「あいしてる」


降り続く赤い雪、赤く染まった雪の大地。
酷く、時間を長く感じてしまう。

システルにとっては、たった一日の出来事なのだ。

フェイスに『家族を助けてほしい』と言われ、この街に連れて来られ、ヴァニシュに、ディエ、シャイに再会し、兄やクルエリティ達に出会いーー‥‥いとも簡単に命が消え、魂なんてものが自由自在に動く。
この日々は、たった一日の出来事。

(‥‥簡単に‥‥いいえ、違うわね。今までだって、この世界では命は簡単に消えた。赤髪の魔女に呪われた‥‥異常という名の夢で)

ちらりと、マーシーを抱き締めて踞り、震えて子供みたいに泣き続けるクルエリティを見つめ、

(でも、異常は、呪いは消えた‥‥のよね。だとしたら、この人の憎しみも悲しみも消え去ったのかしら‥‥そうだとしたら、それはせめてもの救いになるのかしら)

募らせていた孤独が、怒りが、憎しみが、悲しみが、全てが終わるこの瞬間だけは消え去り、ただ、大切だったのかなんなのか、少女を抱きながら逝けるというのなら。

残り僅かであろう時間、自分に出来る事はただ、彼の最期を見守ることだけだ。

ーー出会った時からすでに異常だった自分をずっと見守り、兄として接してくれたロス。
全ての罪を忘れてしまった自分をロスとヴァニシュは父と母として見守ってくれた。

今から自分がすることは、そんな真似事である。
しかも、たった僅かな時間だけの‥‥

(これは、罪滅ぼしなんかじゃない。こんなことをしても、私の罪は消えない。ただ、私は)

システルは驚くように目を見開かせる。
このまま、この時間は終わると思っていたから。
けれども、マーシーを抱いたまま、クルエリティが立ち上がったのだ。立ち上がり、フラフラと歩み始めたのだ。

「あなた、どこに行くの‥‥!?」

彼の背中にそう聞けば、

「‥‥しに、行かないと‥‥」
「え?」

クルエリティの言葉が聞き取れず、システルは眉を潜める。

「殺しに行かないと‥‥僕達を苦しめた全てを‥‥救いなんか‥‥奇跡なんか、誰にも‥‥誰にも与えちゃいけない‥‥」

先程まで泣いていた子供の声ではなく、低く、唸るように言うそれに、

「あなた‥‥消えていないの‥‥?記憶が‥‥憎しみが‥‥」

驚きながらもシステルは尋ね、

「わからない‥‥でも、頭の中がざわつくんだ。君達の話をぼんやり聞きながら思った。このまま死ぬわけにはいかない‥‥僕は‥‥赦さない。本物の世界だって‥‥?そんなところで、やり直すだって‥‥?赦さない、赦せるかよ‥‥そんなの」

そう言葉を紡ぐ彼を見て、

(全部聞いていたのね)

システルは冷静に思い、だが、悔しそうに、辛そうに頬に涙を伝わせながら話すクルエリティの横顔を見つめた。

「異常は、呪いは消えても‥‥あなたの憎しみは本物なのね。作り物じゃない、あなたの本当の思いなのね。でもーーそんな辛そうな顔‥‥本当はあなたもやり直したいんじゃないの?あなたの‥‥あなた達の為に」

そう、クルエリティとマーシーを指して言う。

「‥‥はは。黙って聞いていれば、君も勝手なことばかりだね、囚人の妹。やり直したところで、僕と過ごしたマーシーは‥‥もう死んだんだ。さっきの‥‥父さんも。やり直してしまえば、僕のこの想いは何処に行けばいい?ねえ、君も言っていたよね、『ゆるさない』って。だったらわかるだろう?犯した罪は、犯された罪は、絶対に、消えない」

クルエリティは静かな声音で言い、大地に降り注ぐ赤い雪が溶けていく様を見つめた。

「なら‥‥もういいよ。僕はそんな世界、いらない。もう、正論は懲り懲りだ。例え、君達が僕の味方をしてくれたとしても‥‥どうせ、繰り返しだ。皆、頭ごなしに正論を降り注いでくるだろう、この‥‥雪のように。誰かを正しいと感じさせるまで、降り注いで止まないんだ。どんな言葉も、僕にとっては陳腐なものでしかないのに」

それにーーと、クルエリティはシステルに振り向き、

「君もきっと口だけさ、囚人の妹。今は僕の味方でいるつもりだろうけど、他の、君の仲間が居たならば、君だって僕を見捨てるだろう?だって僕と君は仲間ですらない赤の他人なんだから」

その言葉を言った後、クルエリティは少しだけ目を見開かせる。システルが静かに涙を溢していたのだ。
先刻から泣いてばかりの二人は、互いに瞼が腫れている。

「そうね‥‥そんな考えになっちゃうわよね。でも、私は否定しないわ。それがあなたの考えなら、誰も否定する権利はない。ただ‥‥ただね、私も同じよ。やり直せたとして、幸せになろうなんて思わないわ」

だからーーと、システルはクルエリティに手を差し出し、

「背負い続けましょう。自らの過ちを、抱える憎しみを、悲しみを。愚者達を呪い、愚者として、在り続けましょう」

ーーと。

◆◆◆◆◆

まだ、階段の途中だった。
恐らく頂上までは辿り着けないであろう。
次第に、地震のようなものが激しくなってきた。

(夢とはいえ、世界が終わる瞬間って‥‥どんなものなのかしら)

コツ、コツーー‥‥静寂に、彼女の足音だけが響く。

(父は懸命に私を生かそうとした。けれども私は父の何も受け継げなかった。与えられた力ーーいいえ、この役割で、なんの命も、救えなかった。私は一体、何を成せたのだろう‥‥)

ぼんやりと、ただただ階段を上った。

この城から抜け出して、世界に出てーーそれでも結局、『命』というものに執着して生きて。

(好きなこと‥‥何もしなかったわね。囚人さんやマーシーちゃん達のように、仲間も、友達も居なかった‥‥初めて好きかもしれないと思えた人にも、結局、届かなくて‥‥)

ふっ‥‥と、自嘲するように、疲れたように彼女は笑う。

(これで最後よ、リフェ。私の最後は、世界の終わりを見届けること。私が執着してきた『命』達を守る為にーーそうよ、何もおかしくない、間違ってない。私に相応しい終わり方だわ)

そう思うと、そう考えると、寂しさや孤独さ、悲しみが少しだけ薄らいだような気がした。
そんな気がして、足取りが軽くなったような気がして、まるで誰かが背中を押してくれているみたいな、そんなーー。

「え?」

と、思わずリフェは振り返る。背中に熱が走ったのだ。
そうして、その目に映った存在に、驚いてぽかんと口を開け、

「あ‥‥赤髪さん‥‥?」

自分の背を押してくれたのは、いつの間にか後ろに立つ彼だった。

「大変な役を買って出たな、先生」
「‥‥私の生きた世界は、ここだから」

リフェはそう言って、困ったように笑う。そして、

「でも、赤髪さん‥‥あなたはもう消え去ったとコアが言っていたけれど‥‥なんだか元気そうね」

彼の姿を見て言った。

「最後だから頑張ってるだけだ」
「?」

ミモリの言葉にリフェは首を傾げる。
ミモリは先程の脆い光ではなく、ミモリとして、青年としての姿を保っていた。

「なあ、先生。もう上らなくていいだろ。もうすぐ終わる。ここで休もうぜ」

と、ミモリは階段の途中に腰を下ろすので、不思議そうに彼を見つつ、リフェも隣に腰掛ける。

「ねえ、赤髪さん。どうしてここに来たの?もう、世界は終わってしまうらしいけれど」

その疑問を尋ねると、

「まあ、色々考えた結果?俺はさぁ、実はもう魂ボロボロで、後は消滅するのを待つだけなんだよ。だったら、先生とここで終わりを待つのと何も変わらないだろ?」

飄々とミモリは言った。
それを静かに聞き、言及することはなく、

「‥‥赤髪さん。囚人さんもあなたのお姉さんも消えたと聞いたわ。お姉さんとは‥‥解り合えたの?」
「いいや」

皮肉げにミモリは笑い、

「結局、ろくに話も出来なかった。あとは‥‥囚人に任せるよ。囚人は俺の姉を愛してたらしいぜ、知らなかっただろ?俺も知らなかった」

それを聞き、リフェは少しだけ大きく目を開けて、「そう」と、一言だけ言う。

「だから、余り者同士、仲良く消えるのもありだろ?」

なんてミモリに言われて、

「余り者も何も‥‥私には何もないけれど、赤髪さんには家族がいるわ。それに‥‥私は‥‥赤髪さんの命を、救えなかったじゃない」

そう、苦しそうに言う彼女に、

「くはっ‥‥異常が消えても、命への執着は消えないか。まあ、先生の親父の呪いだろうな、ある意味」

うんうんと頷きながらミモリは言って、

「救われたよ、俺は。理由を何一つ聞かずに、俺みたいな最低な魂を、あんたは一人の人間の命として見てくれたじゃん?だから、俺の魂は救われた。あんたは立派な医者だよ、先生」
「‥‥」

言われて、それでもリフェの中のもやは晴れない。この手で救えなかったのは、事実だから。

「あー!リア爺が綺麗なおねーさんナンパしてるよ!?」
「ほんとだ!お爺やん不潔ー!」

なんて、いきなりそんな少年と少女の声がして、ミモリとリフェは驚いて前を見た。ミモリは思わず立ち上がり、

「おっ‥‥お前ら、何してんだよ」

なんて言う。
眼前には、人間の姿をしたフェイスにデシレ、フォシヴィーにナツレ、ユーズが立っていて‥‥

「だって、私達の魂もリア爺と一緒に壊れちゃうし」
「それなら、ここで最期を迎えるのも妥当かと‥‥」

フォシヴィーとナツレが言い、

「全く。これで最期とはいえ、僕らは何度、死ななきゃいけないんだろうね?あんたに付き合うとろくでもないな、本当に。ねえ、師匠」

皮肉の言葉とは裏腹に、どこか楽しそうにユーズが言って‥‥
それに、そんな初対面の彼らの姿に、リフェは思い出す。

ミモリが亡くなる数日前に描いていた【囚人の家族】と称した、クレヨンでぐちゃぐちゃに描いた絵を。

「これが‥‥囚人さんの、家族?」

ぽつりとリフェが言えば、ミモリは嫌な顔をして頷いた。
しばらくリフェは彼らをぼんやりと見つめ「ふふ‥‥」と、可笑しそうに笑い、

「あなたも‥‥ちゃんと居るじゃない、赤髪さん」

ーーと。
あの絵の中に、ミモリが居なかったこと。それを聞けば、

『俺はここに居なくていいんだ』

なんて、彼が言っていたこと。
リフェがそのことを覚えていたことにミモリは気付き、

「おっ、お前らなんで囚人とかクルエリティの傍に居ないんだ?!また裏切られたとかクルエリティに言われるぞ!」

慌てるように五人に言えば、

「お兄やんとはもう、あの時にお別れを済ましたから。それに、クルやんは‥‥私じゃ助けれない。システルが‥‥頑張ってくれてる!私はシステルを信じてるから!」

フェイスが言い、

「寂しいし悔しいけど、私にはもう時間もないし、囚さまの選んだことなら仕方ないわよ。ねっ、ナ・ツ・レ・せ・ん・せ」
「なっ‥‥なんですかフォシヴィーさん。まっ、まあ恋愛事情は置いておいて‥‥クルエリティのことも残念ですが‥‥少しでも残された人に希望を、道を残せたなら、それで‥‥」
「まあーっ、久し振りにがっこの先生モードね」
「全く‥‥あなたは昔からそうやって茶化すんですから」

フォシヴィーとナツレがそんなやり取りをしつつ、

「僕ももっと囚人やクルと一緒にいたいけど、もうずっと長いこと子供のままなのも飽きちゃったなぁ。それに、ユーズが言ったように、何度も繰り返し消えては復活してるけど、そんな都合のいいお話もこれでおしまいだしね。なら、最後は古い家族達で一緒にいようよ!」

なんて、デシレがミモリに言って‥‥

「そう、おしまいだよ、師匠。永かった‥‥あんたに出会って、付き合わされて、死んでもずっとあんたの尻拭いをして」
「おいユーズ、尻拭いってなんだ」
「胸に手を当てて聞いてみなよ」

昔‥‥二人で師弟関係ごっこをしていた頃の感覚を二人は思い出し、

「あの子の魂は、救われるといいね」

と、ユーズは言う。
あの子ーーロスの魂のことだ。
短い期間とはいえ、ミモリが気紛れで作った命を、ユーズが面倒見ていたのだから。

「一度、話をしておきたかったけど‥‥でも、あんたと違って綺麗な心に育ってて安心したよ」

なんてユーズが言って、ミモリは少しだけイラッとしていた。

そんな時間が、続いた。

「ふふ、素敵な家族ね」

リフェが言い、

「俺の家族じゃねーし」

ふてくされるようにしてミモリが言い、

「あらー、最期を共にするんだから、あなただってもう家族よ」

フォシヴィーに言われ、リフェは目を丸くする。

「こんな奴らなんだよ」

と、隣でミモリが言った。

「ユーズ、最期なんだからフェイスに言っちゃいなよー」
「だっ、黙れよデシレ!」
「なになにー?」
「なっ、なんでもないよ!」
「微笑ましいですね」
「世界の終わりに青春ってやつね!」

そんな光景を、リフェは目を細めて、口許を緩めて、でも、あたたかいそれを、寂しそうに見つめる。

「あいしてる」

ふと、隣でミモリがそんなことを言うので、リフェは不思議そうに彼を見た。

「いや、なんとなく。最期ぐらいさ、嘘でもなんでも、愛ある終わりの方が、未練なく死ねるんじゃないかなーとか。くはっ、なんか俺、姉さんみたいだな」
「‥‥」

そんなミモリをじっと見つめて、

「‥‥私もあいしてるわ」

なんて、言ってみる。
もし、普通の女性として生きれたなら、いつかこんなことを誰かに言う日が来たのかもしれない。でも、そんな日は来なかった。

最期だからなのかもしれない。
人肌が恋しいだとか、寂しさが募ってしまうのは。
それに、いきなり告げられた世界の真実、自分達の存在、この結末。何一つ、夢物語みたいだ。

そっと、ミモリがリフェの頬に触れて、唇を重ねる。思いも寄らない行為にリフェは一瞬固まるが、委ねるように瞳を閉じた。
それはまるで、お互いの寂しさを埋めるかのような愚かな口付けだ、けれども。

「あー!おじ」
「フェイス見ちゃダメ!このアホ師匠!子供の前でなんてこと」
「はいはーい、あなたも子供でしょ、ユーズ」
「僕も子供だよー」
「まあ、いいじゃないですか」

五人に茶化されつつも、ミモリはリフェの肩を抱き寄せ、

「いいね、こういうのも。赤髪の魔王様が、へんてこな家族と平凡な女と最期を迎えるとか。いや、まあ、平凡ではないか。あんたはこの城の主だな」
「‥‥もっと、色んなことを考えて生きていれば、誰かを愛して生きれたのかしら」
「いいや、この世界じゃ難しかったさ。全うな愛を貫くには、タフな奴等じゃないとな」

それを聞きながら、ミモリの肩に頭を預け、静かに目を閉じ、

「‥‥一人で、なんの覚悟もせずに、ただ流れに身を任せて終わるつもりだったのに‥‥赤髪さん、そして囚人さんの家族が来てくれて‥‥こんなににぎやかなのは初めてで‥‥なんだか、余計に寂しくなってしまうわ」

そう、リフェが言えば、

「じゃあ、お話ししよう!もっともっと!」

フェイスが言い、

「ユーズの字が汚い話とか!」
「デシレ!!」
「懐かしいですね」

ナツレが微笑み、

「じゃあ、私が知ってる皆のヒ・ミ・ツとか?」
「なんですかそれ!」

フォシヴィーの発言にナツレが突っ込みを入れつつ、

「‥‥あほらし」

呆れるようにミモリが言って。

他愛のない話が、明るく、楽しく繰り広げられる。

リフェは感謝を告げ、魂達の為にこの国で書かれた鎮魂歌を歌った。
祈るように手を組み、突如現れた、ミモリと優しい魂達の為に。
そして、救うべき魂達の為に。

美しい歌声に、ミモリは目を閉じて耳を傾ける。
フェイス達も静かにそれを聴いた。

鎮魂歌は世界に響き、やがて世界が終わるまで奏でられる。

誰も知ることなく、繰り広げられた他愛のない話と共に。

誰の思い出にも残らない、世界の終わりを見届けた女性と魂達の終焉。

愚者達の、鎮魂歌。


・To Be Continued・

空想アリア



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