とんだ戯言な話


「じゃあ、また来るからな、必ず」

囚人は荒廃した大地を見つめ、皆に言った。

赤髪の魔王の灰を流し、弔い、きっとその魂は、在るべき場所に還れたと信じて。
囚人は生きているはずの家族、クルエリティを捜す為に、リフェが手配してくれた船に戻ろうとした。
しかしーー。

「は?」

囚人は口をぽかんと開ける。
嵐が来たわけでも、海が荒れているわけでもないのに、船が海に沈んで行くのだ。

「なっ‥‥!!!」

船内にはここまで送ってくれた船長の男が残っているはず。しかし、囚人が幾ら急ぎ、走ったところでどうにもならない。ーー船は、沈んだ。

「な、なん‥‥」
「久し振りだね、囚人」
「!!」

唖然としていた囚人の背後で、聞き覚えのある声がする。囚人は少しだけ目を細め、振り返りながら、

「魔女‥‥」

と、呟いた。
そこには、以前会った時より髪が短くなっていたが、赤髪の魔王の姉、赤髪の魔女が立っていて…

「まあ、久し振りと言っても、あの雪の街であんたのことは見てたけど。愚弟もようやく死んだみたいだしね」

赤髪の魔女がなんの情もなく言えば、それを聞いた囚人は怒るわけでもなく、ただ小さく笑い、まるで憐れむような目で彼女を見て、

「‥‥あいつは、あいつは幸せになれたよ。多分、お前と違ってな」
「?」

その囚人の表情と言葉に、赤髪の魔女は怪訝そうな顔を返した。
囚人はそんな彼女を見つめ、

「お前はずっと独りだ。今だって、そうなんだろ?愛を求めつつ、お前自身が全部壊しちまってる。だから永遠に、愛なんか手に入らない」
「‥‥何?愚弟に何か吹き込まれたわけ?あんたが私のこと知った風に言わないでくれる?」

しかし、囚人は首を横に振り、あの日、握った手の冷たさと、彼の最期の言葉を思い浮かべる。

『俺は見届けられなかったけれど‥‥でも、お前が見届けてくれるもんな。全部。だから、俺は先に‥‥家族のとこに逝くけど‥‥お前はまだ、死ぬ、なよ‥‥なんつーかさ‥‥本当に、ありがとう、囚人‥‥俺は、お前のこと‥‥

お前のこと、死んでも、信じてるからさ。だから、全部、頼んだ‥‥

だから、あいつに‥‥姉さんに、伝えてくれ‥‥』

赤髪の魔王が言葉を紡ぎ、弱々しく微笑み、息絶えたその瞬間、囚人の中に溢れ出る程の記憶が流れ込んで来た。
それは、赤髪の魔王が最後に振り絞った魔法。

赤髪の魔王とその姉の、物語ーー。

囚人は真っ直ぐに赤髪の魔女を見つめ、

「姉さん、もう、自分を苦しめるのは、やめろ」
「‥‥」
「あいつが最期に遺した言葉だ。あいつがどんなにお前を憎んでいたとしても、それでもあいつは最期にお前を赦した。後は、お前だけだ。赤髪の魔女、いや‥‥元凶の魔女ーーアブノーマル」


◆◆◆◆


「‥‥」
「ん?どうしたシステル」

ぼんやりと窓の外を見つめる彼女にロスが聞けば、

「パパ、向こうの方、天気が悪くなってきたみたい」

システルは空を指す。
こちらは青空が広がっているが、西の空は雲に覆われていた。

「本当だな。こっちまで来なきゃいいけど」
「うん‥‥ねえ、パパ」
「ん?」

空を見つめたままシステルは、

「シャイって人、どんな人だったっけ‥‥」

そう、ロスに聞く。

「シャイ?」

ロスは首を傾げ、

「うーん、知ってる奴か?俺はそんな名前の奴‥‥」

ーー知らない。
そう言おうとして、だが。
いつもいつも、システルと一緒にディエの側に居た誰かが、ぼんやりと浮かび、

「‥‥シャイ」

ロスは目を見開かせて、その名を紡いだ。
システルはぼんやりと空を見つめたまま、

(シャイ。そう、確かに、いた。赤い、赤い誰か。あの人を、一緒に見ていた女)

なぜか、穏やかな気持ちにはなれなかった。むしろ、腹立たしいとか、妬ましいとか、嫉妬のような醜い感情が次々と出てくる。

(なんなのかしら、これは。シャイって誰?それに、あの人‥‥あの人って‥‥)


◆◆◆◆


雪の大地を踏み締め、真夜中に雪の街に辿り着いたヴァニシュは深いため息を吐く。
ディエが雪国方面に向かったと聞いてからここに着くまで結構な日数が経った。

(こんな寒い場所に長居する必要もないだろうし、もう別の場所に行ってそうだな。とりあえずこんな時間だけど、宿を探すか‥‥)

街に足を踏み入れ、しばらく進んだ所でヴァニシュは立ち止まる。
街の中心に大勢の男が集まり、彼らは一人の男を取り囲み、その一人を複数で痛め付けていた。

殴る、蹴る、ナイフで刺す、鈍器で殴る、折る、抉る、もぎ取る、取り出すーー。

悲鳴は、ない。

もはや死んでいる男から、彼らは全てを奪い、取り出していた。
ぐちゃ、ぐちょーー嫌な音と共に、引き裂かれた体から色んなものが取り出され、雪の大地に散りばめられる。

幸いペンダントを外していた為、完全な異常者である彼らにヴァニシュの姿は見えていない。
早く立ち去ろうとしたが、さすがにその光景には足が竦んだ。

(この街も、異常者しか居ない、か)

ヴァニシュはそう思い、フードを目深に被って街の中心を避けた道を通ることにする。

(着いたばかりだけど、すぐに出て別の場所に行く方がいいか。ここには多分、いな‥‥)

いないだろう、と思おうとした所で、

「よお、遅かったな」

と、建物に凭れて立つディエに言われ、

「にい‥‥ディエさん!?」

思わず指を差して叫んだ。

「お前、俺を追ってたんだろ?何回か同じ街に居たが、お前の方は全然気付いてなかったからな、優しい俺は危険そうなこの街で待ってやってたわけだ、ほら、感謝しやがれ。あと死体掃除とかご苦労なことで。で?なんだ?言葉通り殺しに来たか?」
「‥‥」

全部知っていたと言うディエの言葉にヴァニシュは拍子抜けしてしまったが、

「いや、あの‥‥殺すとか‥‥あれは、私も悪かった、です。そ、その、追ってたのは‥‥ロスさんとシステルさんが‥‥」

ばつが悪そうに言おうとするヴァニシュに、

「二人が俺に会いたいってか?」
「‥‥はい。システルさん、ディエさんのこと忘れてますが、記憶が定かじゃないのに捜してるみたいで‥‥」
「じゃあ別に無理に会う必要もねーだろ、忘れたままのがいろいろ安全だ」
「あ、安全だなんてそんな言い方‥‥!それでも彼女は、あなたを愛し‥‥」
「死ね」
「は‥‥?死ね!?」

会話の途中で死ねと言われて思わず聞き返した。

「とりあえずお前は明日の朝には引き返してロス達の所に帰れ。俺は絶対にもう帰らないからな」
「なっ‥‥そ、そんなに怒ってるんですか?た、確かに私、言い過ぎたけど‥‥あれ、言っても聞かないあなたが悪いし……それに、結局続けてるじゃないですか、人を殺すことも‥‥他も、色々‥‥」

最後の方は口ごもりながら言っていると、ディエはもはや話を聞いておらず、遠くの方をじっと見て、

「‥‥とりあえず宿に来い」
「え、ええ?宿、あるんですか?」

と、ヴァニシュの腕を引っ張る。
二人が宿に入り、しばらくした後で昼に出掛けたクッティが帰って来た。
彼は一階を静かに見据え、誰も居ないのを確認し、マーシーが待つ二階へと上がる。

それを、一階の部屋の扉の隙間から見ていたディエとヴァニシュは、

「そんなコソコソと‥‥知り合いですか?」
「いや、あいつは色々ややこしそうだ。お前は絶対かち合うなよ」
「まさか、また何かしたんですか?確かに見るからに容姿は良さそうですけど‥‥ロスさんに飽きたらず次はあの男の人‥‥」
「お前マジで明日帰れよ」
「じょ、冗談です。でもロスさんと約束したから、あなたを連れ戻すまで帰れないですよ、ロスさんに申し訳ない」
「お前ほんっとあいつが好きだな。早く付き合えよ」
「ロスさんはシステルさんが好きだからシステルさんと幸せにならないと」
「そう言いつつ俺をシステルに会わせると」
「システルさんはディエさんが好きだし‥‥ややこしいなぁ。あ、システルさん凄く綺麗になったんですよ!私と同じ歳とは思えないや」
「俺達じゃなく、お前が一番ややこしいことに早く気付けよ」

そう言ってディエはヴァニシュを部屋から追い出し、

「お前は空いてるとこで寝て明日帰れ」
「え!ま、待って、話を」
「話すことはねえ。それとも俺と寝るってか?」
「いや、一人部屋だから一緒に寝るのは厳しいかとおも‥‥」

ーーバンッ!!

ヴァニシュの言葉の途中で力一杯扉を閉められた。

(なんなんだ‥‥)

ヴァニシュは呆気にとられ、とりあえず隣の空き部屋に入る。

(さて、なんとか連れ戻す方々を考えないとな)

そうして思い返す、ディエが帰って来た、一年と少し前。
やはり、義兄妹に戻るのは、なかなか難しかった。
やはり、彼は、異常者のままだったから。

(あれ?)

ふと、窓の外で見覚えのある姿が見えた。
赤い髪のーー女。
だが、すぐにその姿は忽然と消える。

(あれはーー彼女はーー。)


◆◆◆◆


点々と、雪の大地に赤い血が滲む。
街に帰って来た魔女は宿を見つめた。

(囚人め‥‥あいつは、厄介だ。仕留め損ねた。でも、充分痛め付けたからしばらくは大丈夫。でも、あいつのせいで力が‥‥)

彼女は歯を軋ませ、

(記憶を、制御しないと。思い出されてしまう、私の存在が。こんな形じゃ‥‥意味が、ない)

他は、いい。
でも彼には、ディエにだけは、今はまだ、忘れていてほしいと魔女は、彼女は願う。


・To Be Continued・

毒菓子



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