終わりの日に強さを誓う


「ーーっ!」

城の外。
しんしんと、降り続ける赤い雪の下で、コアは目を見開かせた。
先程、ミモリの魂が崩壊し、その体であるロスの魂がこの夢世界を漂うのを感じた。

そして、今。

(どうして、ここに来たんだい。君はこの世界の創造主なんだから‥‥君が創り上げたぼくの所に、魂なんかで来なくていいのに‥‥)

コアは、今しがた自分の傍らにやって来た魂を感じ取る。その隣にはもう一つの魂が寄り添っていた。

この世界で、赤髪の魔女により与えられた力。
死んだ人間の魂はコアの元に集まり、死者の魂の記憶を手に入れることが出来る。無論、生きてる人の魂の声だって、聞こえる。

だから、すぐにわかった。

ミモリとロスの末路を。
あの集落の人々の魂の末路を。

赤髪の魔女と共に、囚人が消滅し、魂となって、今ここに二人で居ることを‥‥

(そうか‥‥この世界は、もうすぐ終わるんだね)

創造主である赤髪の魔女が夢を見終えてしまい、また、肉体も滅んでしまった。
今、この世界はこの少女の魂だけでギリギリ保たれている。
だが、それも長くは保たないであろう。

(君は、一番初めの魔女。ぼくは、一番初めの魔王。君は、魂となってここに来て、ぼくに何を望むんだい、×××。‥‥え?)

赤髪の魔女に問い掛けたが、答えたのは囚人だった。

(‥‥うん、うん。わからない、な。そんなこと、ぼくに出来るのかな‥‥だってぼくは、×××の心を、傷付けてしまった。魔王になってしまったミモリを、止めてあげることも出来なかった。ロスとヴァニシュに押し付けてしまった。ぼくは全てを諦めて、傍観しているだけだった)

コアは少女の魂を見つめ、

(ぼくは、君を、友達を、救ってあげることすら出来なかったんだから‥‥それに、囚人がそれを望んでも、×××はそんなの、望まないんじゃないかい?)

そう聞けば、

(え‥‥?そんなの、関係ない?はは、君らしいね、囚人。ーーえ?)

すると、そこで少女が言葉を発した。その短い言葉に、コアは瞳を震わせる。

(‥‥×××。そっか。ぼくもね、ずっと、謝りたかった。もっと早く、海の底で眠る君を‥‥ぼくが君の肉体を、迎えに行ってあげたら、良かった。ごめんね、ごめんね、×××。君とミモリと、もっと一緒に居て、たくさん、遊びたかったな)

赤く染まる、崩壊を奏でる世界を見つめ、コアは静かに決意をした。

ヴァニシュの魂は完全に消滅した。
ミモリの魂は何度も限界を越え、壊れてしまった。
彼が宣言したように、ヴァニシュと一緒に行ってあげたのだろう。
集落の人々の魂は繰り返しミモリに維持されていたが、ミモリが消滅したことにより、彼らの魂も最早この世界に無い。

そうして、ロスの魂が解放された。
ここに、少女と囚人の魂が、在る。

まだ、終わりじゃない。創り物の力でも、

(ぼくが、ぼくだけが、世界をーー)

そこまで考えたところで、

「マーシーちゃん‥‥!」

リフェの声に、コアは意識をその場に戻す。

「あ‥‥先生、コア?」

マーシーはぼんやりと目を開き、二人の姿を捉えた。

「マーシー‥‥!」

ようやく目覚めた彼女を、思わずコアは抱き寄せる。

「マーシーちゃんには、コアの姿が見えるの?」

そうリフェが聞けば、

「ふふ」

と、コアが可笑しそうに笑うので、リフェは目を丸くした。

「昔々ね、見た目は僕より大人だけど、本当は僕より年下の女の子が居てね。僕のコアという名前を『魂』と称したんだ」

それを聞き、リフェは先刻見せられた魔女の記憶を思い出す。

「まあ、あながち間違いじゃない。『core』には心だとか、中心部だとか‥‥そんな意味もあると本で読んだ。でもね、魂なんて意味は、ない」
「え‥‥?でも、あなたには魂を司る力が‥‥?」

リフェが疑問気に聞けば、

「だから、言ったよね。ぼくは、逃げていた。逃げ続けていた。本当の力からね」

小さく息を吐きながら、コアは少女の魂を見つめた。

(君は、中身は子供だからね。それにぼくが一番最初だったから、間違えるのも仕方ない。でも、魂を司る力は本当にあったんだよ)

そう、少女に語りかける。

「‥‥う」

しばらくして、マーシーがゆっくりと体を起こすので、

「マーシーちゃん‥‥まだ、安静に‥‥」

と、リフェが制止するが、

「クッティが‥‥」

そう呼ぶマーシーに、リフェは苦い顔をし、

「マーシーちゃん‥‥彼は」
「先生、だいじょぶ‥‥わかってるよ」

リフェの表情を見つめ、マーシーは頷いて微笑んだ。

「コア達がなんの話をしているかはわからないけど‥‥クッティのことなら、わかってるよ‥‥ゴホッ‥‥」

マーシーは咳き込みながらもゆっくりと立ち上がり、

「あたしの余命なんて、ほんとは嘘。ほんとは、クッティが、あたしを殺そうとしてたこと、あたし、ずっと知ってたよ」
「‥‥!」

その言葉に、リフェもコアも驚くしかなくて。

「出会って、少ししてから‥‥体がおかしくなったから」

マーシーは小さな手を胸にあてながら、一年にも満たない旅路を思い浮かべる。

「最初はわからなかった。でも、だんだん‥‥食べ物を食べた後にね、おかしいなって。たぶん、何か、入ってたんだろうなって」
「マーシー‥‥!それをわかっていて、なんで」

困惑するような表情をしながらコアが聞けば、

「あたしとクッティは、同じだから。でも、クッティの方が、少しだけ‥‥幸せ」

マーシーは、両親から虐待を受けていた。
クルエリティも、同じことをされていた。

クルエリティは、親から殴られ、蹴飛ばされ、食事すら与えてもらえず、そのまま日を待って死ぬはずだったが、虐待に飽きた両親に海に投げ捨てられた。

親からの愛情を、貰えなかった二人。
けれど、クルエリティは違う。

一度も愛されなかったマーシーとは違い、クルエリティには愛された日々があった。
クルエリティが憎み続けている、集落での日々の中で。

「コアには少し、話したよね。あたしは、いつ死んでもいいって思ってた。お父さんとお母さんに、殺されるんだろうなって思ってた。だから、クッティがあたしを殺そうとしても、悲しくなんてないし、別に構わなかったの。サツジンキ様がいなかったら、あたしはとっくに死んでたし‥‥それに、クッティは、おかしいの。不安定なの。あたしよりおっきいのに、あたしより子供みたいなの」

初めて会った時から、今も、その認識は変わらない。

「クッティはーー‥‥」

あの、おびえた子供のような姿を見て。
あの、憎悪に濡れた目を見て。
裏切られたと誤解して、絶望して憎んで。
時折、悪夢に魘される姿を見て。

「クッティは、あたしの友達だから。きっと、クッティは間違ったことをしているんだよね‥‥?だから、あたしは友達として、クッティをしかって、ゆるしてあげなきゃいけない。じゃなきゃ、クッティはどこにも、帰れないから」

その、僅か八歳の幼い少女の言葉に、この場に居合わせて唯一、魔女の物語を知らない少女の迷いなき目に、

(それが‥‥君の異常の形か‥‥マーシー)

コアはゆっくりと目を閉じ、

「クルエリティは、この城のてっぺんに居るよ。君は、行くのかい?」
「クッティ、『じゃあね』って言って、あたしはそれに、ばいばいもまたねも返事してない。また後で会えるのに、変だなって思ったけど‥‥クッティはあたしにお別れの挨拶をしてたんだね。あたしがもうすぐ‥‥死ぬから」

淡々と話すマーシーの顔を、コアとリフェは心苦しそうに見つめる。
気丈に振る舞っていても、先程、目覚めた時から彼女はだらだらと汗を流し続けていた。
呼吸も少し、荒い。

リフェは今この場で出来る最善を尽くしたが、マーシーの体内に染み付いた毒は、もはや取り除けなかった。ただ、痛みーー苦痛を和らげる処置をしただけで。
彼女の命の灯火は、もう、消えかかっている。

「っ‥‥夢、なのに。これは、夢の世界なのに。与えられた力で、どうして救えないの?赤髪さんも救えなかった‥‥私は、目の前のマーシーちゃんも、救えないの‥‥?」
「‥‥リフェさん」

悲観に暮れる彼女に掛ける言葉が見つからなかったが、コアは何かに気付き、

「リフェさん。囚人が言ってるよ。『先生はよくやってくれた』って。『ジジイも感謝してた』って」
「‥‥え?」

コアの言葉に、リフェはキョロキョロ辺りを見回し、

「まさか‥‥」

と、コアの声がする場所に視線を戻せば、

「赤髪の魔王は今度こそ消え去り‥‥魔女も、囚人も、魂としてここに、在る」
「‥‥そん、な」

少なからずとも、囚人に好意を抱いていたリフェにとって、それは驚きを越えた事実であった。

「リフェさん。でもね、これは皆がそれぞれ選び取った道なんだ。だから、残された時間で、ぼくらもやれることをやろう」

コアは再びマーシーを見つめ、

「ぼくには、転移の力は無いから。マーシー、一人で行けるかい?あいつの所に‥‥」
「‥‥うん」
「てっぺんまで、遠いよ。途中で力尽きるかもしれない」
「うん‥‥」
「誰もいないから、誰も手を貸してくれない。それでも?」
「それでもーー」

マーシーはごそごそとズボンのポケットを探り、

「どんなにつらくても、いつかゆきどけはくる。コアと友達になれたから、あたし、生きたいって思えたんだよ!」

そう言いながら、コアから貰った桃色の花で作った押し花を掲げ、にっこりと笑う。
それは、図書館で見た偽物の笑顔ではない。
今はもう、マーシーはちゃんと笑えているーー心から。
少しだけ嬉しさを感じながらコアも微笑みを返し、

「マーシー。この世界で出来た、ぼくの、友達。君と出会えたから‥‥ぼくは逃げ続けている自分を恥じたんだ。辛くても、笑顔を絶やさない君を見て‥‥」

だから、と、コアは大きく息を吸い、

「ぼくはここですべきことがあるから一緒には行けない。だから、気を付けて行っておいで、マーシー。何も救わなくてもいい‥‥ただ、後悔を残さないように‥‥!行ってらっしゃい、ぼくの友達、ぼくの大好きなマーシー!」

その言葉に後押しされるように、城に向かってマーシーは走った。
予感がしたのだ。クルエリティは今、泣き叫んでいるんじゃないかーーと。

その小さな背中をコアとリフェは見送り、

「さあ、リフェさん。手伝って欲しい。命の灯火が見える君には、出来ることがある」
「私に‥‥?でも‥‥コア、あなたは一体、何をするつもりなの?」

コアは自分の心臓がある部分に手をあて、

「コアは中心、核。確かに、総じて魂と言い表せるかもしれない。魂達は核(ぼく)に、中心部(ぼく)に集まってくるのだから。でもそれ以上にーーぼくは、皮肉にも一人目の魔王であり、『核心』を名に刻む者。この夢が崩れ去る瞬間にこそ、ぼくがーー!」

コアは城の頂上を見上げ、

(×××‥‥ミモリ。ぼくは、今度は逃げないよ、諦めないよ。諦めなかったら、きっと‥‥)


・To Be Continued・

空想アリア



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