よろこばしき日に出会えたのならば
「でね!クッティは魚と野菜ばっかり食べるの!お肉も食べなきゃって言うのにぜんぜんお肉は食べなくて。だからクッティはあんなひょろひょろなんだよ!」
「‥‥そっかぁ」
リフェの家でヴァニシュが出会った少女マーシー。
リフェに安静にしていなさいと言われ、マーシーは与えられたベッドに潜り込みながら、共に行動している男の話をしていた。
そんな話を、ヴァニシュは一室の椅子に座りながら聞いている。
(クッティーークルエリティ。彼は紛れもない、異常者だ。でも‥‥この子に害はなかったのか?)
ヴァニシュは困ったような顔をして、嬉しそうに彼の話をするマーシーを見つめた。
「ヴァニシュさん」
そこで、部屋の外からリフェの声がして、
「あなたの知り合いという男の人が来たのだけれど‥‥」
それを聞き、ディエは先程ここを去った為、ヴァニシュはロスを思い浮かべる。
マーシーに少しだけ待っていてと伝え、ヴァニシュは玄関に向かった。そこに立つ赤髪の男を見つめ、
「ロスさ‥‥」
言い掛けて、ヴァニシュは言葉を止める。
そこに立つのは、確かにロスだ。
しかし彼は、黒いフードに身を包み、明るかった赤髪が、暗い色をしている。カチューシャも外しており、ツンツンと立っていた髪がサラリと流れていて。
その目はどこか虚ろだった。
「ヴァニシュちゃん。俺は一足先にシャイを止めに行くよ」
「え!?」
唐突なロスの言葉にヴァニシュは声を上げる。
「俺が止めてやらねえと駄目なんだ」
「ロス、さん?」
真剣な表情でそう言う目の前の男は確かにロスであるが、どこか、違って。
何事だろうと、リフェが心配そうにヴァニシュの後ろから様子を見ていた。
ロスはちらりと、一室から見える壁に貼られた落書きを見つめる。
次にロスはヴァニシュの後ろに立つリフェを見つめ、
「約束守ってくれてありがとな、先生」
それだけ言って、ロスはリフェの家から出て行った。
「え‥‥?あれ?リフェさん、ロスさんと知り合い、でしたか?」
ヴァニシュは後ろを振り向き、彼女を不思議そうに見る。するとリフェは両手で自身の顔を覆い隠し、肩を震わせていた。
彼が亡くなる数日前に描いていた【囚人の家族】と称した絵。
「先生、俺が死んだ後でいいからこれ飾っててよ」
彼が、そう言っていたこと。しかし、
「囚人さんの家族?‥‥あら?でもこの絵‥‥赤髪さんは居ないんじゃないかしら?」
その絵の中に、彼自身が居なかったこと。
「俺はここに居なくていいんだ」
そう、彼が言っていたこと。
今しがた目の前に居た男は、姿形は全く別人だった。しかし、同じ、魂だった。
「赤髪さん‥‥赤髪さん、なのね」
ヴァニシュは現状を理解出来なかったが、肩を震わせ泣いているリフェの体をただ静かに支えた。
ーー降り止むことのない雪の中をロスは歩き、ディエとシステルが居るはずの宿を見つめる。
システルは未だ、ソファーで眠りに就いていた。だが、頭の中でずっと声がしている。
「システル、ねえ、システル。ほら、そろそろ起きなきゃ。もうすぐお兄やんが来るよ?お兄やんが来たら‥‥魔女だって動き出すから。だから、ほら、早く」
自分より遥かに幼い少女、フェイスの声。
「んー、ふわぁー‥‥フェイス?」
ようやく目を開け、ソファーから身を起こしながら、システルはフェイスの姿を捜すが、
(ん。なんだ、夢ね。)
そう思い、少し離れた場所で壁に凭れて立ち、ナイフを磨いているディエの姿を捉えた。
「え?!ディエさん!?あれ、パパは?」
「ロスなら一時間ぐらい前にお前を俺に任せて廃図書館に行ったぞ」
「まあっ!」
システルはソファーから立ち上がり、
「じゃあ、私は今、ディエさんと二人きり!?」
「そーなるな」
舞い上がるシステルを余所に、ディエはナイフに視線を落とし続ける。
「‥‥ふふっ!」
「なんだよ」
「ディエさんと二人きりになるの、初めてだなって思って」
「そーか?」
システルは嬉しそうに笑い、
「ええ。あの頃は‥‥絶対にシャイさんが居たし、パパ‥‥兄ちゃんが私とディエさん二人にさせなかったし、今はディエさん、ママと一緒だし。だから、初めて」
それがそんなに嬉しいのか、システルは無邪気に笑う。
「‥‥」
ディエはナイフを見つめたまま、ロスやヴァニシュの言葉を思い出していた。
システルがディエを愛しているんだということを。
「お前さ」
「はい」
「ロスの気持ちは知ってんのか?」
「ええ、パパはママが好きです」
「それもそうだがそうじゃなく」
「パパはママが好きで、私のことも好きーーって話ですよね?」
その言葉に「知ってたのかよ」と、ディエは息を吐いた。
「ええ。パパ‥‥兄ちゃん‥‥ロスの気持ちは、幼い頃から知ってましたよ。でも、ロスは私にとっては家族なの。ロスには感謝してる。救われてきた。でも、家族として。それは、永遠に変わらない」
システルは自らの胸に手を当て、
「だって私は、あなたを好きになってしまったから」
そう、困ったような顔をして言う。
「そこが、あの頃からよくわかんねーんだよ。確かにお前は俺にくっついて来てたが‥‥なんで俺なんか?」
聞かれて、システルは胸に手を当てたまま俯き、
「ただの一目惚れだったんです」
そう苦笑し、
「ディエさんに出会うまで、私とロスは依存し合って生きてきた。兄妹、家族として。ただその肩書きの通りに、流れに身を任せて。それに、人はどれだけ異常でも、結局は何かに依存して生きていた。でも、ディエさんは迷いなく人を殺した。たぶん、世の中にはそんな人はたくさんいたのかもしれない。でも、私が見たのはディエさんが初めてだった」
システルは大きな瞳でディエを見つめ、
「だから、ディエさんに出会ってから、私は初めて他人に興味を持てた。どんなことだろうと、役に立ちたいなって、一番近くに居たいなって。あなたの生き方が、私にはとても綺麗に見えたの」
「‥‥ハッ」
そこまで語ったシステルをディエは嘲笑い、
「平気で人殺しするような人間が綺麗とか、お前」
「だって私も、異常者だから。だから、あなたの異常に惹かれちゃったんです、きっと!」
「‥‥お前は」
ディエはようやく顔を上げ、システルの顔を見る。
「お前はどうしたいんだ?俺とどうなりたい?」
そんなことを聞かれ、システルは小首を傾げて愛らしく笑み、
「二人が何を言ったのか知らないけど、私は何も望んでません。ただ、ディエさんの気持ちだけは聞きたいな。受け入れてくれるのなら受け入れて下さい。こっぴどく振るなら振って下さい。ディエさんがそんなだから、何も言わないから、駄目なんですよ?」
「‥‥」
ディエは数秒黙りこみ、
「ククッ‥‥」
「え?」
急に笑い出すディエにシステルが瞬きを数回すれば、
「お前はあいつらと違って真っ直ぐに言ってくるから、やりやすいな」
「‥‥そうですか?だって、偽ったって意味ないですし、思ってることはちゃんと伝えたいですし、そんなものじゃないかしら?」
「はは‥‥そんなもんなんだがな、それが出来る奴が少なすぎるんだよ、俺も含めてな」
ーー寒空に、白い息が舞う。
安っぽい宿の窓の隙間から聞こえた微かな二人の話し声。
そろそろ頃合いかと思い、ロスは宿屋に入り、二人が居る部屋をノックもせずに開けた。
「あ、パパ!」
最初にシステルが言い、ディエも扉の方に振り向く。
しかし、システルもディエもロスの姿に一瞬固まり、
「話の途中で悪いな。もうすぐ囚人が来るし、魔女も動き出すはずだ。俺らにもう逃げ場はない。だが、必ず俺が魔女を止めてみせる」
なんて、ロスが真剣な声音で言って‥‥
「は?ロス‥‥だよな?お前、どうした?ってか、囚人?」
「話は後だ。魔女だけじゃない、恐らくあいつも‥‥くそっ」
言葉の途中でロスは窓の外を見る。
「きゃっ!?な、何、これは」
システルは目を見開かせ、光景を見た。
白く染め上げられた大地が赤に染まり、まるで血の海と化す。
「はは。魔女も魔王も成長しない。血の海だなんて、あの時と全く一緒じゃないかぁ‥‥」
ずぶっ、ズブッーー‥‥
赤い大地を踏み締め、クルエリティは笑った。
「‥‥そうだな。あの日の集落と、同じだな」
背後から返ってきた相槌に、クルエリティは振り向かない。
「‥‥はははは、やっぱり君もそう思うでしょ?そうだよねぇ、目の当たりにしたもんね、一緒に」
それだけ言って、にっこりした表情で振り返り、
「すっごく、会いたかったよ」
そう言えば、
「俺もさ」
と、彼も答える。
クルエリティは全身が震え上がるのがわかった。
歓喜で、狂気で、憎悪で、殺意でーー!!
「本当に、ずっとずっと会いたかった!僕を見殺しにしたーー囚人!!君にね!!!」
・To Be Continued・
空想アリア