止まるな、振り返ってるヒマはない


部屋に戻ったクッティは、ベッドですやすやと眠るマーシーを横目に見て、ため息を吐きながらソファーに腰を下ろした。

(ようやくここまで近付いたけれど、有益な手掛かりはなかった。だが、恐らくあの城に何か、ある)

ーー主を失った城に現れた、赤髪のお美しい主様。
それはきっとあの、赤髪の魔女。

(魔女も魔王も囚人も‥‥あの島の全部を僕は壊して殺すと決めたんだ。僕を裏切った全部を)

眠気の中、ぼやけた視界で天井に手を翳し、あの島を思い出す。
幼い自分は狂った両親の手によって海に棄てられた。
そうして、流れ着いたあの島。
化け物に拾われ、リアに自由を奪われ、でも、魂たちは自分を、受け入れてくれた。

「ねえ、どうしたら、来てくれたの?フェイスお姉ちゃんも、フォシヴィーさんも、デシレお兄ちゃんも、ユーズお兄ちゃんも、ナツレさんも、お兄ちゃんも。僕が一体、何をしたの?皆に悪いことを、した?嫌われることを、した?どうして、誰も僕を‥‥」

気付いたら、また悪夢の中だった。
深い深い海の底、呪いのように繰り返され、巡る知識たち。
知りたくもない情報が、幼い脳に入り込む感覚。

自分が支配する物語の時を歪めることが出来る魔女アブノーマル。
あの島を支配していたのは赤髪の魔王だが、裏で全てを支配していたのは赤髪の魔女だ。

赤髪の魔女によってあの島から放り出されたクッティは、時間の海に囚われることとなる。
海の中をたゆたい、世界が見てきた歴史が自分の中に流れ込む。
そんな中で時間の感覚さえわからないまま歳を重ね、目が覚めた時にはすでに、この歳になっていた。

目覚めたのは、見知らぬ大地。あの島ではない。
言葉すらうまく話せず、あの島での記憶が遥か昔のことのようにも感じるし、逆につい昨日のことのようにも感じる。
奪われた目と腕がズキズキ痛み出し、地面に這いつくばる形で痛みに喘いだ。

「お兄さん、大丈夫?!」

慌てるような声と、差し伸べられた小さな手。
それが、マーシーとの出会いだった。

クッティは一瞬、錯覚して、彼女にこう言った。

「お、お姉ちゃん‥‥顔が、できたの?」


ーーカーテンの隙間から朝陽が差し込み、目が覚める。マーシーはまだ、眠っていた。
クッティは頭を数回横に振り、朝の雪景色を窓から見つめ、

(ああ、そうだ。でも一つまあまあな情報があった)

いつも安全な時間帯に外に出て、買い物に出掛けている医者だと名乗った女性、リフェの姿を見つけ、

(ゆりかごのお姫様。魔女が城に来る前まで、ゆりかごで眠っていたはずだ。そう、まるで、僕みたいにね。人間らしく振る舞うのはしんどいだろうに、ましてや人間の命に関わる医者だなんて‥‥皮肉だね)

クッティは欠伸をしながら、

「ほら、マーシー。朝だよ」

一向に起きる気配のない彼女に声を掛けた。


◆◆◆◆


「なっ‥‥なんだってんだよ?!」

家の中でロスは叫ぶ。
この村は、もはやたった一軒だけの寂しいこの家だけ。
訪れる者は、システルに求婚しに来る男ばかり。
今日もまた、多くの男達がシステル目当てに家の前まで集まっているが、いつもと様子が違いすぎる。
いや、それさえ今思えば異常な出来事だったのであろうが‥‥

「パパ‥‥こ、こわい‥‥」

自分に必死にしがみつくシステルの体をしっかりと掴み、

「だ、大丈夫だ、大丈夫」

ロスは繰り返しそう言う。

いつも外に集まり、花束やプレゼントを手にしている男達。
だが、今日その手に握られているのは、ナイフや鎌、クワーーそういった凶器であり、彼らは何を発するわけでもなく、焦点の合わない目で家の扉をぶち破ろうとしていた。

ドンドンッーーガシャンッーーー!!!!

窓が割られる音がして、

「ぐっ‥‥!システル、裏口から出るぞ!」

ロスは彼女の手を引くが、

「ぱ、パパ‥‥あ、足が‥‥」

ガタガタと全身を震わせたままの彼女は足に力を入れることが出来ず、その場で座り込んだままである。

「っ!大丈夫だ、システル!兄ちゃ‥‥じゃなくて、俺が担いで‥‥」
「ディエさん‥‥助けて‥‥」
「ーー!」

彼女の口から発せられた名前にロスは目を見開かせる。システルがディエを完全に思い出したのかはわからない。それよりも、

(そうだ‥‥そうだよ!あいつが居たら、こんな状況ぐらい簡単に‥‥くそっ、こんな時はやっぱお前が、お前がシステルを守ってやれるんだよ、異常者!!!!)

男達が家の中に入り込み、近付いて来る足音。
ロスは立ち上がれないシステルを強く抱き締めることしか出来なくてーーそして。


◆◆◆◆


「そうか、どうして忘れていたんだろう」

昨晩見掛けた赤い髪の女をヴァニシュは思い浮かべ、

「シャイさんだ。間違いない‥‥」

あの日、死んだと思われたディエを丁重に葬ってくれたのはシャイ。
その後、彼女は行方知れずになっていた。

(そうか!簡易に作られた墓標。義兄さんは生きていた。なら、あそこには元々遺体なんかなくて…シャイさんは義兄さんが生きていることを知っていたはず。なのになんで、何も言わず‥‥)


『誰だったか、あの時、俺を助けた誰かに聞いた。その誰かが誰なのか、最近になって忘れちまったが』

生きて帰って来たディエが異常者の話を知っていて、そう言っていたのを思い出す。
恐らく誰かとはシャイのことだ。

(なら、シャイさんは一体‥‥何者なんだ?でも、彼女も無事に生きていた。良かった‥‥)

あの旅の中、ヴァニシュはロスとシャイの二人だけは好きだった。自分の姿を見てくれて、時には優しく話してくれて。
だから、シャイが生きていたことに、心底安心した。

(でも、どうして忘れていたんだろう。私もロスさんも義兄さんも‥‥もしかして、義兄さんも思い出しているんじゃないか?)

ヴァニシュは隣の部屋に居るはずの彼に会いに行ったが、返事はなく、鍵が空いていたので中を覗くが、どうやら居ないようで。

(‥‥こんな朝っぱらから?いや、まさかまた‥‥)

ヴァニシュは頭を押さえ、ため息を吐いた。


◆◆◆◆


「早く立って逃げろ!!」

そんな怒声を、ドカッーー!と、家に入り込んで来た男達を殴る見知らぬ青年に言われて、システルを抱き締めたままのロスは唖然とした。

「こいつらは俺が足止めするから行け!」

男達を殴りながら、赤いジャケットを着た、背中しか見えない男がロスに言い続け、

「あ、あんたは‥‥一体」
「早く行けって言ってんだろが!!!お前がシステルを守るんだろう!?」
「え‥‥?」
「いいから行け!」

ようやくこちらに一瞬だけ振り向いた、顔面に火傷を負った男が険しい表情で言い、再び男達を殴り、蹴り飛ばしていく。

「し、システル!行こう!」

ロスは無理矢理彼女の腕を引き、立ち上がらせる。

「あ、あの人は?」
「誰だかわからない、でも、言われた通りにしよう!」

と、システルの腕を引いたまま、裏口へと走った。

「ちっ!なんつー数だ!あの魔女め、大変なことをしてくれたな‥‥」

男達を殴りながら、顔面に火傷を負った男ーー囚人は息を切らせる。
赤髪の魔女アブノーマルと対峙し、彼女の記憶から見つけた少女、システル。

「でもまあ、確かに綺麗に育ったな。あんな、笑ってるだけだったチビがさ‥‥」

囚人は小さく笑い、システルとロスの元へ行かせないよう、男達の足止めを続けた。

(これが終わったら、待ってろよアブノーマル!次こそお前にわからせてやる!!!お前の間違いを!あいつらの魂と、俺達が生きてる理由をよ!!)


・To Be Continued・

毒菓子



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