なにもないからこそ、転けるのです


「クッティ、寒い、寒いよー」

ピンクが基調のふわふわのニット帽ともこもこの上着を羽織りながらも、年がら年中、雪が降るこの街に初めて訪れた人間はあまりの寒さに耐えられないだろう。
マーシーは全身をガタガタ震わせている。

「マーシーは軟弱だね。大丈夫、すぐに宿を取ろう」

クッティと呼ばれた、紫色の髪をし、右目だけ長く伸ばした前髪で隠し、黒いコートに身を包み、肩から先がない右腕の袖口をリボン結びにした青年はキョロキョロと宿を探した。

「本当に、静かな街だ。外に人が誰もいない。ほら、マーシー見てごらん、あそこ、遥か先に大きな建物が見えるだろう?あれは、城らしいよ。一年かそこら前に機能を停止したらしいけど…」
「く、クッティ、そんな話はいいから早くあったかいところに行こうよー‥‥あたし、死んじゃうよー」
「ふふ、大丈夫。君は死なないよ。おや、あそこに人が居る、宿の場所を尋ねてみよう」

寒さに耐えきれないマーシーを余所に、クッティは平気そうに笑い、遠目に見える男に近付く。

「やあ、すみませんが宿はどこにあるかお尋ねしても?」

そうクッティが声を掛ければ、壮年の男は「あぁ?」と機嫌悪そうにこちらを見た。

「また余所者か、チィッ‥‥ようやくあの異常な男が出てったって言うのに」

男はブツブツ言う。

「異常な男?」

クッティが聞けば、

「我が物顔でこの街から自由を奪った男さ。お陰であいつが居る間、誰も自由に生きれねえ。だが、あいつが居なくなったからこそ、この街は再び自由なのさ」
「自由、とは?」
「自由ったら自由だよ、こんな風にな!」

男は勢いをつけて声を上げ、ドッーー!と、一蹴り。クッティの後ろに居たマーシーを蹴り上げた。

「キャア!!!」

と言う悲鳴と共に、マーシーの体は低く宙を浮き、積もり続ける雪の大地にその小さな体を沈める。
クッティはそれを目で追い、

「今のが君が言う自由、ですか?さて、何が自由なのか、私にはさっぱり。ほら、マーシー、何転んでいるんだい、早く宿を探さないと」

なんて、悠長に言って、

「う‥‥うぅ」

と、小さな体で大人から蹴りを受けた身を起こすのは当然、厳しい。ズキズキと痛みが這い、涙が滲む。

「ん?おや?もしかして、これは、酷いこと?マーシー、君は今、酷いことをされたのかい?ねえ、君は、酷いことをしたの?」

くるっと、クッティは男に振り向き尋ねた。

「はあ?酷いことだって?違うね、これは自由だ。俺達人間は好きなことをやって生きる。酷いことだなんだ、そんなものは知らねえなぁ」

男はニヤニヤ笑って言い、

「でも、現にマーシーは痛がっている。それになんの意味がある?君がなんの得をして、マーシーはなんの得をする?ほら、答えてくれないかな、だから、自由って、なんだい?」

言いながらクッティは男に詰め寄り、笑顔で問う。
男はクッティを嘲笑い、懐からナイフを取り出して、

「はあ?変な兄ちゃんだなぁ?自由ってのは、誰かを痛めつけて自分の欲求を満たすことに決ま――」
「それが、自由。ふふ、下らないし、生温いんだね、自由って」


◆◆◆◆


「う‥‥」
「あ、マーシーやっと起きたのかい」
「‥‥?」

マーシーが目覚めたのは、温かい部屋、温かいベッドの中だった。

「あ、あれ?あたし‥‥いっ、いた‥‥」

起き上がろうとしたマーシーは、全身のズキズキする痛みに目を細める。

「ふふ、マーシーは馬鹿だね。何もないところで転けて、雪まみれになって気を失って。君は体が弱いんだ、気を付けないと」

そう、クッティは微笑んだ。しかし、

「え?こけ‥‥た?あれ?あたし、男の人に…蹴られ‥‥」
「ん?」
「う、ううん」

マーシーは首を横に振る。クッティの平然とした様子に、あれは自分の夢だったのだろうかと、マーシーは頭を悩ませた。

「それよりクッティ、ここは?」
「宿だよ」
「あ‥‥見つかったんだ。何日くらい泊まれるの?」

その問いにクッティはまた微笑み、

「ふふ。驚かないでよね。ずーーーーっと、好きなだけ、居てもいいんだって」
「ええ!?」
「まあ、詳しい話はあとあと。君は体を休めて。私はちょっと‥‥これからしばらくここに居るんだから、手伝いに掃除でもしてくるよ」

ふわりと笑うクッティを、口をぽかんと開けたままマーシーは見送り、

「好きなだけいれるなんて。もしかしてクッティ、お、お金、たくさんはらったのかなぁ?」

そう、呟いた。


◆◆◆◆


「っ‥‥囚人さん‥‥」

街中で、真っ白な大地に浮かぶ赤。
全身穴だらけになり、両目を抉り取られ、四肢は引きちぎられた男の無惨な死体。
それを目にしたリフェは、先日街から去った彼の名を、助けを求めるように呼ぶ。
囚人が去ってから、街はすっかり元通りだった。
気紛れに暴動、殺戮、強姦ーーそういった事が普通に起き、リフェも安全そうな時間に外に出て、買い物を済ませ、あとは息を潜めて家に引きこもらざるを得ない生活になってしまった。
この街にもはや、助けるべき命なんて、無い。


「はあ。勇者様がいなくなった途端これで、新しく来た人も、ややこしそう。まあ、ぼくには関係ないか」

街外れの灯りすらない廃図書館。
本に埋もれながら、少年は面倒くさそうに言った。


・To Be Continued・

毒菓子



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