願わくば俺の屍に花が咲きますように


「さあ、ロス。君はそれでも彼女を救いたいのか?たった少しの縁しかなかった女だ。何も君達がどうこうしなくてもいいんじゃないか?今の話を聞いて、さあ、君の答えを聞かせてくれ」

コアのその問い掛けに、ロスは何も答えることが出来なかった。
それが出来なかったから、ロスは今、全身に汗が伝い、体が小刻みに震えていた。
だが、そこにあった感情は、恐怖ではない。

「今のは、なんだ?なんで俺に、こんなものを、見せた」

廃図書館なはずの、暗闇。
ロスは額に手を当てながら、姿の見えないコアに聞いた。

「ぼくは知ってるから。君が可哀想な人を放っておけない優しい奴だって。そこで君に問う」

コアは真剣な声を発し、

「君はね、一番可哀想な人の味方をする人間だ。今のを見て、君の気持ちはどうなった?」

そう、問い掛ける。
ロスは今しがた、先程の死体の山同様の幻影を見せられていた。
しかし、幻影とはいえ、実際に起きたことらしい。

シャイーー魔女アブノーマルの、過去だ。

「時間がないんだ、ロス。さあ、もう一度だけ聞く。君はそれでも彼女を救いたいのか?君はどう感じた?君の答えを聞かせてくれ」

急かすように聞いてくるコアに、

「そんなの‥‥わかるかよ!?なんで俺に見せた!俺だけが見たって、どうにもならないだろ!?システルやヴァニシュちゃん、ディエにだって見てもらわねーと‥‥こんなの‥‥俺一人でシャイのこと、どうにも出来ないだろ‥‥!?」

声を荒げたロスに、コアはため息を吐く。

「ロス。君の運命は、システルに出会って歪んだ。システルに出会った瞬間、君は大切なものを失ったんだ」
「なん‥‥だよ」

システルの名前が出て、ロスは目を見張った。

「君は親というものを知らない。家族というものを知らなかった。物心ついた時から、君は一人だったから。でも君は、システルという家族を得た。それが、君の過ちであり、君が大切なものを失った瞬間だ」
「っ!?何が言いたい!俺がシステルに出会ったのが悪いってか?」
「そうさ」

間髪いれず、コアは返答する。
ロスはぶんぶんと力強く首を横に振り、

「俺は、システルに出会ったお陰で守りたいものが出来たんだ!システルのお陰で、家族も、好きな子も出来た‥‥一人で生きてきたガキの俺は、システルに出会った時から救われたんだ!」

そう叫んだ。

「‥‥君は考えたことはないのかい?自分が何処から来たのか、何処で生まれたのか、親は?家族は?君の物心ついた初めての瞬間は、いつからだ?君は、本当は、誰なのか?」
「‥‥?」

コアの言葉に、ロスはぽかんと口を開ける。
そんなもの、考えたことが‥‥
いや、考えたことは、あったのかもしれない。
けれど、システルに出会ったあの瞬間から、考えなくなった。
システルが、居るから。
ディエに出会い、シャイに出会い、ヴァニシュに出会いーー自分の過去なんて、一切考えなかった。

ただ、誰かを案じた。

一番に、システルの幸せを。
ディエとヴァニシュのことを。
居なくなったシャイのことを。

(俺は、俺のことを、考えて、いない?)

冷や汗が、流れる。

システルもディエも自分の生きたいように生きているし、ヴァニシュも自分の悩みをたくさん持っている、シャイだって、己が為に。

(俺だけが、俺のことを、考えていない)

目眩がした。なんで、気付かなかったのだろうと。
なんで、他者の悩みばかりを、共感して生きて来たのだろうと。いつから、いつから‥‥

「少しは気付いたようだね。君に残された僅かな異常に」

静まり返った空間に、コアの声が響く。

「君は君自身を失いかけているんだ、ロス。システルに出会う前は、自分が生きる為に、自分の為に生きていたはずなのに、システルに出会った君は、君自身の生き方を失った。それは、今も。自分の幸せすら考えず、他者の幸せだけを考える君は、そうだね‥‥優しいわけじゃない。愚かなだけだ」
「‥‥」

頭が、痛む。
ロスは強く目を閉じ、額を押さえた。

「だからこそ、君が君を取り戻せば‥‥君にはわかると思うんだ。アブノーマルの気持ちが。ぼくはね、君を頼りにしている。だって‥‥」
「おっと、やめてあげてくれるかな?」

コアの声の途中で、知らない男の声が間に入り、ロスは顔を上げる。
コアと違って、その男の姿は捉えることが出来た。

真っ黒なローブに身を包んだ、自分より少し暗い色をした赤髪の、赤い目をした男。
だが、鋭いその目がどこかーー自分に似ているな、なんて、ロスは感じる。

「お前、こんなとこに居たのか」
「え?」

赤髪の男に言われ、ロスは疑問を返した。

「まあ、知らないよな、俺のことは」

赤髪の男は可笑しそうに笑い、

「俺は赤髪の魔王とか呼ばれてた、お前らがシャイと呼ぶ女の弟で、本名はメモリーだ。ややこしいだろ、姉弟揃ってアブノーマルだメモリーだ」
「シャイの、弟‥‥!?さっきの‥‥」
「ん?あー。こいつがなんか見せたのか」

と、赤髪の男ーーメモリーの隣にコアが居るのだろうか、メモリーは自分の隣を指差す。

「メモリー。大人しくしていてと頼んだはずだけど」
「お前に魂預けといて正解だったぜ。お陰でこいつに会えたからな」

メモリーはロスをじっと見て、

「はは、ガキっぽいけど、やっぱ俺にそっくりだわ!特に目付き」
「‥‥え?」

そんなことを言われ、先刻自分もそう思ってしまった為、ドキッとした。

「まあ、なんだ。悪かったな、棄てちまって」

メモリーが言い、

「どういう‥‥」
「んー。まあ、退屈しのぎだったわけ。俺は死者の魂を扱うことが出来る。色んな形の異形を作って、その魂を入れたりしてさ‥‥ちょっと自分そっくりなのも作ってみたわけだ。それが、二十年ぐらい前だったか」

二十年前ーー。死者の魂だとか、メモリーが何を言っているのかはよくわからない。ただ、ロスは今年で二十歳になった。
まさか、まさかと、メモリーの言葉を待つ。

「まあ、ここまで言ったらわかるよな。お前は俺のクローンみたいなもんだ。魂は、どっかで殺した赤ん坊のものを最初に入れてみた。一から育ててみようかと思ったが、やっぱ性に合わなくてな。数年してすぐに破棄したわけ」
「‥‥メモリー」

コアが低い声で彼の名前を呼んだ。

「なんだよ。お前だって、だからこそこいつに期待してるんだろ。なんたって実質、俺の細胞の一部も使ったんだから、こいつだって‥‥あいつの弟みたいなもんだからな」
「だからって、順序があるだろう」
「回りくどいのはいいんだよ。俺が仕出かしたことだ。俺が俺の口でケリつけたいんだよ」

目の前で、メモリーとコアがそんな言い合いをして‥‥だが、

「この体が、作り物?魂が、死んだ赤ん坊の?」

ロスは自分の心臓の辺りをギュッと掴む。

「体は作り物だが、魂は一からだ。だから、人として育ったといえば育ったことになる。それに、お前の中で俺の細胞が微弱だが生きている。あとは‥‥」

メモリーは自身を指差し、

「俺の魂をお前の中に入れる」
「‥‥!?」

ロスは後退りながら、

「な、んだって?じゃあ、俺はどうなる!?今の俺は!?」
「安心しろよ。お前は消えない。ただ‥‥お前はどう思った?アブノーマルの過去を見て、どう思った?何かを感じたはずだ」
「それは‥‥」

ロスは俯く。
赤髪の、澄んだ青い目をした、血みどろの幼き少女。
その姿に、その運命に、全てから拒絶された彼女を見てーー。

「なんて、なんて酷い世界なんだって‥‥思っちまったよ‥‥!!」

そう、ロスが叫ぶ。そしたらメモリーはニッと笑い、

「同感!よし、大丈夫だ、お前は消えない。まあ、なんだ。信じられないかもだが信じろ。俺の魂受け入れたなら、俺の記憶も貰えて一石二鳥になるぜ!」

なんて、メモリーが言い、

「‥‥んなの知らねーよ。俺はお前のこと知らないんだから」

ロスは肩を竦めた。

「もうすぐ囚人もここに帰って来る。きっと、お前を助けてくれるから」
「囚人?」

メモリーは嬉しそうに頷き、

「そうだ、お前に本当の名前を教えとかなきゃな」
「‥‥俺の、名前」
「そうだ。お前はロスなんかじゃない。だが、大事な女から貰った名前だってんなら、好きな方を、好きな生き方を選べばいい。お前は作り物でも、魔王じゃないからな。自由に、運命を選べるんだから」

メモリーはロスの心臓の辺りに触れ、

「お前はーー。」


・To Be Continued・
空想アリア



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