名も無き荒野

ーーエウルドス王国崩壊日。


静かだった。
目の前は真っ暗で‥‥いや、眠っているのだろうか、そう思って目を開けてみた。
思った通り、自分は目を閉じていたようだ。

「え」

そして、驚くように目を丸めて小さく呟く。
ペタペタと、自身の体に触れた。

「なんとも、ない?」

痛みもない、傷もない。
青年ーーディンオは驚きを隠せなかった。
そして、慌てて周りを見れば、隣には横たわる友の姿がある。
‥‥彼の傷も、自分と同じように消えていた。

先刻、戦いを繰り広げ、互いに重症を負い、互いに力尽きたはずなのに。
命は消えた、はずなのに。

そう考えつつも、隣で横たわるイルダンは無事なのか‥‥不安になって名を呼んだ。

「‥‥イルダン、おい!イルダン!」

返事はないが、落ち着いて見てみれば呼吸をしていて‥‥

「なんで、生きてるんだ、俺達は」

生きていることに疑問を感じてしまうほど奇妙なのだ。

何も無い荒野。
とても静かで、ここは何処なのか、それすらディンオにはわからない。

「戦っていた、俺達は‥‥国で‥‥国‥‥」

ディンオはそこまで呟いて言葉を止めた。

「国って、何処だった?何処で俺らは、戦っていた?なんで、死ぬほどの戦いを、してたんだっけ‥‥」

そう言った後で、隣で横たわるイルダンの体がピクリと動き、辺りを見回していたディンオは慌てて振り返る。

「イルダン!大丈夫か!?」
「‥‥うっ」

小さく呻き、頭を押さえながらイルダンは起き上がった。

「‥‥ディンオ、じゃないか‥‥なんだ、久し振りだな」
「へ?」

ーー久し振り。
そう言われて、ディンオは目を丸くする。

「久し振りって‥‥イルダン、俺達さっきまで‥‥」
「‥‥ここは何処だ?なぜ、俺はこんな所で眠っていたんだ。それになぜ、お前が居るんだ?」
「え‥‥」

次々にイルダンに聞かれるも、ディンオもそれに答えることが出来ず、何か、何かが抜け落ちたような、そんな感覚にディンオは襲われる。

「えっと、お前はイルダンで、俺はディンオで‥‥可笑しな話なんだが、それ以外が、何も思い出せないんだ」

そんなディンオの言葉にイルダンは苦笑して、

「何を言っている。俺はイルダンで、お前はディンオ。そして‥‥」

そこまで言って、イルダンは言葉を止めた。

「確かに可笑しいな。俺も、それ以外が何も浮かばん」

イルダンまでもがそう言う。

「だろ!?ってかさ、俺達なんでこんな鎧着てるんだっけ。この鎧なんだっけ?見たところ、俺とお前の鎧は全く違うけど」
「どこかの騎士みたいな格好だな」

互いの格好を見合ってまた、苦笑いをして、

「なんか、夢だったのかなぁ。お前と戦ってたような夢を見たんだけど、傷一つないしなぁ」

ディンオが言えば、

「俺はお前と久し振りに会った、そんな気がするんだ」

イルダンが言う。

「お前と、どこかに帰るつもりだった‥‥気がする」
「帰るって、何処に」

イルダンが聞けば、

「それが思い出せないんだよ」

大切な場所だった気がする。大切なことだった気がする。
それは何処だったか、何処にあるのか。
なぜ思い出せないのだろうか、まるで、もうその大切な帰るべき場所が何処にも無いような、そんな気持ちになる。

ディンオが思い悩んでいると、イルダンが何も無い荒野のずっと先を見つめて、

「そうだな‥‥帰るか。一緒に帰ろう、ディンオ。今度こそ約束を果たそう」
「は?」

イルダンの言葉にぽかんと口を開けて、

「約束って、なんだっけ」

ディンオは呟く。
確かに、何か約束をしていたような‥‥
それすらも思い出せないなんて‥‥

「わからないけど、そうだなイルダン。一緒に、行こうか。約束を果たしに‥‥まずはこの荒野を抜け出そうぜ!」


◆◆◆◆◆

二人の青年騎士が倒れていた。
放っておけばもう、死ぬであろう。
だが、二人はとても穏やかな表情をしていて、死を、受け入れているのだ。

一人はレムズと共にエウルドスに向かった騎士。
もう一人はエルフの里を滅ぼした騎士。
そして、かつての日々の、犠牲者。

そんな二人を見つけた老人、チェアルは思う。


せめて、安らかな場所に二人が行けるようにと。
そして、生まれ変わった時には二人がまた出会えるようにと。

互いの頬に伝った涙の跡を見て思うのだ、二人は大切な友なのだろうと。
数多の時代で何人も何人も見て来た‘友’という絆。

チェアルは二人の騎士の間に膝を落とす。そして、口ずさんだ。

『天よ、彼の魂を幸福の場へ。魂の輪廻よ、再び二人が出会えるように、絆を結びつけたまえ』

何の力も持たない慈悲の言葉を囁いた。
叶うかどうか、それはわからない。
チェアルは立ち上がって、その場に背を向ける。
そして向かうのだ、託すべき者の場所へ。


◆◆◆◆◆

何も無い荒野を二人は歩き続けていた。
何も飲み食いしていないと言うのに、不思議とお腹は空かないし、喉も平気で‥‥

この荒野の先には何があるのだろう。
抜け落ちてしまったものはなんなのか。
大切なことはなんだったか。

二人がそれを思い出すことはもはや無い。

属していた国も、家族のことも、戦っていた理由も、何もかも、もう、思い出す必要はないのだから。

二人は進む。
道無き道の先へ。
そして辿り着いた時には新たな輪廻が二人を迎え入れるであろう。

いつか‥‥いつか何処かで二人の騎士が生まれますようにと。
そしてその時こそ、二人の約束が果たされるのかもしれない。
誰も知らない、二人の輪廻だ。


【二人以外を忘れて、そして次の命に託す日まで、それでもまた、出会えますようにと】



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