愛憎の夜明けを迎える刻


「気付かなかったわ」

魔女の声が、沈黙を破る。

「ロスーーそう。あんたが、愚弟と同じ存在だったなんてね。だって、全く別人すぎたから」

魔女は囚人とフェイス、ミモリに振り向きながら静かに言った。
ミモリは困ったような顔で魔女を、姉を見つめる。

「ねえ、ロス。いいや、愚弟。あんたは私を愛さなかったのにね。精一杯、あんたの為だけに私は生きたのに、あんたは私をバケモノと呼んだ。でも、ロスは違う。ロスは血の繋がりのない妹を愛したわ。システルがどんなことをしようとも、愛し続けたわ。あんたと違ってね」

冷ややかに言われて、ミモリは歯を食い縛り、

「くっ‥‥はは、随分と好きに言ってくれるな、姉さんよ。そうだよ、最後の最期に俺はお前を愛せなかったよ。だってお前は自分勝手だった!!なんの事実も俺に打ち明けないまま、騙し騙しにガキだった俺を連れ回して‥‥俺達にはちゃんと、父親も母親もいたのに、そのことすら‥‥」

姉によってこの世界に甦らせられた時、自分自身でさえ幼くて忘れていた過去を、コアによって脳裏に植え付けられた。

ほんの些細な嫉妬から、教会の子供達に家族を持つ自分達が虐められていたこと。
特に、姉が、自分を守る為に、酷い仕打ちを、受けていたこと。
そうして、幼い身に無理矢理に魔力を取り込み、ようやくの思いで自分達を苦しめた子供達を教会ごと燃やしたがーー両親は教会の子らを助ける為にその炎の中で死んだこと。

その後、姉は自分を守りながら転々と旅をして‥‥生きる為に、その身を売って路銀を稼いでいたこと。

何もかも、唯一愛を注げるべき弟の為だけに。

ミモリはギュッと拳を握り、

「お前は‥‥姉さんは‥‥不器用すぎたんだよ。愛って、なんだ?なんで姉さんにとって、愛ってもんはそんなに重いんだよ!?愛なんかなくたって、俺達は、姉弟だったろう‥‥?なんでもかんでも愛にこじつけてんじゃねえよ!!」

必死に、訴えかけるように彼は叫んだ。だが、魔女は冷ややかなその表情を崩さない。

「別にあんたにわかってもらおうとは思わないよ。むしろ、愚弟‥‥あんたも、囚人も、私にとっては邪魔な存在なだけ。だったらもう、どうせ、こんな夢‥‥」
「‥‥っ、こんな夢、壊したいってか?じゃあなんだ。本物の、ガキのあんたが目覚めるのか。俺とヴァニシュちゃんがしたことに、意味はあったんだな‥‥?」

ミモリが魔女を睨み付けながら言えば、

「ああ、そう。やっぱりお嬢ちゃんは、消えたの。だからね。だから‥‥ますます維持しにくくなったのね、今の世界が」

魔女は自分の手をじっと見つめた。

「なら、とっとと本体が現れてくれたらいいんだけどな。いつまでも夢のお前と話してたってどうにもならないんだろ」

囚人が言えば、魔女はクスッと笑い、

「ふふ‥‥馬鹿だね。私が夢から目覚めたら、この夢は、終わるのよ。それは、私の夢であるあんた達が消えるってこと」

それに対し、囚人はニヤリと笑い返し、

「さてな。だが、本当にそうなのか?もう、この夢はとっくにお前の手から離れてるんだろ?なら、本当に俺達が消えるのか‥‥わからないだろ?俺達は本当に、お前の夢なのか?」

そう言ってやれば、

「本当に気に食わない男だね、あんたは」

魔女は嫌悪感をもって囚人に吐き捨てる。

「はは、だろうな。だが‥‥俺は信じたい。現に、俺が看取ったはずのジジイがここに居て、見送ったはずのフェイスがここに居る。これはもはや、お前の夢なんかじゃないと俺は思うんだ。そうだ、これは‥‥俺たちの世界で、俺たちの意志だ!」

その言葉に、フェイスは頷きながら彼を見上げ、強張った表情をしたままだったミモリは、肩の力を抜いて薄く笑みをこぼす。
魔女はため息を吐き、

「勝手に言っていればいいさ。いいよ、目覚めてあげる。そして証明してあげる。あんた達は私の夢で、消え‥‥」

そこまで言って、魔女は言葉を止めた。
大きく目を見開かせて、じっと、囚人達の後ろを見ている。つられて彼らも振り向けば、いつの間にかそこには、ディエとシステルが立っていた。

それよりも、ミモリは魔女の表情の意味に目を伏せる。
本当の弟がどれだけ訴えても表情一つ変えないというのに、ディエを見た途端、これだ。
少しだけ、それを歯痒く感じる。
そんな思考を振り切り、

「来てくれたんだな、二人共‥‥」
「ええ、ロス‥‥じゃなくて、ミモリさん」

システルは力強く頷き、

「あら、フェイス!まだこの人達と一緒だったの?」
「う、うん」
「‥‥なんだ?そののっぺらぼう」

ディエが怪訝そうにフェイスを見て言えば、フェイスはビクッと跳ね上がってしまう。
すかさず囚人はフェイスの前に立ち、

「ああん?!てめえ今なんつった、俺のかわいい妹になんつった?」
「は?妹?それが?ってかお前さっきも居たが誰なわけだよ」
「こいつ腹立つな!?」

囚人がミモリに振り向いて言えば、ミモリは苦笑するしか出来なかった。

「妹‥‥そう。フェイス、この人が、あなたが言っていた大切な家族だったのね」

システルが微笑んで言えば、

「う‥‥ん」

彼の本当の妹である彼女に、申し訳なさそうに頷く。

「実は俺も家族なんだぜ!な、囚人、フェイス!って‥‥こんな談話してる場合じゃねえな」

ミモリは頭を掻きながら言い、

「なあ、ディエ。まだ、思い出さないか?」

そう、ディエに聞いた。

ディエとシステルは前方を見つめる。魔女の姿を、見つめる。

「‥‥シャイさん」

システルはディエに寄り添いながら彼女の名を呟いた。共に過ごした日々の彼女とは雰囲気が違いすぎて、システルは表情を強張らせる。

「‥‥」

ディエは静かに魔女を見つめていたが、急にズキリと頭が痛み、額を押さえた。

「ディエさん‥‥!?もしかして思い出したの?」

その様子にシステルが聞けば、ディエは魔女を見つめたまま、

「‥‥いや、やっぱ知らねー女だ」

そう、頭痛に目を細めながら言う。

そんな彼を、少しだけ不安そうに魔女は見つめ返していたが、まだ彼の記憶が戻っていないことを知り、静かに微笑んだ。

「あんたは何も‥‥何も、思い出さなくていいよ。思い出さないまま、この夢を終わらせよう」

先程とは全く違う、優しい優しい声で魔女は言う。

「あはっ、終わらせるって言うのは、こっちの台詞なんだけどなー」

すると、また、新たな人物がゆっくりゆっくりと階段を上ってきて‥‥

「だってさ、僕が先に終わらせなきゃダメなんだもん。この復讐を‥‥さあ!?だから、魔女さんが終わらせちゃったらダメなんだよねぇ‥‥」

ケタケタと、奇妙な笑い声が空間を占める。

「クル‥‥!」
「くそ‥‥こんな時に‥‥」

囚人とミモリはクルエリティと魔女を交互に見た。二人が揃うことを予測はしていたが‥‥
これは、動きづらい状況になってしまったと感じる。

◆◆◆

ーー城の外では、しんしんと、赤い雪が降り続けていた。


「くっ‥‥てぃ‥‥」

眠ったままのマーシーは苦しそうに呻き、彼の名を口にする。

「リフェさん‥‥いけそうかい?」

赤い雪の大地に仰向けに寝かせたマーシーに寄り添い、コアは不安気に聞いた。
リフェにはコアの姿はやはり見えないが、

「‥‥和らげてあげることしか‥‥出来ないわ」

携帯していたメスや医薬品などが入った医療道具。今はそれだけを駆使して、彼女はマーシーを診ていた。

「だって‥‥回りすぎているから。一体いつからこんな‥‥こんな、酷いことを‥‥」

リフェは額から汗を流し、ゆっくりゆっくりと彼女の腹を割き、その中身を見る。

‥‥クルエリティがマーシーを預けてすぐに、そのことはわかっていた。

「マーシーちゃんは‥‥満面の笑顔で、生きたいと願ったのに。それを、クルエリティは、ずっと‥‥弄んで‥‥」

初めて見た時、たった数日前まで、余命はまだ二ヶ月だった少女。
しかし、今は、いつ死んだっておかしくない。

彼女の体にはじわじわと、日にちをかけて毒が流し込まれていたのだ。
そして、マーシーがリフェに預けられた時。
恐らくその日に、最後の仕上げとでも言うのだろうか。大量の毒が、マーシーの中に流し込まれていた。
即死したっておかしくないはずはのに、それでもマーシーは生きている。

実際に、マーシーの体に回された毒がクルエリティの仕業なのかはわからない。だが、それしかないであろう。

(助けてあげることは‥‥出来ない‥‥っ)

リフェはあの日、ミモリの命を救えなかった日と同等の思いを強いられた。

マーシーがクルエリティの行いを知っているのかどうかはわからない。
だが、それでも今、彼女はクルエリティの身を案じていた。


・To Be Continued・

空想アリア



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