口を塞いで言わなかったフリ


建物の裏を通りながら四人は宿に入った。
街の光景に、ロスとヴァニシュは険しい表情をしつつ、ディエとシステルは平然としている。

ヴァニシュはあの青年と少女が居るはずの二階を見つめるも、そこから人の気配は感じられず、

(あの男の人はまだ戻っていない?女の子は?)

疑問を抱きつつ、ディエが滞在している一室に入った。

宿に元からあるものだが、部屋の中にあるソファーにシステルが遠慮なく嬉しそうに座り、

「ディエさんここここ!」

と、隣を促すが、それを無視して彼は壁に凭れる。

「ぶー!じゃあパパとママここここ!」

システルは頬を膨らませながらも今度は真ん中に座り直し、両サイドにロスとヴァニシュを呼んだ。
二人は肩を竦めつつ、促されるがままにシステルの隣に座る。

そうして、四人はお互いの情報を共有した。

まずはロスとシステル。
システルに求婚して来ていた男達が豹変したこと。
顔に火傷を負った男が助けてくれたこと。
システルの記憶が戻ったこと。
フェイスが言っていた‘魔女’の話など。

次にヴァニシュ。
シャイに会ったこと。彼女が魔女だったこと。
宿の二階に泊まっていた男がシャイの知り合いだったこと。
その男は、時間の海に囚われ、色んな異常の物語が流れ込んで来て、自分達のことも知っているということ。

そしてディエだけが、やはりシャイのことを思い出していないこと。


「もしかしたら、それすら意図的なのかもしれません」

ヴァニシュが言い、

「シャイさんはディエさんに忘れられていることを、このままで構わない、今はまだ思い出されたところでなんの準備も出来てないーーそう言ってましたから」
「準備って、なんだろうな」

考えても当然、ロスにはわからない。

「とりあえずムカつくわね!準備って、ディエさんに何をする気なのかしら!?早くシャイさんを見つけてぶん殴らなきゃ!」

システルが小さな拳を握りながら言い、

「むしろ魔女ってのがいまいちわかんないよな。ヴァニシュちゃん曰く、異常か正常、どっちが勝つか見るゲームだったっけ?」

ロスに聞かれ、

「ええ。二年前に会った魔女の老婆はそう手紙に‥‥そうだ、一応あの手紙、今も持ってるんです。誰にも見せたことなかったですよね」

ヴァニシュはぎゅっと自身の手を握り、眉間に皺を寄せた。
あの森の中で首吊り自殺をしていた老婆の姿が、今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
あの後もう一度見に行った時には、死体は消えてなくなっていた。
雨風に拐われたのか、魔女と言うんだから自然に消えたのか、動物の餌になったのかーー真相はわからない。

ヴァニシュは隣の部屋に自身の荷物を取りに行き、手紙とペンダントを机に置いた。

「この黄色い石のペンダント。これを身に付けていると異常者に正常者の姿が捉えられるらしいです。そして」

次に、赤いペンで血文字のように走り書きされた手紙を指す。


「‥‥薄気味悪いな」

手紙に目を通したロスの感想はそれだった。

「ディエさんは読んだことあるの?」

システルが聞けば、

「いえ、今までしまいこんでいたから、本当に人に見せるのは初めてです」

ヴァニシュは言う。

「だからさー、ヴァニシュちゃんそこがダメなんだって」
「え」
「思ってることを突発的に言うのもダメだけど、君は本当に言わなきゃダメなことを自分の中に留めてしまう。俺達はもう友達だろ?だったら頼ってくれよ、な?」
「‥‥ロスさん。はい」

ロスの言葉にヴァニシュは頷き、

「あと、魔女の老婆は私が住んでいた村、今、ロスさんとシステルさんが居る村には異常者から正常者を守る結界が張られていたって言うんです。その結界は‥‥皆さんがあの村に訪れたあの時、壊されたらしいんですが」
「‥‥そっか」

ロスはあの村の末路と、初めてヴァニシュに会った時を思い出した。

「今思ったら、なぜあの村にそんな結界があったのか。でも、村の中は、現に父も母も異常者だった。それが引っ掛かるんです」
「確かに。異常者から守る結界なのに、中に異常者が最初から居るってのは‥‥何か仕組まれていたのか?」

ヴァニシュとロスはそこまで言い、ふと、システルとディエを見る。
システルはヴァニシュとロスの間で静かに話を聞いていて、ディエも壁に凭れたまま話を聞いていて。

「おい、お前らなぁ、なんか意見ないのかよ!俺とヴァニシュちゃんだけじゃないか、真剣にやってんの」

ロスが言えば、

「仕方ねーだろ、こちとらお前らみたいに情報持ってねーし第一あの赤髪の女のことすら思い出せねーんだ。俺よりお前らの方がいろいろ知ってんならお前らでどうにかしたらいいだろ」
「はぁああああ?!自分は関係ありませんってか?これだから異常者お前はまるで変わってないじゃないか!お前がシャイのこと思い出したら色々早いんだよ!あいつはお前のこと好きなんだし、たぶん弱点はお前だ!」
「あぁ?」
「ま‥‥まあまあ」

ヴァニシュは口論になりかけているロスとディエを宥めるように、

「少しだけ街中を探索した時、この街にある廃図書館、それから忘却の地の孤独の城、と呼ばれるあの場所。その二ヵ所が怪しいなとは思いますね。わかりませんが‥‥」
「廃図書館に城、か。聞くだけで怪しそうな感じはするな」

ロスが頷き、

「今すぐ乗り込むの?」

システルが目を輝かせながら言えば、

「そうしたいのは山々なんですが」

ヴァニシュはクルエリティのナイフに切られた右腕をちらっと見た。

(‥‥そうか。シャイさんじゃ、なかったのか)

あることに気付き、内心ホッとする。

「‥‥まさか、まだ体の調子がおかしいのか?なら、こんなとこに居ないで休まないと」

ロスが心配するように言い、

「‥‥」

ヴァニシュは、

「‥‥さっきロスさんに言われたようにちゃんと言わないとですね。私はシャイさんに殺されかけたと思ったんですが、多分、こっちの傷のせいですね。体が麻痺した感覚って言うのは、たぶん彼のナイフには毒か何かが練り込まれていた。彼とシャイさんの関係はわかりませんが、シャイさんを本気で殺すつもりなのが窺えます」

そこまで冷静に言い、しかし、

「ど、どどどど毒ぅぅぅぅ!?ちょっ、ダメじゃんそれ?!どうしたらいい!?え!?」
「パパ落ち着いて!」

取り乱すロスをシステルが宥めた。

「一応、この街に医者がいるらしいから、私はそこで診てもらおうかなって」
「なんで先に言わないんだよもーーー!」
「‥‥」

ロスが必死になって心配してくれて、ヴァニシュがそれに静かに微笑んだところで『バチンーー!』と頭の中央で大きな音が鳴り、脳が揺れるような感覚と、じわじわ激しくなっていく痛みが駆け巡る。

「ーーっう」

あまりの痛みに涙目になりながら顔を上げれば、

「おいお前、異常者バカ!なんてことしてんだ!」

と、ロスが怒鳴り、いつの間にかディエが目の前に居た。
どうやらディエに頭を叩かれたんだという事にヴァニシュは気付く。
ディエは少しだけ怒りの混じった目でヴァニシュを見下ろし、それから次はロスとヴァニシュの頭の上に手を置いた。

「‥‥場所はこの馬鹿が知ってる。医者んとこ連れてってやれ」

ディエはロスに言い、

「あと‥‥この馬鹿を、義妹のこと、やっぱお前になら頼めるわ。大事にしてやれ」

なんてことを言って、二人の頭の上から手が離れ、ロスもヴァニシュも喜ぶどころか冷や汗が走る。
ロスは大きなため息を吐き、

「ほんっとバカ、お前」

ディエに言い、

「悪いけど、俺にはヴァニシュちゃんを幸せに出来ねーし、俺達は‘友達’だ。だよな、ヴァニシュちゃん」

ロスは真剣な目でヴァニシュを見つめ、

「‥‥はい」

ヴァニシュも力強く頷いた。

「えー!?なんでなんで?パパ、ママのこと好きって言ってた」
「システルは黙ってて!」

割り込んでくるシステルをロスは慌てて止め、

「今ならヴァニシュちゃんだって色々考えれるようになったろうし、今すぐシャイをどうこう出来るわけじゃないだろ?それにお前はお義兄ちゃんなんだから、お義兄ちゃんらしく義妹を病院に連れてってやれ。まともな医者かどうかもわかんねーし、もし殺されそうになった時、俺がヴァニシュちゃんを守れると思うか?無理だろ?」

オロオロするシステルと、眉間に皺を寄せて立ち尽くすディエを余所に、

(ありがとう、ロスさん)

ヴァニシュは心の中でそう礼を言う。
ロスはソファーから立ち上がり、

「ほら!さっさと行け!」

ディエとヴァニシュの背中をぐいぐい押して、部屋の外に出し、バンッ!と扉を閉めた。

「あの野郎」

舌打ちしながらディエが言い、

「すみません、私のせいで」

ヴァニシュが謝れば、

「チッ」

もう一度、舌打ちをしてディエが宿を出るので、ヴァニシュはその後に続いた。

「えーーーー?なんで?なんでなの?パパとママ両思いでしょ?両思いでしょ?」

システルがロスに詰め寄り、

「そうだよ。俺はヴァニシュちゃんが好きだし、ヴァニシュちゃんも俺が好きみたいだ。でも、あの二人はさ、そんなんより義兄妹としても成り立っちゃいない。お互いがなんかお互いに遠慮して溝を作っちまって、義兄妹って肩書きだけで家族にすら成れちゃいないんだよ」
「うーん?」
「ほんと、あいつらのがよっぽどガキだよな。俺がお膳立てしてやんなきゃ駄目なんだから」

と、ロスは苦笑する。

(まあ、俺もダメだよなぁ。ヴァニシュちゃんも大事だし、システルも大事だ。でも、俺は何も選ばない。ただ、あの日、君に救われたから、だから、俺は君の幸せを願うだけだ)

そう、システルを見つめた。
自分に名前を与えてくれた少女。
自分に生きる理由を与えてくれた少女。
そのシステルの幸せを守ること。
それだけは、絶対にロスの中で揺らいではいけないことだった。

そうして、

(あとは、お前だけだな、シャイ)

孤独な魔女を、静かに思う。


・To Be Continued・

毒菓子



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