ーーそれは、本当の家族を持った君を、みんな羨んでいたんだろうね。

いつしか辿り着いた雪国。
そこで、少女はその言葉を聞くこととなった。

「ねーさん‥‥さむい」

ようやく片言ながらも言葉を話せるようになった弟、ミモリ。

「我慢して。街に着いたから‥‥宿を探しましょう」

少女は初めて訪れる街をキョロキョロと見渡す。

故郷から逃げ去り、あれから姉弟二人、各地を転々として来た。
とある理由で一つの場所に長居は出来なかったが‥‥金は、十分なほど貯めた。
これだけあれば、しばらくはこの街に留まれそうである。

少女は宿屋でチェックインを済ませ、先に弟を部屋に入らせ、自身は買い出しに出た。

(‥‥寒い)

白い息が、天に天に昇る。
街の人の視線が、痛い。

(そうだ、服も、買わなきゃな)

少女は雪国に相応しくない袖のない真っ白なワンピースを着て、両腕には包帯を、顔にはガーゼを貼り付けた痛々しい姿のままで。

「ごほごほっ‥‥げほっ‥‥」

相も変わらず咳と共に血が吐き出る。
十五に満たない体で、本来ならば自然に生まれるはずの魔力を無理矢理に取り込んだ代償。

(‥‥はあ、はあ‥‥ちょっと、休んだ方が良かったかしら)

少女はそう思い、ぐらりと体を揺らし、雪の大地に倒れ込みそうになる。
だが、グイッと強い力に腕を掴まれ、その場に立たされた。

「大丈夫?」
「‥‥」

それは、少年の声。
ぼんやりと霞んだ少女の目にはーー姿までは映らなかった。


◆◆◆◆


「‥‥」

目を開ければ、天井が遠い。

「ここ、は‥‥」

見知らぬ部屋、見知らぬベッドの中。
宿屋ではなかった。
窓の外ではしんしんと雪が降り続け、空はすっかり暗く、街の灯りが浮かんでいる。
少女はベッドから抜け出し、部屋の外に出てみれば、

「‥‥わあっ!?」

思わずそんな声が出てしまった。
部屋中が本棚であり、ビッシリと本が並んでいる。
下の階も上の階もあるようだ。

「‥‥あ、起きたんだね」

と、少年の声。
本棚の裏から、銀の短い髪に、真っ黒な目、青いマントを靡かせた少年が現れた。
それは、先ほど倒れそうになった少女の腕を引いてくれた少年。
少女より少しだけ歳は上に見える。

「あ‥‥えっと」
「ここは街の図書館だよ。もう夜だから閉館時間。ぼくと君だけだから、安心して」

少年はヘラッと笑った。

「私‥‥気を失ってたの?」
「うん。倒れそうになってて、体を支えた時にはもう、意識を失ってたから。慌てて仕事先に運んで来ちゃった」

少年はこの図書館で働いているらしく、本の仕入れ作業で外に出た時に倒れかけた少女を見つけ、慌ててそのまま仕事先である図書館に連れて来て、休憩室で休ませていたと説明する。

「館長や他の仕事仲間、お客さんもビックリさせちゃったけど、館長に、責任もって目が覚めるまでお前が看病しろ!って言われちゃって。病院ももう閉まっちゃってる時間だったからさ」

と、少年が状況を説明してくれた。

「そうだったの‥‥ありがとう、ごめんなさい」

少女が丁寧に頭を下げながら言えば、

「いいってそんな。それより、その怪我は‥‥」
「あ‥‥!!大変‥‥ミモリ!」

少年の言葉を遮りながら少女は宿に置いて来たままの弟を思い出す。

「ど、どうしたの?」
「弟を宿に残して来たままなの!戻らなきゃ」
「‥‥あ、待って!もう暗いし、着いて行くよ。あ、階段降りて、下で待ってて、すぐ来るから!」

慌ててどこかに走って行く少年を見ながら、言われた通り少女は階段を降り、出口の前で待った。
しばらくして少年が何かを抱えて降りて来て、

「はい、これ。そんな格好じゃ寒いだろ?」

と、赤色の暖かそうなコートを差し出してきて、少女は戸惑う。

「これ、図書館で貸出ししてるやつだから。また、いつでも返しに来てくれたらいいから」
「‥‥ありがとう」

借りたコートを羽織って、少女と少年は街に出た。少年に案内されながら、開いている店で買い出しも済ませ、宿の前まで戻る。

「今日は、本当にありがとう。またコートを返しに行くわ。あ‥‥私は×××」
「ぼくはコア。色々と話したいことがあるけど、弟さんが待ってるんだよね。ぼくはしょっちゅう図書館で働いてるから、君がこの街に居る間、いつでも来てね。良かったら、弟さんも連れて」

少年ーーコアはそう言って、手を振りながら帰って行った。

少女は、久し振りに人のあたたかさを感じたような気がした。

それから少女は急いで宿に入り、自分達の泊まる部屋に走り、

「‥‥ミモ‥‥」

ドアを開けながら名前を呼ぼうとしたが、ミモリはベッドで丸まって寝ていた。

痩せ細った体、あれから、裕福な生活は何一つ出来ていない。

まだ幼かったミモリはーー父と母の存在を覚えていないし、教会で過ごした頃のことも覚えていないはずだ。
彼の中には、姉の存在のみしかなく、今この生活が、当たり前なのだろう。

少女は何度も何度も思った。
自分が魔法で教会を焼き払わなければ、父と母は死ななかった。
でも、魔法で教会を焼き払わなければ、あの悪夢はずっと、姉弟を苦しめた。

(私は‥‥間違ってない。それに、父様と母様が愛していたのは、私達じゃない。あの子供達なの。だから、あの子供達の為に死んだ。私達を愛してると嘯(うそぶ)きながら)

少女は眠る弟の髪を優しく撫で、

(だから、ミモリは何も知らないままでいい。あなたは幸せになって。だって、ミモリだけは私を姉として愛してくれてる。だから、私も弟を守る)

そう思いながら、でもなぜか、頬には涙が伝った。



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