誓ったのは永遠か破壊か


「そういえばまだ、食事を済ませてなかったね。マーシー、何が食べたい?」

ベッドからようやく起き上がった彼女にクッティが聞けば、

「えーっと、聞かれてもいきなりはわからないな。食事するお店、あるのかな?」
「どうだろう、まだ街の中はそこまで見てないからね」
「じゃあ、見に行こうよ、クッティ、この宿にたくさんお金はらったんでしょ?長くいるつもりなんだよね、だったら、あたしも街に何があるのか知りたいし」

そう、マーシーが大きな目を好奇心旺盛に輝かせて言えば、

「体は?もう大丈夫なのかい?」
「うん、平気!」

言いながら彼女は小さな腕をぶんぶんと振る。

ここはどうやら二階建ての宿のようで、二人はギシギシ軋む、木造の階段で一階に降りた。
宿の受付には誰もおらず、自分達以外の客も見当たらない。しんと、静まり返っている。

「ねえ、クッティ。なんか変なにおい。鼻がツンッてする」
「古そうな宿だからね。ほら、さっき掃除を手伝ってくるって言ったろう?もーっと、悲惨だったんだよ。床から壁から本当に汚れてて」
「そ、そうなんだ。宿の人はいないのかな?あいさつ、したかったんだけど‥‥」

残念そうにマーシーが言えば「あ」と、クッティは何かを思い出すように声を上げ、

「そうそう、宿の人ね。ちょっと今から長い日数、遠くの街にいる家族のところに帰るらしくて、さっき出て行ったんだ。宿の主人が出て行く前だったから、私達はギリギリ泊まれたようでね。だから、宿の主人が帰って来るまで、この宿は貸し切り。私とマーシーの二人きりってわけさ」

笑顔で言うクッティをマーシーはぽかんと口を開けて見つめ、

「な、なんか、凄いね」

と、驚くように言った。

ーーそれから街に出たはいいが、やはり街中も訪れた時同様、人気がない。

クッティはちらりと、先程、赤く染まった雪の辺りに視線を移した。
降り続ける雪で、真っ白な大地に浮かぶ赤は覆い隠されている。
無惨な男の死体がどうなったかは知らないが。

「んー‥‥ねえクッティ。ぜんぜん、わからないよ。お店もないのかな?ぜんぶ、ふつーの家に見えるけど‥‥」

ざく、ザクッ‥‥
雪の大地に足を埋めながら歩き、マーシーは困ったような声音で言った。

「そうだね。あらゆる家の中から、人の気配はするけど、ね。特に‥‥」

クッティは街中の外れにある、大きな舘みたいな場所を見る。
そこは、廃図書館。
暗い暗い、カーテンで閉めきられている窓達。
しかし、そこからも人の気配を感じたーーと言うよりも、違和感、妙な、視線。

(‥‥ふふ。まるで、ずっとずっと見張られていた、あの時みたいな感覚だ)

クッティはそう思い、次に後ろを振り向いた。
途端、深い緑色した目と視線が合う。

「あなた達‥‥この街の人じゃないわね。知らないのでしょうけど、今からの時間は危険よ。早くこの街から‥‥」

女性ーーリフェはそう言い、ふと、マーシーをじっと見つめた。

「あ‥‥。あの!初めまして、あたしはマーシー。こっちはクル‥‥じゃなくてクッティ!あたし達‥‥」
「マーシー、ほら、そんなに叫んだら疲れるよ」

と、緊張しながら事情を説明しようとしたマーシーの前にクッティが立つ。

「ちょっ、クッティ!まだあたしが喋ってる途中‥‥」
「お姉さん。私達、食事を出来る場所か売っている場所を探しているんですが、この街にありますか?」

そう、クッティが聞けば、

「‥‥この街にはないわ。ここから南に少し出た所に国の跡地があって、そこが今、商業地になっているから、そこまで行かないと」
「成る程、そうでしたか。お姉さん、ありがとう」
「あ、ありがとうございます!」

クッティとマーシーがリフェに礼を言い、

「ちょっ、ちょっと待って、その子‥‥」

リフェが何か言おうとしたのを、クッティは冷ややかな左目で静かに睨み付けた。
マーシーは嬉しそうに言われた方向へと、鼻唄を歌い、雪に足跡を残しながら歩いて行く。

「その子、何か、病気が?私は医者なの。信じてはもらえないかもしれないけれど、とある実験の成果で‥‥命の灯火が見えるわ。見たところ、二ヶ月ほどの命じゃ…?ちゃんと診てあげないと‥‥、それにあなたも腕が‥‥」

そこまでリフェが言えば、クッティは俯きながら、低く、呻くように笑っていた。
それが当然、リフェには異様なものに見える。
そうして、案の定。
顔を上げた彼は歪んだ表情をして笑っていた。

「大丈夫ですよ、その子は死にませんから。だから、私達に構わないでくれますか?」

釘を指すようにそう言い、真っ黒なコートを翻してクッティはマーシーの後をゆっくりと追う。
リフェは、異様な男のその背を静かに見つめることしか出来なかった。


◆◆◆◆


もはや、王も国民も何もない、ただ、取り残された、忘却の地の孤独の城。
城下町はとうに滅び、今では寂れた商業地に成り果てていた。
その光景を、城の一番高い部屋から赤髪の魔女は見つめる。

「‥‥そう、生きていたのね」

あの日、海に弾き落とした紫髪の子供。
愚弟ーー赤髪の魔王の呪いを受け続け、時の狭間に囚われ、時間を歪められ、青年となった男。
その気配を赤髪の魔女は感じ取る。

「ふん‥‥あの忌々しい男が去り、愚弟が死んだと思ったら、今度はそうきたか‥‥それから‥‥」

彼女は、胸に右手を当てた。
もうすぐ、もうすぐ彼が来る気配を感じていたのだ。
何度目かの時代に何度目かの愛を感じた男。けれど、唯一、純粋に恋い焦がれた男。

「ねえ、あんたはすっかり正常者達の正義のヒーローになっちゃったけど‥‥もし、いつか。またあんたに会って。あんたはもうあたしを忘れてるけど、その時にあんたがまだ異常者だったなら…その時はまた、あんたを選ぶよ。あんたには今、どっちが色濃く残っているんだろうね」

そう、切なげな声を漏らしながらも、赤髪の魔女はどこか、嬉しそうに笑っていた。


・To Be Continued・

毒菓子



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