伝える言葉は陳腐でいて真実


それは、囚人があの集落で見た夢ーー彼らが生きていた日々の、あの集落が滅ぼされた日の、海面越しに映され、別れの言葉を交わした時に見た、在りし日の彼らの姿だった。

「やあ囚人。なんて顔してるの」

あまりに呆気にとられ、固まったままの囚人に、フェイスの前に立ったままのユーズが苦笑しながら言ってきて。

「お前達‥‥どうして」
「実はね、リア爺が僕らの魂を残してたんだよ」

茶色い癖毛の、黒いランドセルを背負った少年デシレがにんまり笑って言った。
あの集落では二足歩行の猫の姿で、血に染まったランドセルを背負いニギャニギャ言っていたが、今は本当に、ただの子供だ。

「でも、こうしてまた、貴方達に会えるなんて」

茶色い髪を肩まで伸ばした女性ーーナツレが涙ぐみながら囚人とクルエリティに言い、

「って言っても、クルはこんな状態だけどねぇ。でも!囚さまが変わっていなくて良かったわ!顔の火傷でますます素敵になって!!もうっ、囚さま素敵!」

細身で背の高い桃色のアフロ頭をし、ワンピースを着た男ーーフォシヴィーがクルエリティの腕を掴んだまま囚人に愛を向けてーー。

「っ!!!?離せ!離せよ!?なんだ?裏切り者共が続々と!?お前ら死んだ奴らだろう!!?そのまま死んでおけよ!!!」

クルエリティが取り乱したように叫べば、

「そう。僕らはとっくに死んでいる。けど、君だって‥‥君達だって変わらない。何故なら、もう知ってるんだろう?この世界でさえ、今、この時間でさえ、全部、夢なんだから」

と、ぼんやり立ち尽くしたままの赤髪の魔女を横目に見てユーズは言い、

「でも、こんな夢でも‥‥僕らは確かに生きていたし、意思は在る。そして、囚人に救われた。だから、今度は僕らが君の為に何かしたいんだ。フェイスがそうしているように」

そう、囚人に伝える。

「お前ら‥‥。でも、何をするつもりなんだ?」

まだ、この現状に呆けていた囚人が聞けば、ユーズは小さく笑い、

「フェイス。君も‥‥手伝ってくれるかな。きっと、君が一番、クルエリティに届く」

ふわりと、透けた体のフェイスに触れれば、彼女の姿もまた、在りし日の姿にーー短い黒髪で、前髪だけを伸ばしきり、盲目の目を隠した少女の姿に変わった。
そうしてまた、ユーズはクルエリティに振り向き、

「見えるかい、クルエリティ。フェイスはずっと、ここに居たんだよ」

そう言えば、クルエリティは目を見開かせてフェイスの姿を捉え、

「それが‥‥フェイス‥‥お姉ちゃん‥‥?」

ぽつりと、そう言って、

「なんで、今更来るんだよ?囚人も、フェイスお姉ちゃんも、フォシヴィーさんも、デシレお兄ちゃんも、ユーズお兄ちゃんも、ナツレさんも、誰も、誰も‥‥来なかった。本当に来てほしい時に来てくれなかったのに、今更、何?」

そう紡げば、

「クルやん‥‥ごめんね。でも私、私達、クルやんのことずっとずっと捜してた。魂だけの存在でも、ずっとクルやんを‥‥だって、クルやんは私の大事な弟だもん」

フェイスがゆっくりと、優しい声で言えば、

「‥‥ありがとう、フェイスお姉ちゃん。その言葉に嘘はないって、わかる。わかってるよ。でもね、遅すぎたんだ」

クルエリティは少しだけ、悲しそうに微笑んで。そうして、フォシヴィーに掴まれたままの左腕に力を込め、

「ーーきゃっ!!?」

フォシヴィーの腕を振り払った。

「もう、君達の言葉は僕に届かないみたいなんだ。全部、全部、激しい憎悪に変換されちゃうんだ。だから、残念だったね!君達全員が揃っても、なーんにも出来ないよ」
「そんな‥‥」

クルエリティは満面の笑顔をしていた。それを見た囚人は呆然としたが、

「わかってるよそんなこと。僕は赤髪の魔王の弟子だ。あの人が君の名前を支配したままなんだから、その威力はよくわかるよ。僕らだってしてやられてたんだからね。でも、ありがとうフェイス。やっぱり君の存在には多少、隙を見せてくれた、これで‥‥」

ユーズはその手から、紫色の光を生み出し、それを刃に変えて、クルエリティと、そして赤髪の魔女に放った。

ユーズだって一応、魔王だ。
アブノーマルが自らの子らを、赤い塊の子らの形を想像し、人間に作り替え、その子らを魔女や魔王として世界に放ち、その遺伝子がユーズの中にも在る。
でも、ユーズは魔術になんか、魔女だ魔王だなんかに興味はなかった。
だから、これは久方振りに使う魔術。

その光は彼らの体に溶け込んでいき‥‥

「はあ?何、今の」

クルエリティは可笑しそうに笑い、

「囚人。冷たいことを言うけど、もう言葉だけじゃ埒があかない。ここで無意味に時間が経つだけだ。それに足掻いたってこの夢は続かない、終わるんだ」

と、ユーズは真っ直ぐに囚人を見つめて、わかっていてもなんとかなるんじゃないかと思っていた真実を口にした。

「僕が今、クルエリティとアブノーマルに放ったのは‥‥毒みたいなものだ。僕に与えられた能力は、他者の命をじわじわと散らす力。こんなもの、使ったのは久し振りだけどね」
「っ!?」

その言葉に、囚人は驚いてユーズを見つめる。

「毒って、なんだよそれ、あいつら、死ぬのか!?なんでそんな」
「こうでもしないと、誰もクルエリティとアブノーマルを止めることは出来ない。言葉だけじゃ、先に死ぬのは君達で、あとはクルエリティとアブノーマルしか残らない。だから」

ユーズは囚人の肩に手を置き、

「クルエリティとアブノーマルが死ぬ前に、せめて救ってやるんだ。命じゃなく、心ってやつを。夢が‥‥覚める前に」

そう言って、ユーズは囚人から離れた。

「さあ、聞いたかしらクル。あなたは死ぬの。それでもまだ、復讐がどうの言うの?」

フォシヴィーが聞けば、

「構わないよ。ただ、時間の問題だろう?あと僕は、囚人と魔女さんを殺すだけなんだ。なら、時間はまだある」

動じることなくクルエリティは言い、

「なんでだよクルー。僕らと一緒に行こうよ」

デシレが言えば、

「君達と同じ場所には行かない。僕は復讐を果たして一人で行くんだ」

冷めた口調でクルエリティは言い、

「本当に、迷いはないの?今だって、あなたは私達の声に耳を傾けているわ」

ナツレが言えば、

「知らないね」

短くクルエリティは言いーー、

「クルやんが私達を嫌いになったんなら仕方ないよ。でも、クルやんと同じ苦しみを持ったあの子を傷付けるのは、それはクルやんが悪いよ。私達のことは嫌いになってもいい。でも、関係ない人を苦しめちゃ、ダメだよ」

フェイスはマーシーのことを伝えた。
クルエリティは、何も言わない。

「さてーー。まあ、僕らの時間はこんなものなんだけどね」

ユーズが言えば、いつの間にかフェイスもデシレもフォシヴィーもナツレも隣に並んでいて。

「コアを知っているよね。師匠が死者の魂を管理しているコアに頼んで僕らの魂をここまで引っ張って来たんだ」

ユーズが言い、

「だから、見たよ、星空を一緒に!」

デシレの言葉に、囚人とフェイスは肩を揺らす。

先刻の「その約束は、ある意味、果たされた」と言っていた、ミモリの言葉を思い出した。

「たったこれだけの時間ですが‥‥囚人さん。あなたがすべきことを、見失わないで」

ナツレが言い、

「そうよ!夢が終わったら何も出来ないの!今までの囚さまはクルエリティに対してもアブノーマルに対しても時間を無駄にしてたのよ!皆が消えちゃう前に、救ってあげて!囚さまがあの日、私達が消える前に救ってくれたみたいに、リア爺が死ぬ前に救ってあげたみたいに!」

フォシヴィーがいつになく必死に言い、

「わかったかい、囚人。命を救うだけが、救いじゃないんだよ。死んでいるからこそ、僕らにはそれがよくわかる。君は優しすぎる。だから、僕が出て来てやったのさ。僕は、元より家族殺しだからね。でも‥‥頑張りなよ、君らしく、ね」

そう言って、ユーズはヒラヒラと右手を軽く振り、それからフェイスの背中を軽く押し、

「‥‥お兄やん!ここまで一緒に居れて嬉しかったよ!」

フェイスはそう伝え、

「それから、システル!ここまで来てくれてありがとう!!あなたは、あなたは‥‥お兄やんの本当の妹なんだから!!だから、あなたなら、全部本物のあなたなら、きっと私の思い、わかってくれるよね!」

そう、前髪で隠れた目がちらりと見え、フェイスはにっこりと笑っていた。

「‥‥え?」

だが、システルは困惑した表情をして、そして、囚人の背中を見つめる。

「お前ら、本当に勝手だよな。夢だなんだ、俺の目の前に現れて、その度に消えちまって」
「だからこそ、夢なんだよ」

と、ユーズは寂しそうに笑った。

「だからこそ、交わす言葉はもうない。各々、君と話したいこともあるだろうし、君だって僕らに言いたいことがあるだろうけど、それこそ時間の無駄だ。じゃあね、囚人。そして、クルエリティ」

そのユーズの言葉と共に、フェイスもデシレもフォシヴィーもナツレも、嬉しそうに手を振って消えていった。

微かに聞こえた「ありがとう」の声。
以前と同じだった。以前も彼らは囚人に「ありがとう」の言葉を残して消えていった。

ほんの数分の出来事。
わずかな夢。

残されたのは時間と、クルエリティとアブノーマルに与えた毒。
そして、本当に救うべきもの。

背後でシステルの視線を感じたが、囚人は振り向かなかった。


・To Be Continued・

空想アリア



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