終わったはずのお伽話は、続きを求める男の声で呼び起こされる。


「くはっ。仕方ないとはいえ、憎まれたもんだな、俺も。君も俺への見方、変わっただろ?」

そう聞かれて。
どことも言えない、真っ暗闇の中。
その問い掛けに、

「何も変わりませんよ。第一、私はミモリさんのことは詳しく知らなかったんですから。だから、あー‥‥そうなんだって。そんな感じです」

そう、少女は、ヴァニシュは答えた。

「それにしても、ミモリさんが案外早く来てビックリしましたよ」

そう、苦笑して、先刻を思い出す。

ロスーーミモリに存在を消された後、肉体や魂が滅びたのかと思ったが、ヴァニシュはこの真っ暗闇の中に居た。
歩けども歩けども出口のないこの場所を、これが天国か何かなのだろうかと錯覚する。
そんな時に、

「くはっ、なんだ、普通に元気そうだな」

なんて、ミモリの声がして。

「ミモリさん‥‥?どうして‥‥」

そう問えば、

「約束しただろ、君だけをひとりぼっちにはしないってさ」

そう言って、ミモリもこの場に現れたのだ。
ミモリが言うには、ここは赤髪の少女の夢物語の世界ではなく、赤髪の少女が滅ぼしてしまった本物の世界だと言う。

ーー正常者を守る結界を張っていた村。
そこに集った正常者が全て異常に堕ちるか、命が潰えた時に、赤髪の少女は目覚める。

そう聞かされて、ヴァニシュは死ぬのだと思っていたのに‥‥

「ミモリさんは‥‥本当に、優しい人ですね」

ヴァニシュは言った。

この、断片的に残った本物の世界に連れて来られたことにより、ヴァニシュは夢物語の世界から消滅したことになる。
たった、それだけだったのだ。

「賭けだよ、ただの賭け。うまくいっただけさ。それに、ロスの魂は俺と分離しちまったしなぁ‥‥君としたら、俺じゃなくロスが良かったろ?あいつ、システルを助けるとかなんとか‥‥魂だけのくせによ」
「ロスさんらしいですよ。システルの傍で、変わらずシステルを見守る。それが、ロスさんの生きる理由だったんですから。‥‥でも、システルは本当に、強くなりましたね」

そう言ってヴァニシュは目を閉じ、

「ミモリさん。彼はーー‥‥あなたを憎んでいますが‥‥そりゃあ、私も思うところはありますが‥‥あなたが彼を見つけて、優しい魂や囚人さんに巡り会わせてくれた。思いはすれ違ってしまったけれど、きっと‥‥心の奥底では彼に、届いていますよ、皆さんの思いや、ミモリさん‥‥あなたの後悔も」

そう言ってやる。

「それに、シャイさんも一人にはならなかった。義兄さんじゃ‥‥結局シャイさんを救えなかった、シャイさん一人を愛せなかった。だから、囚人さんの判断は間違っていなかった。囚人さんが義兄さんとシステルを信じて二人に託したから‥‥だから、この光景が、ここにある」

暗闇の中の僅かな亀裂。その隙間から夢の世界の光景が垣間見れた。

システルが凛として立ち、リフェやコア、クルエリティと先の未来を話している光景。

「‥‥そっか。そう思ってくれるなら、ありがとな。けど、本当は君もあの場所に行きたいだろ。でも、君はもう戻れない」

ミモリに言われ、だが、ヴァニシュは首を横に振り、

「いきなりのことで、私も信じられませんから‥‥彼が、あの時の命だなんて話‥‥それに、仮にそうだとしても。一番憎まれるべきなのは私です。彼が知ったら、絶望しますよ、きっと。あんな形で宿って‥‥あんな理由で‥‥生まれる前に、簡単に殺されて。だから、元凶はミモリさんじゃなく、私にあるんです。だから、ミモリさん、そんなに自分を追い詰めないで」

それは違うーーと、ミモリは言おうとしたが、言ったところで話の繰り返しであり、ただの傷の舐め合いだ。

(違うだろ、ヴァニシュちゃん‥‥俺があの時に救いの手を差し伸べていたら‥‥クルエリティは、幸せになれていた。その希望を奪ったのが、俺なんだから)

そう思って、その後悔をヴァニシュに見透かされているからこそ、何も言わない。
ヴァニシュはマーシーを抱き、踞っているクルエリティの姿を見つめながら、

「でも、あの人が‥‥あの人があんな風にしてくれるなんて思わなかった。あの人が、あそこまでしてくれるなんて思わなかったから‥‥シャイさんにも、システルにもあの子にも‥‥あんなにも、優しくしてくれた‥‥それが見れた、知れただけで‥‥もう充分。それに、全部、システルが背負ってくれた」

ヴァニシュはディエの行動を思い、心から彼に感謝していた。

「‥‥悪いな、君はここからもう動くことは出来ない。夢の世界には戻れない。君はもう‥‥見ていることしか出来ない。最悪、誰にも会えなくなるかもしれない」
「‥‥」

ヴァニシュは息を吐き、

「ミモリさん。私は彼のーーディエの義妹ですよ。私はあなたより強いですから」

なんて、笑顔で言ってくるので、

「へ?」

と、思わず間の抜けた声を出してしまう。

「だから、私の心配はしないで。ミモリさんだって、色々辛いことがあるでしょう?だから、あなたはあなたの心を救ってあげて」

なんて言われて。

ーー知らなかった。本当に、知らなかったと、ミモリは思った。
囚人の近くに居たけれど、囚人の本当の想いを知らなかった。
まさか、姉のことをあれ程に愛していたなんて、先刻の光景を見るまで本当に知らなかった。

それならばーー。

(俺と共に暮らし、そんな中でクルエリティを捜し‥‥囚人、お前は‥‥苦しかったろうな。本当は、姉さんのこと、捜しに行きたかったんじゃないか?)

そう考えると、本当に、あの日々の囚人の優しさを申し訳なく感じてしまう。

(それに‥‥リフェ先生。あんたまで、そんな決断しちまって)

囚人と暮らしている間、リフェとも共に過ごしたようなものだ。
彼女が命に固執してしまうとはいえ、本当に、懸命に、

(こんな俺の命を救おうとしてくれた)

次に、コアの姿を見つめ、

(コア‥‥お兄さん。あなたも‥‥あなたこそが、俺‥‥僕たち姉弟に巻き込まれて、何も得られないまま、また、消え行くのか‥‥?)

ぐるぐるぐるぐると、ミモリは自分のことではなく、他者のことばかりを考えてしまって‥‥

「ミモリさん」

と、静かに名前を呼ばれ、彼はその場に意識を戻した。

「あなたは、最期なんでしょう‥‥?なら、ここにいないで、あなたがいきたい場所にいって下さい」

そう言って、ヴァニシュはミモリをーーゆらゆらと揺れ動き、所々、欠けている光を見つめる。
夢物語とはいえ、何度も限界を越え、壊れてしまった魂の成れの果て。

「ディエに約束したんだよ、君を」
「もうあの人はいません。それに、あの人もあなたも、約束を果たしてくれたでしょう?あなたは私のところに来てくれた。あの人はあなたに約束したようにシステルのことを生かしてみせた。もう、約束なんて、何もない」

ヴァニシュは小さく笑み、今にも粉々になってしまいそうな光に近付き、

「あなた達のお陰で、あの子が生まれてこれたと知れた。あの人がーー‥‥あの人も、ずっとずっと自分を責めていたんだと知れたから‥‥」

ーー『でも、あいつを恨まないでやってくれ。全部、俺が悪いんだ‥‥』そう言っていたディエの言葉を浮かべた。

「あなた達のお陰で、私は知らなかった多くの想いを知れたからーーだから、ありがとう、本当にありがとう」

そう言って、光に触れる。

「でも‥‥俺がここを去れば、夢物語の亀裂は閉じて、君はもうこの先のシステル達を、何も見れなくなる。君は一人、この世界に‥‥」
「私は、奇跡を信じています。だからーーあなたはあなたの奇跡を起こして下さい、赤髪の魔王さん」
「ーーっ」

迷いのない言葉に、笑みに、ミモリは言葉を失った。失って、ロスが欠けた今、ミモリの頭の中にはーー‥‥

『お前も一緒に行くんだぜ、ジジイ』
『リアさんだって、一緒に過ごした家族です!』
『リア爺もニギャ!』
『ダから、リア爺をよろしくネ』
『お爺やんはお爺やん。みーんな、大好きな家族』

『っ‥‥夢、なのに。これは、夢の世界なのに。与えられた力で、どうして救えないの?赤髪さんも救えなかった‥‥』

『生前、ぼくが死んだ時、君は彼女がぼくの亡骸を見捨てたと思い、それに怒ってくれたことも知ってる。君は優しい子だって、ぼくは知ってるよ』

『それで?何かな。リア爺から殺したらいいのかな?そうだねぇ‥‥偶然、島に流れ着いた僕を閉じ込めて、右目をハサミで抉り取り、右腕をハサミで骨ごと時間をかけて砕き‥‥そう、そうだね‥‥あは、ははは、そうだねええぇぇぇぇえ!?殺すには充分だよリア爺!!!』

『ミモリ。姉さんはね、ミモリの幸せだけを願ってるの。あなたが幸せになってくれなきゃ‥‥私は‥‥いい?ミモリ。この世界は汚いの。あなたはそれを知らなくていいの』


ーー‥‥わかってる。でも僕は、あんたとは、違う。だから、さよならだ、師匠。

異常しか知らない愚かで、可哀想な師匠のことを頼んだよ。僕は‥‥この肉体が滅びる最期に正常を知れたから。


様々な、様々な、今まで出会って来た、巻き込んでしまった人達の優しい言葉が、苦しい言葉が、悲しい言葉が、駆け巡る。

(なあ、ユーズ。俺だって知れたんだぜ。正常ってやつをさ。囚人やお前らのお陰で‥‥)

静かにミモリの言葉を待つヴァニシュを見つめ、

「くはっ。本当に根っからの正常者なんだなぁ?綺麗事ばっかーーほんっと、気持ち悪いな、お前」

ミモリに言われ、ヴァニシュは目を丸くしたが、

「私からしたら、さっさと決断してくれないミモリさんの方が鬱陶しいですよ」

そう言い返してやれば、二人は静かに笑い合った。そうして、

「さようなら、ミモリさん」

ヴァニシュが笑顔で見送るように言い、

「‥‥さよなら。優しいお姉さん」

その言葉と共に、光は消える。
映されていた光景も消え去り、ただ、静寂と、闇だけを残して。

ヴァニシュは一人、無の世界に残されたが、寂しくはなかった。
なぜなら、誰にも姿を捉えられなかった日々と、何も変わらないから。
それに、色々と頭の中を整理するには、この永遠に続く静寂は、ちょうど良かった。

(もう、誰にも会えないかもしれない。でも、それでも今、システルが頑張っている、ミモリさんが今、奇跡を起こす為に動いている。まだ、何も終わっていない)


・To Be Continued・

空想アリア



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