前略、おしまい


一同の背後で、クルエリティは左腕を目一杯に広げて笑っている。
そうして、空に浮かぶ満月を見つめて、

「‥‥僕はこの時を待っていたんだ。僕を海に投げ捨てた魔女さんが居て、僕の右目と右腕を奪ったリア爺が居て、僕を見捨てた口先だけの囚人が居て。くくっ‥‥ふふ、はははは、充分じゃないか!!充分、役者が揃っている!」

そんなクルエリティに、

「悦んでるところ悪いけど、あんたごときに何も出来ないでしょ。これは私の世界なんだから。今すぐあんたを消すことぐらい‥‥」

魔女が無表情で言えば、クルエリティはただニヤニヤ笑っていて。その様子に囚人とミモリは訝しげに彼を見た。

「魔女さん‥‥貴女は本当に‥‥愚かだねぇ‥‥!?」

なんて、クルエリティは面白おかしそうにまた笑い出す。

「魔女の世界、魔女の夢!そうだよ、そうだねぇ、そうだったね‥‥!うんうん、その通り。ああこわい、僕、消されちゃうねぇ‥‥?ふふふふふ、はははは?ほら、じゃあ消しちゃってよ。ほらほら、早く消しちゃってよ、僕のこと」

左手を魔女の方に突き出して、クルエリティは一切怯える様子なく、魔女に早くやってみせろと促し続けた。

「‥‥」

さすがにそのクルエリティの様子に、魔女は彼をじっと見据えたが、ふん‥‥と、鼻をならし、自らの両手に視線を落とす。

「野暮な話だけどさぁ‥‥魔女さんこの街に異常者を集めたよね。その力を使った時、違和感はなかったかい?そうだなぁ‥‥なんか、単純に、力が弱まったなぁとか‥‥制御しきれないなぁとか?」

クルエリティは一人口を動かし続け、

「異常者集めて好き放題させて。それを見て狂った気になったつもり?世界がおかしいだとか、壊れたとか思ったつもり?いやいやいや、甘いね、ぬるいね。魔女さん、貴女はどうしようもなく人間だ。子供だ。女だ。全くもって‥‥異常なんかじゃない」

クルエリティはコートの中をごそごそと探り、ゴトッ‥‥と、何かを地面に投げ落とした。

「‥‥ひっ」

それを見たシステルは、思わずディエにしがみつき、囚人はそれを凝視し、ミモリはーー‥‥

「あ‥‥あぁ‥‥あ?」

口をパクパクと動かし、言葉が言葉にならない。

「‥‥あはは、マーシーとの旅の途中からさ、荷物の中にずうっと入れてたんだよね。今、わざわざ隠して持ってくるの大変だったよ。案外‥‥重みあるし、ね」

コロッ‥‥と、クルエリティはそれを爪先で軽く小突く。
魔女は、それを見ていた。
静かに、ただ、静かに、目を見開かせて。

ミモリも同じだ。同じ様子でそれを見て、

「‥‥さん」

小さく言い、

「ねえ‥‥さん」

そう、紡ぐ。

転がるそれは、とある少女の顔。
無機質に目を閉じ、眠ったままの顔。
顎から先は、ない。
赤い髪の、少女の、生首。

「なんで、なんでだよ、クルエリティ‥‥なんで姉さんが、そんな‥‥?」

ミモリはその場に両膝を落としてしまい、ガタガタと体を揺らしながら疑問の言葉を投げ掛ける。

「見つけたんだよ‥‥あの時に。永い間、海を漂わされていた時。魔女の海の底で、眠るように沈んでいる、この世界を夢として見続ける赤髪の少女の姿ーー魔女アブノーマルの本体を。唯一、夢ではない、本物の存在を。それを見つけてしまったから‥‥僕は復讐を決めたんだ」

ーーそう。
それを見つけていなければ‥‥
たとえ赤髪の魔王に名前を支配されたままでも、それならば復讐に身を焦がさず、この世界で、ただの異常者として生きていたかもしれない。
マーシーに見つけられたあの日。
フェイスと重なる姿。
もしかしたら、何か別の選択肢が待っていたかもしれないのに。

なのに、彼女を見つけてしまっていたから‥‥
それを、覚えていたから。

「わざわざ迎えに行ったんだよ、深い海の底まで‥‥死に物狂いで、ただただ、僕の中に巡る何かが僕を後押ししてくれて‥‥君を迎えに行ったのさ、魔女さん」

それを聞いた囚人はゾッとして、

「一体、なんの為に‥‥?」

そう尋ねる。
クルエリティは小首を傾げ、

「ええ?囚人、わからないの?だってコレ、本物の魔女さんなんだよ?その肉体をさぁ、壊したらさぁ、そこにいる夢の魔女さんはどこにも戻れないし、何も出来なくなるんだよ?」

生首をコロコロ蹴りながら言い、

「じわじわこの少女の体を切り刻んでたんだよね、じわじわ、時間をかけて。だからゆっくりゆっくりと、魔女さんの力は弱まって‥‥ついさっき、ドンッ!!と。一気にトドメをさしたのさ!外に中身とか置いてきちゃったから、気になるなら見てきたら?まあ、一か八かだったんだけどね。この本体を壊したら、夢は終わるのかなって思ったけど、行き場のない魔女アブノーマルが残ってるからいいんだよね。少女は結局、目覚めないまま。だからさ、たぶん、もうすぐ君も思い出すはずだよ、魔女さんのこと」

と、早口で言いながら横目でディエを見た。

「はは、ははは。愚かな夢の中の諸君!僕に感謝してよね?これで魔女さんはもうこの夢を壊せないんだから!君達はこの夢の牢獄で、本物になれるんだよ!?はは、ははははは。それを、次は僕が、壊すんだ!!!!」

狂った声が、高笑いが響く。

ディエとシステルはいまいちクルエリティ達の関係性がわかっていない為、ただ現状を見据え、あの日のままの姉の顔に‥‥生首にミモリは絶望を抱き、囚人は歯を食い縛ってガチガチと鳴らし、フェイスは静かにクルエリティを見ていた。

自分自身のそれを見ていた魔女は、そんなことよりも、

「‥‥」

本当に、本当に力が使えなくなってしまっていて‥‥

「さて‥‥じゃあ、どうしようかな。魔女さん、リア爺、囚人‥‥誰から殺そうか?君達は関係ないんだから割り込まないでよ?まあ‥‥本当なら魔女の大事なディエを殺してからとか考えたけど、もう必要なさそうだね」

ディエとシステルに忠告をし、ニコッと笑いながら、クルエリティは左手に毒をベッタリ塗り付けたナイフを握る。

絶望している三人の表情。
それだけでクルエリティは満腹になるような思いだった。

「くそっ!クル‥‥俺がお前を止めて‥‥」

囚人がギュッと拳を握り、クルエリティを真っ直ぐに見て言いかけたが、

「‥‥悔しいなぁ」

囚人の隣で、ミモリが静かに言ったので囚人は言葉を止める。

「姉さんを目覚めさせる為に、ロスの体を奪い、ヴァニシュちゃんを‥‥二人を、消しちまったのに、それはもう、意味を成さないなんて」

ミモリは寂しそうな表情をして、隣に立つ囚人を見つめ、

「なあ、囚人」
「‥‥なんだよ?」
「‥‥」

ミモリは右手を自らの胸元に当てて、

「本当に‥‥こんな結末、見るに耐えない後味の悪い話ばかりだな。でも‥‥逆に、幸せな話だってあったんだ。それは、それぞれの解釈次第だけどな」
「ジジイ、何を言ってんだよ」
「でも、これでおしまい。これが、赤髪の魔王様が最後に語るべき物語」

ミモリは囚人を見つめ、次にシステルを見つめて、

「俺はやっぱり見届けられなかったけれど‥‥でも、お前が‥‥お前達が見届けてくれるもんな。救ってくれるもんな!囚人が俺を救ってくれたみたいに、システルがロスを救ってくれたみたいに‥‥!」

何かを決意するような、そんなミモリに、

「ミモリさん‥‥ーーロス!!!!?」

思わずシステルは彼の名を呼んだ。

ミモリは小さく笑い、

(なあ、囚人、システル。お前達のこと、本当に‥‥好きだぜ。でも‥‥ここは俺が動かなきゃな。悪いなコア‥‥お兄さん。お前を置き去りにして。クルエリティ‥‥姉さん‥‥)

ゆっくりと目を閉じ、次に大きく目を開かせて、赤髪の魔王はいつもの自分らしく、ニヤッと笑った。


・To Be Continued・

空想アリア



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