いつもの調子で


「正義、だって?」

ふんっ、と鼻を鳴らしてシャイは皮肉気に笑う。

「それに、魔女ーー私を殺す。随分と大きく出たのものだね、坊や。残念だけど、あんたに私は殺せない。なぜなら」

シャイは右手をクルエリティの居る方向に翳し、

「っ!?」

絶句すると同時にクルエリティの体は後方に弾き飛んだ。
遠くの方でドシャリと雪の中に落ちる音がする。

それを、今まで黙って見て聞いていたヴァニシュは、

「‥‥魔女。やっぱり、シャイさんが、魔女」

クルエリティによって切られた腕の傷を手で押さえ、そう呟きながらシャイを見た。

「とある魔女が、賭けだと手紙に記していました。正常者は異常者には叶わない、それを見届ける賭け。まるで、ゲームみたいに。シャイさんもそうだったんですか?あなたは本当に魔女なんですか?」

苦渋の顔をして、ヴァニシュはシャイに問い掛ける。だが、シャイは変わらず冷めた眼差しをしたまま、

「そんなことお嬢ちゃんが知る必要ないだろう?正常がどれだけ人の心を踏みにじり、抉り取るのかーーよく考えてみることだね」

言いながら、先程クルエリティを弾き飛ばした時と同じようにヴァニシュの方に手を翳し、逃げる間もないまま鋭い旋風が一直線に向かい、ヴァニシュの体も雪の大地に叩き付けられた。

「ぐっ‥‥痛っ‥‥」

仰向けに倒れたまま、なんとか顔だけ上げるが、シャイの姿は忽然と無くなっている。
次に顔だけ動かして後ろを見れば、先ほど弾き飛ばされたクルエリティの姿も無くなっていた。

「く、そ‥‥」

全身が激しく痛むが、それだけではない。先程の旋風には妙な感覚があった。
棘が突き刺さるような痛み、麻酔でも射たれたかのように、体が痺れている。

(動けるようになるまでこのままか)

と、雪に埋もれたまま灰色の空を仰ぎ、ずっとずっと、冷めきった目をしていたシャイを思い浮かべた。

(そうか‥‥シャイさんは、私のことが、嫌いだったのか)

シャイのことを好いていたヴァニシュにとって、それは耐え難いものである。

(‥‥なら、私が彼女をどうこうするのは、余計に彼女を苦しめてしまうのだろうか‥‥私は、自分は普通だと思っていた。でも、正常というのは、本当は普通じゃないのか?だって私は、彼女を苦しめてしまっていた。気付かない内に)

流石に降り積もる雪の中で体が凍るように冷えきるが、まだ体は動かない。

(そういえば、ロスさんにも言われたな。もう少し義兄さんの気持ちを考えろって。そうか、正常者っていうのは‥‥正常すぎて、自分が正しいと思い込んで、相手の気持ちを考えられないんだ。逆にロスさんも義兄さんも異常者だったし、正常になりつつあって、苦しむことも、苦しめることもよく知っている‥‥そうか、私には、異常がないんだ)

正常と異常ーーそれを兼ね合わせてこそ、人間なのだろうか。
そんな結論に辿り着きながら、ヴァニシュは動けない体で、更には睡魔が襲ってきた。

「は‥‥はは。シャイさんってば‥‥私を殺す気、満々なんだな。そっか‥‥ほんと、寂しいなぁ」

小さく呻くような声音で言い、ゆっくりと目を閉じようとした時、

「ママ!ママ!!」

そう叫ぶ、甲高い声が耳に響く。

(おかしいな、システルさんの声が‥‥こんなところに居るはず、ないのに)

目を閉じたままヴァニシュは思い、

「ママ!こんなところで寝たら死んじゃうわ!?パパ!早く!ママを運ばないと!」
「ま、待ってくれシステル‥‥はぁ、はあ、やっと追い付いた‥‥」

なんて、今度はロスの声がして、

(ああ。そうか‥‥幻聴?私、本当に死ぬんだ‥‥)

ヴァニシュはそう思い、薄く目を開ける。するとそこには、こんなに寒いのに顔を真っ赤にして必死な形相をするシステルと、いま正に自分の体を抱き抱えようとしているロスの姿があって‥‥

「‥‥現実?」

ぽつりとヴァニシュが言えば、

「ああ!ママ!良かったわ!ほら!パパ早く!」
「わかってるって!ったく、何やってんだよヴァニシュちゃん!」

ロスを急かすシステルと、呆れるようなロスの顔‥‥現実だった。


◆◆◆◆


がらんとした商業地のテントの下まで運ばれ、

「ど、どうして二人がここに‥‥」

ヴァニシュが聞けば、

「まあそれは後で。まずヴァニシュちゃんの状況を教えてくれ、なんか知らないけど怪我してるし、体、動かないっぽいし、どうなってんだ?」

ロスが眉間に皺を寄せながら聞いてきて、

「もしかしてですが、ロスさんも、シャイさんのこと‥‥思い出したりしましたか?」

恐る恐るヴァニシュが尋ねれば、ロスは大きく頷く。

「やっぱり、あいつは魔女なのか?」

ロスが聞けば、

「ど、どうしてそれを?」

当然ヴァニシュは驚いた。ロスはとりあえず先に話を聞かせてほしいとヴァニシュに言い、彼女は今しがたの出来事を話すこととする。


「‥‥そっか」

聞き終えたロスは息を吐き、

「シャイの奴、目的はなんなんだろうな」
「本当に‥‥ところで、ロスさん達はなぜここ‥‥」

次にロスとシステルの状況を聞こうとしたが、

「ねえママ!ディエさんはどこにいるの?」

システルに聞かれ、

「たぶん街に‥‥ん?」

そこでヴァニシュは口を止め、ロスを見た。ロスはため息を吐きながら額に手をあて、

「記憶、戻ったみたいなんだよ」
「‥‥ええ!?」

驚くヴァニシュを余所に、

「うふふ!早くディエさんに会いたいわ!シャイさんに邪魔される前に先手打たなくちゃ!」

なんてシステルは言って。

「ど、どうなってるんですか‥‥」

ヴァニシュはロスに説明を求めた。


・To Be Continued・

毒菓子



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