物語の侵入者


「く、クッティ‥‥ほ、ほんとにここ?ほんとに行くの?」

マーシーは怯えるように挙動不審になりながらクッティを見上げ、彼のコートの裾を掴む。

「さっきのお姉さんが言ってただろう?ここが商業地だって」

クッティは言いながら、前方を指差した。

「あれが、この忘却の地の孤独の城。昔は城も国も国民も街も、全てが機能していた完璧な城だったそうだよ。数多の技術を駆使し、生活は全て機械が補ってくれた。でも、王様が突如、異常な行動を取るようになったらしくてね。生きること、生に執着しすぎたんだ。自らの娘を機械のゆりかごに閉じ込め、お姫様だか王女様はその中で生かされていた。ずっと、ずーっと、眠りながら、機械の中で、ね。いつの間にか王も国民も死んじゃって、機械の中の彼女だけが残され、この国は滅びたそうだよ、可哀想にね」

ベラベラと早口で話すクッティの横で、怯えていたはずのマーシーはいつの間にか冷静さを取り戻し、大きな欠伸をする。

「クッティ、ほんといろんなこと知ってるね。まるで自分が見てきたみたいに」
「まさか。全部、物語の中の知識さ」

言いながら、再び二人は城下町の跡地、商業地を見た。
雪が降り続ける大地に複数のテントが張られており、その下に指で数える程度の人が居る。
テントに近付くと、

「あ、いい匂い‥‥」

マーシーはぽつりと言った。
甘い香りが鼻を掠める。

「パンに野菜に、へえ?色々ありますね‥‥でも、こんな辺境の地に、なぜ?」

クッティは一つのテントに近付き、首を傾げながらそのテントの店主に聞いた。
このテーブルにはパンと飲み物が売られている。

「ん?初めての客かい?」

と、ふくよかな五十代前後の女性が明るい表情で言った。

「まあ、そりゃ知らないのは当然だね!この国が終わりを迎えたのは一年程前でね、でも数ヵ月前にこの主を失った城に、そりゃもう美しい主がやって来たのさ!」
「ほう?その話は興味深い、全く知りませんでした」

そう、クッティが話に食いつけば、女性は気を良くし、

「それでね、その主様がまるでお伽噺の魔女みたいに食べ物をぽんぽんと作り出すんだよ!これも全部、主様が用意して下さってね、それで、主様はここを商業地にするならばこれからも手を貸して下さるって言ってね!」
「商業地に、ふむ、よくわかりませんが‥‥その主様はどこに?」
「先程までいらっしゃったんだけどね、数週間分の食料を作り出して、しばらく主様は戻って来れないと言っていたからねぇ‥‥きっと、色んな地で主様は慈悲を振り撒いて下さってるに違いないね!」

女性はうっとりと、酔いしれるように言う。

「あの、赤髪のお美しい主様は、本当に私達の救世主様だよ!」

狂ったように、発狂するように女性が言えば、他のテントの店主達も一斉に賛同しだし、たちまち歓声が湧き上がった。
ただ一人、残された左目を大きく見開かせ、口が裂けるほど弧を描かせ、違った意味の歓喜に身を震わせるクッティだけを置き去りにして‥‥

ぐぅーーーーっ

と、間の抜けた音が鳴る。
見下ろせば、それはマーシーの腹の音だった。

「あ‥‥。お、お話の途中で、ご、ごめんなさい」

マーシーは顔を真っ赤にし、俯いてしまう。それに女性は笑い、

「ああ、おやおやすまなかったね!お腹を空かせてたのかい!ほら、長話しちゃったお礼にサービスしとくよ」

それに、クッティも息を一つ吐き、

「さあ、マーシー。何が食べたい?」

そう聞けば、マーシーは欲しいものを次々に指差した。

二人分の食材と飲み物を買い終え、二人は商業地を後にし、宿屋に戻ることとする。

「さっきの話、不思議だよね!食べ物を作り出すなんて、本当かな?」

マーシーが聞けば、

「きっと、本当だろうね」

クッティは頷いた。

「え!クッティ信じるの?意外!」
「そうかい?私は‥‥魔法ってものは実在するって、小さい頃から信じてるよ。じゃなきゃ、こんな世界はあり得ない」
「ふーん?」

よくわからない、という風にマーシーは相槌を打つ。

「でもまあ、便利だね。宿はあるし、買い物も近い。なかなか過ごしやすい」
「うん‥‥寒いのがちょっと困るけど。ね、クッティ」
「ん?」
「あたし、本当に、大丈夫かな?」

その問いに、

「ああ、大丈夫。だって、君が死ぬわけないじゃないか。こんなに元気なんだから」

クッティはそう、にっこりと笑った。
その笑顔を、その完璧な笑顔を、その、本当は薄っぺらい笑顔をマーシーは静かに見つめ、

「‥‥うん!」

彼に、微笑みを返した。


宿のある街に戻れば、やはりそこは相変わらず静かで。
ただ、二人の泊まる貸し切りの宿から一人、男が出て来た。

「ここの宿の人、長い日数、遠くの街にいる家族のところに帰ってますよ」

そうクッティが言えば、青い髪をした男は顔を上げ、赤く鋭い目でクッティを見る。
しかし、ふわりとそれは和らぎ、

「あー、そうでしたか。残念。今、この街に辿り着いたばかりだったんで宿がないと困るんですけど、まあ、他を探すしかないですよねー」

そう、笑って言った。
そこでクッティの後ろに居たマーシーが、

「ねえクッティ。部屋、どこも空いてるからさ、いいんじゃないかな?宿の人が帰って来てからお金払うとか、長く泊まる予定のあたし達がお金預かるとか‥‥」
「でもマーシー、私達が勝手にそんな」
「でもクッティ、他に宿なんてないし、こんな寒いのにあの人、ノースリーブだよ、寒さで死んじゃうよ?あたしだってこの格好でもまだ寒いもん」
「でもマーシー、私は君と二人きりの方がいいな」
「クッティ、めんどくさいだけでしょ」
「‥‥はあ、やれやれ、めんどくさいなぁ」

二人は男に背を向け、小声で話をしていた為、

「あのー、俺、もう行ってもいいですか?」

男が言えば、

「ああ、ちょっと待って下さい」

と、クッティは事情を説明した。

「へえ、なるほど、そうですか。なら、俺は長くても一週間ぐらいで出る予定ですから、それまでお邪魔させてもらおうかな。貴方達は二階なんですよね、じゃあ俺は邪魔にならないように一階を借りますから」

男が言えば、

「良かったね、お兄さん!あたしはマーシー。こっちはクル‥‥クッティ!」
「ありがとう、お嬢さん。俺はディエ。さて、ちょっと街を見てこようかな」
「この街、なんにもないよ?でも、先に商業地はあったよ!ほら、美味しいものいっぱい売ってた!」

マーシーは自分とクッティが抱えている食料の入った紙袋を嬉しそうに見せる。
ディエはマーシーにニコッと笑い掛け、クッティの横を通り過ぎた。
通り過ぎ様、

「あー、なるほどな。宿の中、片したつもりだろーが、血生臭さは隠し切れてねえ。お前からも同じ臭いがプンプンするな」

そうディエに言われ、しかしクッティは動揺することもなく、

「そういうお兄さんからも似たような臭いがしますけどね」

そう言ってやる。
ディエは鼻で笑い、街中を進んで行った。

「カッコいいお兄さんだったね!クッティより背も大きいし!」

マーシーの言葉に、

「ん?じゃあ私はカッコ良くない?」

そう聞けば、マーシーは迷いなく頷く。

「だって、クッティはクッティだもん」
「何それ」

と、クッティは苦笑し、

「ほら、早く中で食べよ!あたしもうお腹ペコペコ!」

言いながらマーシーは宿の中へと駆けた。

「やれやれ。‥‥まあ、あっちも干渉せずな人っぽいし、気にしなくてもいいか。でも‥‥」

クッティは宿の中に足を踏み入れ、

「臭うかなぁ?そんなに」


・To Be Continued・

毒菓子



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