深夜、街は大きな地震に襲われた。
大地は揺れ、雪崩が起きる。

少女は弟を守るよう腕の中に覆い、ひたすら雪崩が起きていない街の外に走った。
そこには、同じように逃げ延びた街の住人達も居る。

子供を残して来てしまったとか、旦那が自分達を逃がしてくれたとか、あいつがまだ街に、あの人が雪崩の下敷きにーー‥‥そんな言葉達が、次々に悲痛な叫びとなっていく。

少女は自分とミモリが無事だったことに安堵し、キョロキョロとコアの姿を探した。
ただ、彼は図書館で働いているだけで、この街の住人かどうかはわからない。

揺れが治まった頃、街の建物は雪崩で破壊され、聳え立つ城だけがそのままの姿をしていた。

ーー明朝。
泊まっていた宿も形を成さない為、少女とミモリは街を発つこととする。

家をなくした者、大事な人をなくした者。
転がる死体達。

あの日ーー焼け焦げて崩れた教会の中から現れた、無数の遺体を少女は思い出し、歯を軋めた。

「‥‥」

幼い、こんな光景を知らないミモリは、ガタガタと震えながら姉の腕を掴んでいる。
そんな弟を見つめ、醜い感情だけが今、少女の胸を占める。
自分と、ミモリが無事で良かったーーと。
街の住人の嘆きを置き去りにし、

「行きましょう、ミモリ‥‥今度こそ、平和に暮らしましょう」

少女はそう言いながら、ガラスの破片や崩れた家の瓦礫を踏み締め、街の外に出ようとしたーーが。

「‥‥」

とあるものに目を奪われる。
崩壊した家の下敷きになっている、もう動かない死体を見つめた。
それは、見覚えのある青いマントに、銀の髪。

「コア」

少女はそれだけ言い、思わず駆け寄る。

「こ、あ‥‥」

少女は彼の傍に膝を落とした。
渇ききった口は開き、うっすらと開いている光のない目。
背中には瓦礫がのし掛かり、冷たい雪にその身は投げ込まれている。

「ほんの‥‥おにいさん?」

少女はビクッと肩を揺らし、勢い良く背後に振り向いた。
コアの死体を見つめ、ミモリがぼんやりと立ち尽くしている。
少女は慌てて立ち上がり、ミモリの肩を掴んでくるりと街の外にその体を向け、

「早く、行きましょう、ミモリ」

弟の腕を強引に引いて歩き出す。しかし、

「まって!あれは、ほんのおにいさん!」

いつも黙って少女に腕を引かれているミモリが、初めて彼女の手を振りほどいた。

「たすけてあげないと」

ミモリはそう、子供ながら必死に、わけもわからず泣きそうな顔をして言う。
少女は再びミモリの腕を掴み、

「行くのよ!!!」

そう、今度は振りほどけないよう力一杯にミモリの腕を引いた。

いたい!おにいさんが!うで、いたい!ーー背後でそんな弟の声がしたが、生きる為に‥‥ミモリが汚れた世界を知らずに成長できるようにーー少女の頭はそれで一杯だった。

しかし、歩き続けていく内に、

ぼくは君達の味方になりたい。
友達に、なろう。
絶対に、裏切らないから!

コアの、言葉が、脳裏を支配する。

(コア‥‥)

少女はたった数回しか会えなかった彼を思い浮かべ、

(うそつき、うそつき。うそつきうそつきうそつきうそつきウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキうそつき‥‥嘘吐き!!!!)

彼を、約束破りだと、いい加減だと、勝手に死んだとーー少女はコアを勝手に憎んだ。

(誰も‥‥誰の言葉も要らない。信じない。何度も騙されて、何度も裏切られたんだ。私には、ミモリだけでいい)

えんえんと泣きじゃくる弟の手を引いて、少女はひたすらに、ひたすらに、雪の砂漠を渡った。

そんな最中に、体の怠さと重み、唐突な吐き気に襲われ、後にーー自分は妊娠しているのだと知ることになる。



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