び神様の女の子に出会った】


〜 託され託し行く〈終〉〜



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