明けない夢に少女がいた


「ったく!!城なんてもん初めて入ったが‥‥無駄に広いな」

ぐるぐるぐるぐる続く螺旋階段を駆け上がりながら囚人は言った。その後を、ぼんやりと体が透けたフェイスが着いて行く。

「お部屋もいっぱいあるけど‥‥上を目指したらいいのかなぁ」
「わかんねーけど‥‥全部の部屋を一々チェックしてられないからな。とりあえずまずてっぺんまで行って、そこに居なかったら隅々まで見るしかないか‥‥くそっ、ジジイの奴、早く来いよな!」

吐き捨てるように囚人が言えば、

「お爺やん、お兄やんの妹を案内するとか‥‥お別れしなきゃいけない人がいるとか言ってたね」
「‥‥ああ。今のあいつはジジイだが‥‥ロスの意思も交ざり合って、色々あるんだろうな」

そこで、囚人は階段の途中で一旦足を止め、呼吸を整えた。

「お兄やん‥‥大丈夫!?」
「ああ‥‥だが、さすがに魔女のとこに辿り着くまでにヘロヘロになってたらヤバイな。俺は、魔女を止めて、クルも止めなきゃいけない‥‥俺が、やらなきゃいけないんだ‥‥クルはあの時、俺が‥‥目の前で、見捨てちまったから」

その言葉に、フェイスは先刻のクルエリティの恨みの言葉を思い出す。

『お前達は僕を見殺しにした。誰も、来てくれなかった!!僕だけが、一人苦しんだ!!!』

そう叫んだ彼の顔は狂喜に歪んでいた。でも、きっと、否ーー絶対に、言葉通り、言葉以上に彼は苦しんでいたのだ。
赤髪の魔王に名前を支配されたままの呪縛だけじゃない。
囚人は、あの時は名前を支配されたせいだと言おうとしていたが、内心ではクルエリティの言葉が重くのし掛かっていたのだろう。

目の前で、赤い海に落ちて行ったクルエリティ。
伸ばした手は届かなかった。
それを、見殺しにした、見捨てたと言われたら‥‥そんなつもりはなくても、クルエリティからそう思われていたと知った囚人は、辛かっただろう。

そして、クルエリティから多くを奪った赤髪の魔王。そんな彼を囚人は助けた。
そのことを、深い深い知識の海の中で、クルエリティは見ていたのだと言う。
クルエリティが苦しんでいた間、囚人はクルエリティを助けずに、クルエリティを苦しめた赤髪の魔王を助けていた。

クルエリティはあれからずっと、海の中で、ひとりぼっちだった。

フェイスは、息を整えている囚人の背中をじっと見つめる。そして、

「違うよ、お兄やん」

静かな声で言い、

「お兄やんがやらなきゃいけないんじゃなくて、皆でやらなきゃいけないんだよ。お兄やんだけがお兄やんなわけじゃない!私だって、クルやんのお姉やんなんだから!それに、クルやんだって本当は知ってるよ。お兄やんがクルやんを見捨てたわけじゃないってこと」

肩で呼吸しながら、背中越しに囚人は彼女の言葉を聞く。

「クルやん、ひとりぼっちになっちゃったから。だから、私たちを待ち続ける寂しさが怒りに変わって、憎しみに変わっちゃったんだよ。だから‥‥一緒にクルやんを迎えに行こう。お兄やんと私とお爺やんと」

フェイスは棒のような真っ白な腕を胸にあて、

「デシやんとフォシやんとユズやんとナツレ姉。皆が、クルやんの家族なんだから。その為に、私の魂はここに留まることを決めたんだから。クルやんが帰ってくるまで、私だって、お兄やんに負けないぐらいがんばるよ!」

その真っ白な両腕を大袈裟に上に上げて、フェイスは言った。
息を整え終えた囚人は、何も言わないまま先へ進むのを再開する。フェイスは慌てて腕を下ろし、後を追った。
しばらくして、

「‥‥なあ、フェイス」
「う、うん?」

ようやく囚人が声を掛けてくるので、何か気に障ることを言ってしまっただろうかと、フェイスは不安に思う。

「お前はさ、ずっとそうだな。俺を‥‥励まして、支えてくれる」
「そんなことないよ。お兄やんが自分で進んで‥‥」
「知ってたか?現に俺は、あの集落で過ごした日々で‥‥夢の中で、お前に一番救われてたんだぞ」
「私に?」

不思議そうにフェイスが聞けば、

「気付いたら、お前は俺の傍にいた。俺がおかしくならないように、ずっとずっと。だから今回、あの集落でお前の魂を見送ったはずだったのに、お前の魂はまだここに在るとかで‥‥最初はショックだったけどよ‥‥本当は、またこうして会えて、本当に、嬉しかった」
「‥‥」

柔らかく、穏やかな声だった。本当に心から、そう思ってくれているのだろう。
フェイスは歩きながら俯き、

「‥‥そっか、そう‥‥なんだ。良かった‥‥ジャマじゃなくて‥‥」

ぽつりと、小さく言った。
もしかしたら、自分の存在は邪魔なんじゃないだろうかと何度か考えていたから。
本当の妹、システルが居るのに、自分が隣に居ていいはずがないと考えていたから。

「‥‥!‥‥なあ、フェイス、覚えてるか?」

急に囚人が立ち止まり、何かに驚くように言って、フェイスは顔を上げた。そして、フェイスも驚いた。

いつの間にか、かなり上まで来ていたようだ。
螺旋階段の窓の外は、空に近かった。

不思議な光景だ。
赤い赤い空の上に、星空があった。
大きな満月が浮かび、満天の星が輝いている。

「‥‥満開の、星空」

ぽつりと、フェイスは呟いた。

「奇妙な光景で、こんな場所だけどよ」

満開の星空を皆で見ようーーフェイスが言い出して、後に囚人が約束したこと。

「‥‥きれい。皆で、見たかったね」

寂しそうな声でフェイスが言い、今の彼女の体に触れられないことが歯痒かった。
すると、

「俺も見てるぜ。クルも見てるんじゃねーかな」

背後からそんな声がして、

「お爺やん!!!!」

フェイスが声を上げる。

「遅くなって悪かったな。いやー、それよか、二人の空間、邪魔しちゃった?」
「ううん、そんなことないよ!」
「いや、フェイスはよくても囚人の話な」

ミモリが茶化すように言えば、

「遅れて来て何を言ってやがんだジジイ」

と、囚人に睨まれた。

「くはっ。まあ、それよかフェイス。大丈夫だぜ。その約束は、ある意味、果たされた」
「?」
「まあ、後でよーくわかるさ。それよか、もうすぐアブノーマルの元に辿り着く。たぶん、後からシステルとディエも来る」
「お爺やん、お別れっていうのは、済んだの?」

フェイスが聞けば、

「‥‥ああ。済んだよ」

少しだけ悲しそうな表情をしてミモリは答え、螺旋階段の先を見つめる。

「その子のお陰で、姉さんをなんとか出来るかもしれない。だから、全部無駄にしない為にも‥‥」

ミモリは両手を囚人とフェイスの前に差し出し、

「俺も一緒に‥‥頑張ってもいいかな」

照れ臭そうに言うので、囚人とフェイスは呆気にとられた後、

「ぶっ‥‥はははは!なんだよ今更!」
「ふふっ、あはははは!お爺やん、変なのー」

二人して大笑いした後に、二人はミモリの手に自分達の手を乗せて、

「ああ、皆で、頑張ろう。そうだよな、フェイス」
「うん!!!!」

その光景に、

「ありがとう、俺の‥‥家族!」

ミモリもにっこりと笑った。

そうして、三人で螺旋階段を上った先に、先ほど窓から見た大きな月と、星空が眼前に広がる。
広いホールのような、バルコニーのような殺風景な場所。
その中央には、満月を見上げる赤髪の魔女の姿があった。


・To Be Continued・

空想アリア



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