ドロリ、と出てきたキミの中


「本当に、来てくれたのね」

玄関のドアを開けながら、リフェは訪れた二人に微笑みを掛けた。

「でも、早く中に。外は騒がしいでしょう?」

そう、二人を促す。

「ねークッティ!もう先生の所に着いたんでしょ?外してよー」

と、マーシーの目はぐるぐるに巻かれたタオルで覆い隠されていた。

「ああ、ごめんごめん。外でほら、街の人が何やら大喧嘩してるみたいだからね、マーシー怖がると思って」

中に入りながら、クッティはマーシーの目を覆い隠したタオルをほどき、

「たしかに、なんだかこわい声がいっぱいしてたね‥‥大丈夫なのかな?」

マーシーが言えば、

「でもほら、そんなことより。今は自分のことを考えて」

そう言って、クッティはマーシーの背中を軽く押す。そして、目の前に立つリフェを見つめ、

「あ‥‥あの、えっと、先生、今日はよろしくお願いします」

ペコッとお辞儀をし、マーシーは言った。

「ええ。あなたがどんな病を抱えているのか、しっかり調べるわ」
「じゃあお姉さん。私は邪魔になるだけですから、時間を見計らって戻って来ます」
「ええ、わかったわ。安心して任せてちょうだい」

そう、リフェは力強い目をしてクッティを見る。まるで、絶対に大丈夫ーーという風に。

「じゃあ、マーシー」
「うん!‥‥ねえ、クッティ」
「うん?」
「あたしね」

リフェの家を出ようとするクッティの背に、

「あたしね、ずっと治らなくてもいいって思ってた。なんの病気かもわからないし‥‥」
「うん」
「でもね」

マーシーは肌身離さずポケットに入れている、コアから貰った押し花に触れ、

「元気になってみようかなって思うの。じゃなきゃ、クッティ、ひとりぼっちになっちゃうもんね!」
「はは、そんなの‥‥」
「どんなにつらくても、いつか、生きてたら、あきらめなかったら‥‥幸せになれるよね」
「‥‥」
「あたし、お友だちを作りたい。遊びたい。それに、クッティのことも、ちゃんと知りたい」

満面の笑顔でそう、言った。


マーシーの両親が殺人鬼様に殺されて数日。
生き残ったマーシーは村の外の浜辺で倒れる青年を見つけた。

「きゃっ」

思わずマーシーは小さく声を上げる。
倒れている青年は衣服を一切纏っておらず、おまけに右肩から先がない。

「う‥‥ぁ」

地面に這いつくばるように倒れた彼は、小さく呻き声を上げた。
マーシーは思わず、

「お兄さん、大丈夫?!」

と、慌てるような声で聞き、彼に小さな手を差し伸べる。
這いつくばったままの彼は弱々しく顔を上げ、マーシーの顔を見た。
その時、彼の左目は大きく開かれ‥‥

「お、お姉ちゃん‥‥顔が、できたの?」

そう、言って。
マーシーは慌てたまま、

「あ、あ‥‥ま、待ってて!服‥‥服を見てくる!」

そう言いながら村へと引き返し、家の中から父親が着ていた衣類を引っ張り出して青年の元へ戻った。
サイズは合っておらずぶかぶかであるが、全裸よりはマシだろう。

「だ、大丈夫?」

服を着て、座り込んでいる彼にもう一度聞けば、

「あ‥‥うん」

彼は頷いた。

「お兄さんなんでこんなところに、しかも裸で倒れてたの!?」

マーシーに問われ、

「え‥‥ぼ、僕‥‥は‥‥」

それからしばらくして、彼はたどたどしい口調で話をする。

自分は、両親から虐待を受けていたと。
殴られ、蹴飛ばされ、食事すら与えてもらえず、そのまま日を待って死ぬはずだったが、虐待に飽きた両親に海に投げ捨てられたと。

「あたしと同じ‥‥あたしも、ずっと同じようなことされ続けたんだよ」

そう、マーシーは共感する。
それから彼は話を続け、投げ捨てられた海ーー辿り着いた島で奇妙なおばけ達に会ったと。

そこで初めて出会ったのは、両手がハサミになった老人リア。
瞬間、右目をそのハサミで抉り出されたと、彼はブルブル震えて言う。

それから、おばけの話。

顔のない女の子、輪郭に花を咲かせた者、ランドセルを背負った猫、カボチャ頭の少年、人魚の女性、囚人。

そんな、そんなお伽噺みたいなことを彼は紡ぎ出した。

そして、その全てに、裏切られたのだと、彼は、青年は、子供のようにわんわんとマーシーの目の前で泣き出すのだ‥‥

マーシーからしたら大の大人が目の前で大泣きしている光景は異様なものである。

それからしばらくして、マーシーは彼の左手を引き、家に招いた。
村の人々は全員、殺人鬼様に惨殺され、あちこちに死体が転がっている。
青年は血の臭いに「う‥‥」と、吐き気を催した。
マーシーは転がる死体達をなるべく見ないよう、俯いて歩く。

青年はクルエリティと名乗ったので、

「あたしはマーシー。よろしくね、クルエリティ」

そう言うと、青年は急に顔を真っ赤に染め上げ、激しい怒りの表情を見せた。

「え‥‥?お、怒ってるの?クルエリティ、なんだよね、名前‥‥」
「う‥‥」

青年は何か言おうとして、その場に嘔吐する。

「え、え‥‥」

いきなりのそれに、マーシーは困惑するしかない。
青年は全て吐き出し終えた後、きつくマーシーを睨み付け、

「違う‥‥嫌だ、気持ち悪い。その顔でその名前を呼ぶな‥‥!!」

そう叫び、近くにあった花瓶をマーシーに投げつけた。
花は無造作に飛び、水と花瓶の破片がマーシーに降りかかる。

「‥‥」

肌が数ヵ所、裂けた。血が滲む。
だが、マーシーは微動だにしない。
毎日、両親から受けた仕打ちとなんら変わらないから。
ただ、自身の名前を呼ばれることに激しく動揺する彼を、静かに見つめる。

怯えた目、震える体。
きっと彼も、自分と似たような思いを味わったのかもしれない。

誰にも愛されず、優しい言葉を掛けられず、降りかかる痛みに耐える日々。

けれど、話を聞いて思った。
おばけ達は、この青年を愛してくれていたんじゃないかって。
ただ、裏切られたーーそんな憎悪だけが青年に残り、優しくされたことを見失ってしまっているのではーー。

だって、マーシーは羨ましく思ったのだ。
恐ろしい出来事もあったのだろうが、その中で、顔のない女の子が彼の手を引き、囚人という人も彼の手を引き‥‥
そんなこと、誰かに手を握ってもらえるなんてこと、マーシーはされたことがなかったから。

「‥‥じゃあ、クッティ」

沈黙を破り、マーシーは言う。

「クッティ、なんてどうかな?!」

そう、所々に切り傷を作った彼女は、満面の笑顔で青年に言ってやる。

青年はーークッティは、また、泣いていた。


そして、今。
今もまた、マーシーは満面の笑顔を浮かべ、生きる道を選んだ。

「歩いてばかりで歩き疲れちゃったし、元気になったら、どこかでゆっくり暮らしたいね!」

そう、クッティに伝える。

「そう。そうだね‥‥ああ。ゆっくりしようね、マーシー」

クッティはそう返し、もう一度リフェを見て一礼し、マーシーに笑い掛け、

「じゃあね、マーシー」

そう言って、リフェの家から出た。

「もー。クッティってば。お別れの挨拶みたい」

ぷくーっと頬を膨らませるマーシーに、

「さあ、マーシーちゃん。部屋に。あなたをしっかり治してあげないとね」

リフェは言う。
ただ、少しだけリフェは焦っていた。
初めてマーシーを見た日、余命はまだ二ヶ月はあったはず。
しかし今はーー。

(どうしてこんなにも‥‥)


降り止むことのない雪を全身に受け、狂った人形と化した異常者達が殺し合いや強姦行為をする様を横目に見た。

「ははっ‥‥!どうやら魔女様は本気のようで」

クッティは嗤う。

「ふふ、でもこれで、暇潰しの玩具ともお別れだなぁ、ははは」

出会った時、自分に共感した少女。
似たような境遇を受けたくせに、笑顔を絶やさない少女。
あの島にあった温もりなんてものを思い出させる気味の悪さ。

「君と僕の境遇が同じとか、笑わせないでよね、マーシー。同じだったら‥‥はは、あはは!!!君の姿がそんなに薄れて見えるわけがないじゃないか、異常を少ししか持ってない正常者め!!!」

狂い切った異常者達の声に紛れ、クッティの、クルエリティの笑い声が混ざり混む。

そして、

(あ‥‥あ、‥‥嘘、でしょう?この子は、マーシーちゃんは‥‥)

生きることを選んだマーシーを診ていたリフェは、全身が冷え渡るのを感じた。


・To Be Continued・

毒菓子



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