「姉さん‥‥僕さ、ううん、僕達さ、教会みたいなとこに、住んでた?」

ミモリがようやく十歳を過ぎた頃、彼はとある街の教会の十字架を見上げながら言った。
少女は一瞬、身構えたが、

「さあ‥‥どうして?」
「‥‥酷く、殴られたような、色んな記憶があるんだ。あと、燃え上がる、教会の姿と‥‥僕らの、父さんと、母さん?」
「‥‥」

幼かったミモリはあの日、何もわからずただ、泣きじゃくっていただけ。
なのに、残っていたのだろうかーー微かに、記憶に‥‥脳裏に、焼き付いていたのだろうか。

「‥‥私は知らないわ」

少女はただただ首を横に振り、しかし次にミモリが、

「昔、雪の街に図書館があって、優しいお兄さんが居たよね。でも、災害で死んじゃって‥‥姉さんは、死体を、見捨てた」

『見捨てた』ーーそんな言葉に少女の顔は一瞬固まり、

「姉さんは昔から僕に何かを隠してるよね?それに、どうして僕は姉さんと二人でずっと歩き続けてるの?どうして一つの場所で静かに生きれないの?姉さん、どうし」
「ミモリ」

止まらない弟からの追求に、少女は冷ややかに弟の名前を呼ぶ。

「ミモリ。姉さんはね、ミモリの幸せだけを願ってるの。あなたが幸せになってくれなきゃ‥‥私は‥‥」

そこまで言って、そこで少女は嘔気に襲われ、慌ててミモリに背を向けて、

「いい?ミモリ。この世界は汚いの。あなたはそれを知らなくていいの」

それだけ言って、弟がどんな表情をしているのかーーそれすら見ずに立ち去った。
否ーー‥‥余裕が、なかった。


「うっ‥‥ううぅ‥‥うぇえぇ‥‥」

人知れず、少女は泣いた、泣き続けた。

どうして自分がこんな目に、どうしてーーそう、思うことが、最近多い。
それと言うものの、あれから数年経っても、彼女の腹は得体の知れない赤ん坊を孕み続け、産み続けた。
産声すら上げない、真っ赤に蠢くそれ。

行く先々で少女はそれを産み落とし、捨て去って行く。
それらが成長しているのか、栄養不足で死んでいっているのか、そんなこと知らない。

ただ、少女は自分をこう思った。

まるで、悪魔。
まるで、魔女みたいだ、と。

行く先々は、平穏などではない。
子供二人の旅路、それは奇怪な目で見られ、時には弟に魔の手や危害が加わりそうになるのを少女は察知し、弟に気付かれないよう自分が犠牲になり続けた。

どうして自分がこんな目にーー。

けれど、少女は自業自得だとわかっている。

自分は弟から親も、住む場所も奪ってしまったから。
だから、本当は知っていた。

少女が弟に抱いている感情は、愛情なんかじゃない。

この感情は、罪滅ぼしだ。

だから、弟に、ミモリには自分がしてきたことを否定されたくない、拒絶されたくない。
だって、そうされたら、

(私は‥‥耐え続けることが、出来なくなってしまう)

息を吐き、顔を上げ、弟の元に戻ろうとした時、

「ねえ、さん‥‥」
「?」

後ろから、掠れたようなミモリの声がして少女は不思議そうに振り向いた。
振り向いて、理解できなかった。

「‥‥な、に」

震えた手を、僅かに前に伸ばす。

「おーおー、本当に居るじゃないか、赤髪の女の方が」
「言ったろ?赤髪なんてこの地域じゃ珍しい。男より女のが高値がつくだろうよ」

下卑た、中年の男二人の卑しい笑い声。
だが、話の内容など少女にはどうでも良かった。

ぽた、ポタと、地面に滴る紅。
片方の男の腕には、酷い暴行を受けたことが見てとれるミモリが襟元を掴まれ、ぶら下がった状態でいる。

少女は目を見開かせ、

「‥‥あんた達、なに、してんの、ミモリに‥‥私の‥‥弟にーー!!!!!!!?」

そこから先は、頭が沸騰するように熱くなり、何も、何も、目に入らなかった。

頭が冷静になった頃、辺りは焼け野はらになり、少女は自分が魔法を暴走させたのだと気付く。

そこに転がるのは、先程まで下卑た笑みを浮かべていた男二人の焼け焦げた死体。
隣に、同じように焼け焦げて転がっているのは‥‥

「み‥‥ミモリ!!!!!!」

紛れもない、守り続けると決めた弟の姿。

「ミモリ、ミモリ、ミモリ!!!!?私、違う‥‥私が、私がミモリを!!!!?」

少女は彼の体を抱き上げ、激しく揺さ振り、

「‥‥」

うっすらと、その目が開かれたことに気付いた。

「ミモ‥‥っ」
「ばけ‥‥も‥‥の」

静かに、弟の口から放たれた言葉。
力ないその目は、姉を見る目ではなく、恨みや、言葉通り化け物を見るような、そんな目。
そうして、ミモリは姉だった者の腕の中で、息を引き取った。

「ばけ‥‥もの‥‥ばけ、もの?‥‥は、はは、あ、ははははは、私が、バケモノ?」

ドサリ。
少女は焼け焦げた、弟だったそれを地面に投げ捨てる。
いつの間にか、周囲に多くの人の気配がしていた。

近くの街の住人達が、どこからかは知らないが、光景を見ていたのだろう。

「ひ、人に対して魔法を‥‥」
「こ、殺したのか?」
「あの子、まだ若いんじゃ‥‥」
「禁忌じゃ‥‥禁忌じゃ‥‥!!!」


魔法ーーそれは、生活の営みの為だけに使われるもの。

十五の歳を過ぎた頃、人間の体に魔力と言うものが生まれ、自然を生み出すことが出来るようになる。

魔法は、人に害を与えてはいけない。
それは、禁忌である。


その全てを少女は破っていた。
そしてその光景を、とうとう目にされた。

「魔女じゃ!!!!其奴は禁忌を侵した魔女じゃああああああ!!!!!」

一人の老婆が杖の切っ先を少女に向け、狂ったように叫ぶ。

「‥‥ふふ、あははははははははははは、アハハハハハハハハ?魔女、魔女?魔女ですって?魔女って、何?よくお話にある、お姫様を騙す魔女のこと?」

濁った天を仰ぎ、少女は涙を流しながら高笑いをする。

狂った笑いは雷鳴を喚び、海原を荒れさせ、世界中を業火で包んだ。

弟を守る為に魔物を食ったあの日。
少女の中の魔力は日に日に力を育み続け、普通のものではなくなっていた。

何がしたかったのか、なんの為に生きていたのか、誰の為にここまでしたのかーー。
最早、なんの理由もない。

その日、世界は死んだ。
自身の魔法に巻き込まれた彼女の体は、深く、深く海の底へ、深淵へと沈み行く。

薄ら笑いを浮かべ、もう、何もかも、どうでも良くなった。

この海に身を委ねよう‥‥そう思った時、何かが上から沈んで来る。

無数の、赤い、何か。
あれは‥‥自分が産み落として来た、バケモノ達だ。

それらは沈み行く少女を取り囲み、まるで寄り添うかのように共に沈んで行く。

(私‥‥あんた達を‥‥捨て去ったのに‥‥あんた達は、私を、捨てないの?)

ぼんやりとそう思い、

(そうね‥‥そう、そうね。あんた達も、愛が、欲しいのね。じゃあ、一緒に、夢を見ましょう。醜い世界の夢を。そんな醜い世界で、愛を見つける夢を‥‥私を裏切った、あの二人も連れて来てあげましょう‥‥だって、世界が元から醜いのなら、もう、私は‥‥傷付くことは、ないわ‥‥)

少女の夢は、祈りは、その身と共に深淵へと沈み、沈み‥‥

そうして、魔女の夢が始まった。



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