善もなく悪もなく、僕らを包んでくれた


景色は、元に戻った。
元にと言っても、真っ赤に染まった雪の大地であるが。
そこに立ち尽くすのは、ディエとシステル、ヴァニシュとリフェ、そして、

「終わったね。それで、どうするか決めたのかい?」

眠らせたマーシーを腕に抱いた、声だけしかしない存在コアがそう言って、

「その声‥‥さっき、シャイさんと出てきた、図書館の‥‥?」

聞き覚えのある声にシステルは言った。

「そうだよ。ぼくはコア。魔女アブノーマルによって魔王なんて存在にされた死者であり、君達と同じく夢物語の住人さ」

なんて言って、

「夢物語って‥‥本当に?本当に、さっきの映像というか‥‥過去?‥‥本当に、あの赤髪の少女の夢だって言うの?この世界も、私達も‥‥」

両手を胸元で組み、リフェが姿の見えない彼に問う。

「そうだよ。ぼくは存在していた。ぼくは死んだ。ぼくは彼女の夢の中で新たに想像された。確かに生きていた日々の記憶を持つ、ただの夢の存在」

変わらず静かな声音でコアは言い、

「けれど‥‥夢は彼女の手から放れた。彼女はぼくらをもはや操作しきれない。ぼくらは自我を持っているから。そんな世界を、今、彼女はまた壊そうとしている。違う夢を見ようとしている」

徐々にコアの口調が早まり、

「そんなの、嫌だろう?」

力強く言った。

「ぼくは、ずっと前に全部諦めて、彼女からも逃げ出した。そんなぼくは、もはや何をする権利もない。でも君達は、今の君達の思い出を、存在を、全てなかったことにされるなんて嫌だろう?はい、これは全部夢でした、次は別の登場人物の夢を見ましょうーーそんな理由で簡単に消されたくないだろう?」

その言葉に、リフェは瞳を揺らし、

「ねえ‥‥まさか‥‥私は、父の‥‥実験の成果で‥‥命の灯火が見える。まさか、それ自体も、あなたの言う、魔女や魔王みたいな‥‥力なの?」

そう尋ねれば、

「そうだろうね。君の家系、あの城の主君の血には、恐らく彼女‥‥アブノーマルの血が流れていて、君も、彼女の遠い遠い子孫になるんだろう。君の父の実験も、彼女の夢の、束の間の暇潰しなんだろうね」

言い放たれて、リフェは肩を震わせ、

「そんな‥‥そんなの‥‥じゃあ、私はなんだったの?私の思いは‥‥いきなさいと私に言った、父の思いは‥‥なんだったの?!」

荒げた声と共に、次第に涙を流すリフェの背をヴァニシュが擦ってやる。
そんなリフェの様子に、

「‥‥ね?悔しいだろう?」

コアは言い、

「だから、決めるんだ。君達がどうしたいのか。ディエ、君はまだ彼女を思い出せないだろうけど、もうすぐ‥‥思い出すよ。そうしたら、きっと君が彼女を救ってくれる‥‥」
「あ?」

急に名指しされた、シャイを忘れたままのディエは眉を潜めた。
そこで、姿の見えないコアの方をヴァニシュはじっと見つめ、

「コアさん、私はどうしたらいいんですか?」
「‥‥覚悟はあるのかい?」
「覚悟も何も、そうしないといけないんですよね、よく、わかりませんが」

そんな会話の流れを、ディエとシステルは不思議そうに見ていて、ヴァニシュはそんな二人に振り向き、

「とある場所に正常者を守る結界を張っていたーーそれは、私とディエさんが暮らした村であり、後にシステルさんとロスさんが暮らしていた場所ですよね、コアさん」
「そうだね」
「そこに集った正常者が全て異常に堕ちるか、命が潰えた時に‥‥シャイさんは、あの少女は、目覚めるんですね?」
「そうだね」

それを聞いたシステルは、

「それって‥‥さっきのシャイさんの過去で言っていた‥‥?まっ、待ってよ、それじゃあ、ママは?ママ、何する気なの!?」

ヴァニシュは首を横に振り、システルの前に立った。そうして彼女の手を取り、

「あなたと私は、同じ歳ですよ、システルさん。ママなんて、もうやめましょう。そんなのより、名前で呼んでもらえたら嬉しいです」
「え‥‥」
「システルさん‥‥シャイさんと、義兄さんのこと、よろしくお願いしますね」

力強く、祈るように彼女の手を握り、そっとその手を離す。

「え、え‥‥ま‥‥ま‥‥?」

システルは困惑するようにヴァニシュを見ることしか出来なくて。

「賭けだよ、ヴァニシュ。もし君が消えた瞬間、不安定なアブノーマルが自分を魔女だということを忘れていたらなんの意味も成さないまま、君は無意味に消えるだけ。それでも?」

再びコアに問われ、

「それしか、少女を目覚めさせる方法がそれしかないのなら」
「そうか。なら‥‥ロスの元に行っておいで。彼が、うまいこと君を消してくれるから」
「ロスさんが‥‥?」

少しだけ困ったようにヴァニシュは言う。

「おい、待てよ、何を勝手な話‥‥」
「義兄さん」

ヴァニシュは今度はディエの方に振り向き、

「約束を守って下さいね」

その言葉に、

『システルさんに優しくしてあげて下さい。シャイさんを思い出す時がいつか来たら‥‥シャイさんにも優しくしてあげて下さい。』

それを、ディエは思い浮かべる。

「まあ、なんです。シャイさんの過去を見ましたけど、未だ実感ないですね。魔法だの、夢の世界だの‥‥本当は全部信じきれないけど‥‥」

ヴァニシュは視線を落とし、

『ヴァニシュちゃん。俺は一足先にシャイを止めに行くよ、俺が止めてやらねえと駄目なんだ』

ロスの先刻の言葉。
あの時点で、もはやロスがロスでないことはわかりきっていた。
でも、彼の中に、ロスが在るのは確か。
そして、シャイをどうにかするには、ロスーーミモリの存在は必要不可欠なのだろう。

ヴァニシュは視線を上げ、

「まあ、なんです。ディエさんとロスさんはシャイさんに必要な存在ですし、システルさんはロスさんに必要な存在。赤髪の魔女と魔王の物語に影響を与える存在ってな感じかなって。そしたら、私は特にそこには関わってませんし、私の存在一つで少女自身が作った遊びから少女が目覚めるのなら」

ぐっと、掌を握り締めた。

「‥‥でも、そんなの嫌よ‥‥」

そう言ったのはシステルで。

「だって、ロスも居なくなっちゃった‥‥ヴァニシュも居なくなっちゃうの?私‥‥身勝手ばかりして、皆を傷付けて‥‥ごめんなさいもまだ、言ってない‥‥」

と、かつての、出会った日々の、異常に呑まれていた日々を、悔いるようにギュッと目を閉じている。

「あなたとロスが、こんな私を見捨てなかったから、今の私があるのよ‥‥!」

しかし、ヴァニシュは首を横に振って、

「あなたを救ったのは、いつだってロスさんです、それを、忘れないであげて下さいーーシステル」

そう名前を呼ばれて、必死になっていたシステルだが、ハッと目を見開かせ、徐々に冷静に、諦めるかのように視線を落としていく。
そんな彼女を少しだけ寂しそうに見つめ、

「さて、じゃあ‥‥どうなるかわからないけど、ロスさんの所に行ってこようかな」

そう言うと、

「あの赤髪の女のことは思い出せねえ‥‥だが、なんでお前があんな女の為に動く必要がある?これが、あの女の夢だって?今までの出来事が、全部夢だって?その女が目覚めて世界を壊すのをやめさせて、お前が消えてロスだってわけわかんねーもんになって‥‥その先に何があるってんだよ?」

少しだけ怒り混じりの声でディエが言い、それに答えたのはコアだった。

「確かに、最初はただの夢だった。彼女が動かす夢だった。けれど、今は違うんだ。この夢の中で、確かに人は結ばれ親となり、子を成し、命が育まれている。だから‥‥ぼくにも本当はよくわからないんだ。今、この瞬間も、本当にただの、彼女の夢なのかなって」

コアは、ディエを、システルを、ヴァニシュを、リフェを、そして腕に抱いたままのマーシーを順番に見つめ、

「だからこそ、彼女が目覚めてくれたなら‥‥もしかしたら、奇跡が‥‥」

ドスッーーと、姿の見えないコアの声のする方にディエはナイフを投げ付け、それは赤い雪の大地に虚しく突き刺さる。

「奇跡だって?はっ、笑えるぜ。夢だなんだどーだっていいんだよ。ただなぁ、奇跡が起きたってなぁ、その先にこいつもロスも居ないんだろ?あれは、ロスじゃねえ。そのぐらい、俺にもわかる。こいつらが居ないってんなら、俺はこんな夢、終わっちまってもいい。俺にあの赤髪の女を救えだ?こいつを犠牲にしてだ?知らねーよんなの、お前で勝手にしてろよ」

そう、ディエはコアに向かって口早に言って。
コアは言葉を探した。
確かに身勝手なのはわかっている。
本当ならば、本当に彼女と関わりのある、本当の世界で彼女と出会った自分やミモリがなんとかしなければいけない。
でも、それは不可能だから。
決めつけじゃない。

愛を求めた彼女は最早、愛でしか、救えない。

その愛は、完璧なもの、彼女が望む愛じゃなければいけない。

なぜ彼女がディエを選んだのかはコアにはわからない。
だが、だが‥‥

「‥‥身勝手なのは、わかってる‥‥でも‥‥このままじゃ、誰も‥‥」

震えるコアの声。
先程の過去を見て、コアだってアブノーマルの運命に巻き込まれ、永い時を独りで悩み、生きていたことはわかる。
だが、彼の声はもう、彼女には届かないこともわかった。

「ぼくは逃げ続けていた。こんな最後の最後に抗おうとするなんて情けないけど‥‥ぼくはいいんだ、消えても。でも、彼女を‥‥救ってあげて欲しい。世界を憎んでしまった彼女を。あの時ぼくが‥‥ぼくさえ死ななかったら‥‥ぼくは彼女とミモリともっと一緒にいてあげれたかもしれない、そしたら、彼女に愛をあげれたかもしれない、彼女が世界を壊してしまうことはなかったかもしれない!」

コアはヴァニシュの方を見て、

「君の魂を保管してあげることは出来ない!君が、彼女が作り上げた完全な正常者が潰えた時こそ、彼女が目覚める最後のチャンスなんだ‥‥でも、でも‥‥もしかしたら、奇跡が起きるかもしれない!今は消えても、もしかしたら‥‥」
「チッーー!だからんなもん」

奇跡を唱い続けるコアに苛立ったディエだが、

「大丈夫です、コアさん。私は私の意思で、大好きだったシャイさんを救ってあげたい。だから、行きます」
「‥‥うう」

迷いのないヴァニシュの言葉に、コアは久しい涙を流す。

「以前の、村の外から出た私は‥‥今と違って誰の目にも入らなかった。でも、あの日々で、ロスさんとシャイさんは私を見つけてくれて、気遣ってくれることがあった。そんな些細なことが、私は幸せだった。こんなの、誰にもわかってもらえないと思うけど‥‥」

ヴァニシュはディエとシステルを見て、

「さあ、こんなところでぐだぐだ話し続けてる時間はないと思います。貴方の気持ちも、システルさんの気持ちも、理解した上で、行かせて下さい」
「わからないわよぉ、そんなの‥‥」

システルはぼろぼろと涙を溢し、ディエの背に顔を埋め、

「‥‥」

そうして、彼はーー。


◆◆◆◆


「もう別れは済ませて来たのかよ?」
「ええ」

ミモリに問われ、ヴァニシュは頷く。

「皮肉だな、お前ロスが好きだったんだろ?一応そのロスによって消されるなんてな」
「‥‥あの、ミモリさん。一つ聞いても?」
「なんだ?」
「ミモリさんは、奇跡って信じます?」

そう聞かれたミモリは目を丸くし、ヴァニシュは笑われるんだろうなと思ったが、

「ああ。信じる」

意外な返答に、今度はヴァニシュが目を丸くした。

「俺はよ、皮肉なもんだが、奇跡に救われた。自分が壊しちまった連中に、救われちまったんだよ」
「へえー」
「へえーって、聞いときながらなんだよ」
「いや、ミモリさんがどんな人かあまりよくわからないけど、今、ロスさんみたいな優しい顔してたから」
「してねーし」
「してましたよー」

二人は笑い合った。

「なんか不思議。あなたはロスさんじゃないのに、なんだか話しやすい」
「‥‥なんか俺もなんだよな。こりゃあ、ロスの影響か?もっと時間があったらわかるんだがな」

ミモリは城を見上げ、

「‥‥ここにシャイさんが居て、もう誰か向かってるんですね」

ヴァニシュの言葉にミモリは頷く。

「じゃあ尚更、急いで私が消えないと。シャイさんを、あの少女を‥‥夢から目覚めさせてあげて、この世界を守らないと」
「‥‥ん。マジでいいの?」
「ええ、奇跡を信じてますから」
「ん」

ミモリは肩を竦め、

「なら、はい」

と、両腕を広げるのでヴァニシュは首を傾げる。

「ギューッてこと」
「え、ええー?」

促され、ヴァニシュは顔を赤くした。「早くしろって」と、ミモリに急かされ、渋々ヴァニシュは彼の前に行き、その腕に包まれる。

「はは、恥ずかしいなぁ、なんだか。体はロスさんだもんなぁ」
「まあ気にすんなって」

ミモリは彼女の体を強く抱き締め、

「‥‥ごめんな、ヴァニシュちゃん。失敗してもしなくても‥‥俺もすぐ後を追う流れになるから」

その言葉にヴァニシュは目を見開かせ、

「そんな‥‥システルさんが‥‥」
「もう俺が居なくても、システルは、ディエが、家族が、守ってくれるさ」

優しい声でミモリが言い、

「考えたらさ、君だけが、ひとりぼっちになっちゃうもんな。だから、そうはさせないさ」

そうして、続くその声は‥‥

「優柔不断だけどさ‥‥君のことも、とても、とても、大好きだよ、ヴァニシュちゃん」

その声は、震えていた。
きっとずっと、言えなくて、ようやく絞り出せた言葉なのであろう。

「だから、奇跡を待とう。今度こそ、皆で、生きてみよう」
「‥‥」

彼はもう、ロスではない。
けれど、ミモリの腕の中でヴァニシュは静かに涙を流し、

「嘘でも、とても嬉しいです‥‥村が燃やされた時、あなたが私を見つけてくれたから、あなたが一緒に行こうと言ってくれたから、私は今、ここに居るんです‥‥だから私、待ってます。今度こそ、皆で、仲良く‥‥」

ミモリに与えられた、名前を支配する力。

ヴァニシューーその名の意味の通り、ミモリはヴァニシュの存在を消した。消滅させた。

腕に抱いていた彼女はもう、居ない。
誰の感情なのかわからない伝う涙を拭い、

「待ってろよ、囚人、フェイス、皆。そして、アブノーマル、クルエリティ‥‥」

聳え立つ城を睨み付け、もはや立ち止まる時間はない、彼もそこに足を踏み入れた。


・To Be Continued・

空想アリア



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