もう僕はいらないのですね


地震だろうか。
先程からずっと大地が微かに揺れている。
この城の中でさえ、カタカタと静かに、ゆっくりと揺れていた。

囚人が赤髪の魔女と共に城の頂上、この広いバルコニーから落下していく様を、システルは二人の名を叫び、二人の姿が小さくなるまで見ていることしか出来なかった。

何も出来ない、何も届かない、何も変えることも出来ないまま。

(シャイさんを、助けれなかった。兄さんを‥‥思い出したのに‥‥じゃあ、私は何をすればいいの?)

赤髪の魔女の物語。
ヴァニシュが一人で立ち向かって、ロスがミモリの中で一緒に立ち向かって‥‥
それなのに。

ロスもヴァニシュもフェイスも囚人もシャイももう居ない。
コアが言っていた『奇跡』なんてもの、何一つ‥‥

システルは嗚咽を飲み込み、ゴシゴシと服の袖で涙を拭う。
ふと、隣を見れば、彼ーークルエリティが立ち尽くしていた。
彼はシステルと同じように二人が落下していった闇を光の無い左目でじっと見つめ、何かぶつぶつと小さな声で呟いている。

クルエリティにとって、赤髪の魔女と囚人は何か因縁があるのだ。それがなんなのか知りはしないが‥‥
システルは凝視した。

「は、はは‥‥ははは、あははは‥‥ほら、やっぱり、みんな、裏切ったじゃないか、僕のこと。何が家族だ、何が‥‥フェイスお姉ちゃん達は結局、囚人の為に‥‥ユーズお兄ちゃんは僕を殺そうとした。囚人は‥‥リア爺だけじゃなく、魔女さんまで助けて‥‥」

彼は、クルエリティは目を見開かせ、システルやディエの存在を忘れたかのようにただ一点を見つめ、なんの感情も無い声で淡々と呟き続ける。

「じゃあ、僕は?僕の復讐は‥‥僕はなんの為に」

目的が果たされず、今から何をすべきなのか‥‥
それは、システルも同じだった。
だからこそ、今ここには【無】しかない。
だが、

「ーーっ」

ぽたぽたと、地面に雫が落ちる。

「あぁぁああぁぁあああああああああーー!」

悲鳴にも似た叫び声をクルエリティは発し、彼は子供のように大きく口を開けて、顔を真っ赤にしながらわんわんと泣き始めた。

「なんでだよぉお‥‥なんで誰も、僕を助けに来てくれないんだよぉおお!!なんで、僕だけが、幸せになれないんだよ‥‥?!見捨てないって‥‥言ったくせにさぁあぁぁああぁぁあーー!!?うそつき、うそつき、うそつきぃいぃぃぃぃぃ!!!!」
「あ‥‥あなた‥‥」

隣で泣き叫ぶクルエリティにシステルは手を伸ばそうとしたが、彼女の肩は急にディエに掴まれ、ヒュンッーーと、眼前に風が過る。

その風は、クルエリティがシステルに向かってナイフを振り切ったものだった。
ディエが肩を掴み、引き寄せてくれなければ、毒がベッタリと染み付いたそれに切られていたであろう。

「‥‥ああ‥‥もう、ダメだ。頭が、おかしく、なる」

ナイフ片手に、弧を描くように歪んだ唇でクルエリティはケタケタと笑い、ディエとシステルを交互に見つめた。

「あれぇ‥‥?おねえさんたち、誰ぇ?みんなは、どこに行っちゃったのー?」

なんて口走るクルエリティに、普通ならば異様さを感じるのだが、

「ふん、見覚えある光景だな」

と、ディエが鼻を鳴らして笑って、システルも表情を強張らせながら頷き、

(彼は、あの時の私だわ)

そう思う。
あの日、あの時ーーディエへの愛という異常が進みすぎてしまい、それが放置されていたが故に、大きく大きく膨れ上がった異常によって思考が全て覆われた。
ディエ以外を忘れ、ナイフを手にしたあの時。

ーー手に入らないのであれば、愛するものも含めた全てを、壊してしまいたい衝動に駆られた瞬間。

クルエリティは、手に入れることが出来なかった。
唯一、彼を救えたであろう【復讐】を。

「ディエさん‥‥どうしたら。シャイさんを救えなかった‥‥私達、もうここに居る必要はないわ」
「ああ、救えなかったな‥‥まあ、なんだ」

ディエは小さく息を吐き、

「火傷男が言ったな。お前と、この男を頼むだとかよ。正直俺はもう本当はどうでも良かった‥‥だが、目の前で見知った顔が次から次に消えて行って‥‥俺も甘くなっちまったな。今まであれだけ奪って来たくせに、今は、虚しいとか感じちまう」
「ディエさん‥‥」
「俺じゃなくあいつがここに居れたら良かったのにな。俺じゃあ、どうしてやればいいのかわからねー」

そう言って、笑みを浮かべ続けるクルエリティを見つめ、

「お前はなんなんだ?お前は今、何がしたい」

そう尋ねれば、

「僕がなにか?僕はね、クルエリティっていうんだって。でも、なんかその前はちがう名前だったかなぁ?僕がいましたいことはねー、なんだろうなぁ‥‥殺さないといけないんだ、だれかを。だれだったかなぁ‥‥あ、そうだ!家族!家族を殺さなきゃ!だから、通してよ」

ニコニコ笑ったり、悩んだり、クルエリティはころころと表情を変えながら明るい声で話し、ナイフの切っ先を二人に向けた。

「ディエさん‥‥」

困ったようにシステルは彼を見上げ、

「お前の兄さんとやらは慣れちゃいなかったみたいだが、俺はそいつの動きに対応できる。だが、なるべくなら手にかけたくはないな」

ボソッとディエは答え、

「わからないが、毒みたいなもんがそいつにかかってるんだろ?なら、時間稼ぎでもしてその毒で死んでもらった方がまだマシだ」
「で、でも‥‥いいんですか?」
「いいも何も、俺らもどうなるかわかったもんじゃねーしな」

地震のような揺れが、先程から徐々に大きくなっているのをディエは感じ、再びクルエリティに視線を戻す。

「クルエリティーーか。なあ、お前の話が聞きたい。別に急ぐことはねーんだろ?家族、家族って言ったな。お前はどこで生まれた?お前の親はどんなだ?」

そう聞けば、

「家族、家族。僕が殺すべき家族と僕の家族はちがうんだ。僕は生まれたのかな?僕は拾われたんだよ。拾われて、家族ができたんだ。いいや、家族なんかじゃなかったのかな?僕を奴隷だってあの人達は言ってたよ?‥‥あの声のせいだ、あの声のせいだ、あの声のせいだーー!!!!!!!」

支離滅裂に話すクルエリティは、徐々に発狂し出し、

「女の子の声がしたんだ!ずっとずっと僕の頭の中で謝り続けてるんだ!?知らない、知らないよ!謝られたって、僕はなーーーーーーんにも、知らない!!」
「なっ‥‥なんで謝られているの?」

おずおずとシステルが聞けば、クルエリティはギョロっと目玉のみ動かしてシステルを捉え、

「『殺してごめんなさい、殺してごめんなさい、私のせいで、私のせいで‥‥』だってさ?!なんのことかわからないのにうるさいんだよ!!!ああ‥‥でもこの声にさっき会ったような気もするんだ!消さなきゃって思ったんだ!‥‥でも、もう聞こえないよ。さっきから聞こえなくなった。しずかに、なった」
「‥‥?」

答えてくれたはいいが、システルはクルエリティが何を言っているのか全くわからない。唯一、

「‥‥そうか」

と、ディエは俯いて目を閉じた。

「お前は‥‥ずっと独りだったのか?クルエリティ」
「ひとりではなかったよぉ?」
「だが、言っていたな。幸せではなかったんだろう?クルエリティ」
「僕はねぇ、不幸なんだって!気味が悪いバケモノなんだって!!!なんにもしてないんだよ?僕、なんにもしてない!!!!」
「ーークルエリティ、誰が、お前にそんなことを言ったんだ?」
「‥‥」

クルエリティはしばらくぼんやりと空に浮かぶ月を見上げて黙り込む。
システルはチラッとディエの横顔を見つめ、

(時間稼ぎ‥‥か。でも、それだけじゃないのね)

彼女も静かに待った、クルエリティの口が開くのを。


ーー名前を、呼んでやらなきゃいけないと思った。どんな形式でも構わない。

かつて、彼女が『義兄さん』と呼んでくれたから、空っぽの自分に家族が出来た。大切なものが出来た。守るべきものが出来た。愛したものが出来た。
ーーその人の為ならば、自分が異常に堕ちてもいい程に。

目の前のクルエリティという男は、今、空っぽだ。

詳しくは知らないが、囚人というあの男がクルエリティの面倒を見ていた時期があったのだろう。
きっとその時は、空っぽなんかじゃなかったのではないだろうか?

きっと、クルエリティの手も血に染まっているのだろう。

けれど、自分よりは遥かに綺麗なはずだ。

もし、これが最期だと言うのなら‥‥

(お前の代わりに俺が償ってやるよ、ヴァニシュ)


・To Be Continued・

空想アリア



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