時の欠けたページ


赤く染まった雪の大地。
それが血なのかなんなのかはわからない。
ただ、まるで海だった。
赤い、赤い海原がこの場所を飲み込もうとしているような、そんな光景。

狂喜的なクルエリティの笑い声が響き渡る。しかし、囚人は彼を見つめて微笑み、

「‥‥元気にしてたか?クル。大きく、なったな」
「‥‥ふふ。君は、あの頃と変わらないままだね、囚人。ただ、顔に傷を作ったぐらいかな?でも、変わらない。あの時の姿のままだ」

クルエリティに言われ、囚人は頷いた。

「お前が生きてて、本当に良かった。俺はずっと‥‥」
「黙れよ裏切り者」

囚人の言葉を遮り、ピシャリと冷たい声をクルエリティは落とし、

「お前は‥‥お前達は僕を見殺しにした。魔女によって冷たい海に投げ捨てられ、魔女の呪いによって永い永い刻を深く冷たい海の中で生かされて、様々な知識が僕の小さな脳を貫いて‥‥」

クルエリティは、まるで左目を剥き出すようにして囚人を睨み、

「誰も、来てくれなかった!!僕だけが、一人苦しんだ!!!なのに、僕の目を、腕を奪った魔王をお前は助けた‥‥!僕を、見捨てたくせに!?」
「クル、それは違」
「違わない、何も違わない!!!」

まるで子供が駄々をこねるように、クルエリティは赤い雪を蹴り上げて首をぶんぶんと激しく横に振る。
そして、もう一度だけ左目をカッと見開かせて、

「魔王と魔女が僕の人生を歪め、お前含め、あの集落の奴等は皆、僕を裏切った!僕なんかよりも、魔王を赦して、魔王を受け入れて‥‥だから、そんな愚かな‥‥そう、愚者共をーー!僕のこの手で眠らせてやるんだ、フフ、ふふフ‥‥ヒヒヒ‥‥」

奇妙な笑い声が、クルエリティの口から漏れ出ていた。

「クル、それは違う。お前のその思いは全部‥‥魔王の、ミモリの力の‥‥くそっ‥‥」

囚人は歯を食い縛り、悔しげに呻く。
忽然と、目の前からクルエリティの姿が消えていた。

「‥‥お兄やん」

そこで、ずっと隣に居たフェイスが囚人に声を掛け、

「クルやんは、もう、私の姿‥‥見えないんだね」

小さく言う。
囚人とクルエリティが話している間、フェイスはずっと囚人の隣に居た。けれど、クルエリティはフェイスの存在に気付いてはいなくて。

「でも、クルやん、生きてた。私の大事な家族、大事な弟。大人になって、ちゃんと、生きてたんだね」

フェイスは安堵の声と悲痛な声を交えて言い、

「‥‥ああ。生きてるんだ、あいつは。だから、まだ、なんとかなる。絶対に、助けてやらねえと」

囚人は力強く拳を握りしめて言い、

「だが、その為にはまず何をするか、だな。やっぱこの現象は魔女アブノーマルがやらかしてんだろうし‥‥」

赤い雪原を見渡しながら囚人はため息吐く。

「クルを助ける前に、俺達が魔女に殺られちまうかもしれねえ。それに、クルは恐らく魔女を殺しに行こうとするだろうし‥‥」

囚人が頭を悩ませていると、

「やっと来たか、囚人」

背後から声を掛けられ、囚人が振り向けば、

「お前は、システルの‥‥ロス、だったか?あれから無事に逃げれたんだな。じゃあ、システルも無事か。なら良かっ‥‥‥ん?」

そこに立っていたのはロスだが、どこかこの前会った時と雰囲気が違っていて。
どこか、この雰囲気を知っているような感じがして。

「‥‥お前‥‥ジジイ?‥‥ミモリ、か?」
「‥‥くはっ」

ロスは小さく笑い、

「ミモリとか呼ぶなよ。俺の名前はメモリーだ。ミモリは‥‥あの女が勝手にそう、呼んでただけだっての」
「‥‥は?え?な、なんなんだ?お前、誰だよ?だって、ジジイは死んで、灰は集落の海に流したし‥‥」

囚人が頭をこんがらがせていると、

「おいロス!お前いきなり飛び出して、一体どうしたんだ?」

更にロスの後ろから囚人と同じように頭をこんがらがせているディエと、そのディエの腕にピッタリとくっついている少女、システルが現れて‥‥
囚人は意識をその場に戻し、

「‥‥ほーう、ふーん、へぇー」

目を細めてディエを見据える。
ジロジロ見てくる見知らぬ男ーー囚人に、

「あ?なんだこの目付き悪い火傷男」

当然ディエは眉を潜め、

「あ‥‥あなたは、あの時、私とパパを助けてくれた‥‥」

システルが囚人を見て言い、

「囚人、気持ちはわかるが今は嫉妬してる場合じゃない。これでやっと、アブノーマルの物語に巻き込まれた全員が、ここに集ったんだ」

ロスは大きく息を吸い、それから、

「‥‥お前も‥‥そんなになってまで来てくれて、ありがとな」

体の透けたフェイスを見て言えば、

「‥‥お爺‥‥やん。本当だ、本当に本当の‥‥お爺やんだ!!」

思わずフェイスは駆け出し、触れられないにも関わらず、ロスの体に抱きついた。
ロスも触れれはしないが、透けた彼女の背に手を回し、

「‥‥」

何も、言うことが出来なかった。
フェイスを、集落を破滅させたのは、自分だから。

ロスは唇を噛み締め、

「‥‥俺は、ロスでもあるし、赤髪の魔王でもある。だが、そんな話は後回しだ」
「いや、わけわかんねーぞ」

ディエが言い、

「状況だけ言えば、赤髪の魔女とクルエリティが目的は違うが色々と壊そうとしてる感じだな」

ロスが言うも、

「ジジイ、そりゃ大雑把すぎだろ」

囚人が突っ込みを入れた。

「いや、本当に時間が‥‥ほらな?」

ロスが肩を竦めれば、この街に続々と集っていた異常者達の体がドロドロと溶け出し、赤い泥になって大地に染み込んでいく。

「なっ、なんなの?」

ディエの腕にしがみついたままシステルが言い、

「だから‥‥この異常な世界自体が、魔女の、アブノーマルの遊び場なんだよ」

静かにロスが言って、

「ーー囚人さん!?」

今度はリフェの声がして、

「あ、先生」

こちらに走ってくるリフェの姿を捉えた。
その後ろで、ぐったりと青白い顔をしたマーシーを背負ったヴァニシュが歩いていて。

ロスはここに集った面子を目で数え、

「ちょうどいい、揃ったか‥‥コア、手短に頼むぞ」

そう、静かに言えば、ロスの隣にコアの姿が現れた。
しかし、その少年の姿が見えているのは僅かである。
コアはぐったりとしたマーシーをちらっと見て、

「先に、マーシーだけこっちに」
「‥‥?」

マーシーを背負っているヴァニシュだが、ヴァニシュは声だけしか聞こえなくて、コアの姿は見えなかった。
それに気付いたロスが、

「ヴァニシュちゃん、その子、こっちに連れて来て」

そう言って、

「だ‥‥だいじょぶ‥‥歩ける、よ。ひとりで、だいじょぶ」

と、マーシーは自らヴァニシュの背から降りる。

先刻まで、彼女は元気そうだった。
しかし、急に気分が悪くなったと言い、急激な熱がマーシーを襲い始める。

マーシーはコアの姿を捉え、フラフラとした足取りで彼の方へと歩いた。

「コア‥‥えへへ、なかなか、遊びにいけなくって、ごめんね」

マーシーはか細く笑い、

「マーシー‥‥可哀想に‥‥」

コアはマーシーの肩を支え、

「君は、少しお休み。君は、魔女なんかの物語に、関わらなくていい」

そう言うと、マーシーはすうっと目を閉じ、すぐに寝息を立てた。

「え?マーシーちゃん?」

リフェにもコアの姿は見えていないが、何かに凭れるようにマーシーがすぐ眠りに就いた為、驚きしかない。

「‥‥全く。メモリー、ぼくが干渉するのはこれっきりだからね。ほら、君達。しっかり見るんだよ。今から君達に、魔女アブノーマルの全てを見せるから。その後どうするかはご自由に」

そこでコアの声が消え、ロス以外の面子は何もわからないまま、この展開に頭が追い付いていないというのに、辺りは急に闇に包まれた。


・To Be Continued・
空想アリア



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