今日も笑って、キミも笑って


クッティは、異常(おかしい)のかもしれない。

出会った時からマーシーはそう感じていた。
知っている。この世界にはおかしい人間ばかりだということを。
そして、クッティもその一部だということも。

でも、たぶんきっと、クッティには何か目的がある。
おかしさに身を任せ、理由なく生きているおかしい人間と違って、何かが、ある。

クッティは時折、物語を聞かせてくれる。物語というか、クッティの過去だ。

囚人という人と、おばけ達のお話。
その人達に、裏切られたお話。

でも、マーシーは違うと思った。
全てはわからないけれど、クッティは裏切られてないんだと思う。
けれど、クッティ自身は裏切られたと感じているのならば、それはどうすることも出来ないのであろう。

初めて会った日、見た目にそぐわず、まるで幼子のように喚き泣き叫ぶ彼の姿を、今も鮮明に覚えている。
クッティに出会ってまだ一年も満たないというのに、出会った時と彼はずいぶん変わった。

見た目は変わらないのに、幼子から少年に、少年から青年にーー物凄いスピードで彼の中身が成長していくような、そんな感じ。

でも、それでもたまに、まるで自分よりも酷く年下に、或いは同じくらいの歳に感じる時も度々ある。

ーー今は昼下がり。雪の為、いまいち時間が把握しにくい景色を窓から見ていたクッティは、おもむろに腰掛けていた椅子から立ち上がり、

「マーシー、私は少し出掛けて来るけど、君はここに居るんだよ、外は危ないから」

クッティに言われ、

「また夜中に帰って来るの?」

と、マーシーは聞く。
どの村や街でも、クッティは時折フラりと昼に出掛けては、真夜中に帰って来ることがある。

「そうだね、そうなるかな」
「わかった。いってらっしゃい」

クッティを見送ったマーシーは、いつもなら言われた通りちゃんと待っていた。だが、今回は、昨晩出会った少年、コア。

廃図書館に住むという彼は、一人でなら遊びにきてもいいと言っていた。
だから、チャンスはクッティがこうして遅くまで帰って来ない日しかない。

マーシーは窓から外を覗き、クッティが街から離れて行くのを確認し、身支度をした。

(でもクッティ、街の外に行っちゃった。どこに行くのかな?)

不思議に思いながらも、クッティが戻って来る前に済ませなくてはとマーシーは急いだ。

宿を飛び出し、雪の大地に足跡を残し、静かな家々を抜け、枯れた木々の間を通り、辿り着いた大きな大きな建物。
門は空いており、マーシーは図書館の扉の前に立った。
ノックをしようとしたところで、

「わっ!マーシー?!昨日の今日でもう来たのか!」

頭上からコアの声がして、見上げれば彼は三階の窓から顔を出していた。

「待ってて、すぐに行くから。寒いから中に入っててよ」

と、彼は慌てるように言う。言われたようにマーシーは扉を開け、中に入った。

一階の広い広いホールは電気すらついておらず、仄暗い。
それに埃っぽく、蜘蛛の巣が端々にあった。

「はあ、はあ、マーシー、ごめんね。ここ、階段しかないからさ」

息を切らしながら彼は三階から階段を駆け降りて来て、

「ううん、あたしこそいきなり来てごめんなさい」

マーシーは申し訳なさそうに言う。

「いや、いいんだよ。あ、ここはちょっと汚ないから、上に行こうか。二階がね、食事とかで使ってるから一番綺麗なんだ」

コアが言い、

「何階まであるの?」
「四階」
「へー!全部コアの部屋になるの?」
「んー。部屋って言うか、図書館だからね、本棚だらけだからなぁ」

言いながら、二階に着いた。
確かに、見渡す限り本棚。部屋というより、そのまんま何も弄っていない普通の図書館である。

「そこ、座ってて」

と、コアはテーブルと椅子を指す。
図書館が機能していた頃は、ここで訪れた人々が読書していたのであろう。

「マーシーって飲み物、何が好き?やっぱりジュース?」

聞かれてマーシーは頷いた。

「じゃ、待ってて」

と、コアは本棚の間を通り抜け、数分してからトレーにジュースとお菓子を乗せて戻って来た。

「大したものないけど、どうぞ」
「あ‥‥あたし、急に来たのにごめんなさい」
「ううん、ぼくが言ったじゃないか、いつでもどうぞって。まあ、昨日の今日だからたしかにビックリしたけど」

コアは笑う。

「ねえ、コアはなんでここに住んでるの?家族は?」
「んー」

マーシーに聞かれ、コアは何か考えるような仕種をし、

「家族はぼくが小さい時に死んじゃったみたいで、顔も知らないんだ。ここに住んでるのは、まあ、行く場所がなかったから、かな」
「‥‥」
「うーん、よくわからないよね。でも、事実だからさ。そういえば、君は友達とこの街に来たって言ってたね、君こそ家族は?」

聞き返すと、マーシーは俯き、

「今年の始めに、お母さんとお父さん、死んじゃって」
「え」

マーシーの言葉に、「しまった」とコアは口許を押さえた。

「ううん、死んじゃったんじゃなくて、殺されちゃった」
「う」

コアは頭を抱え、

「ご、ごめんマーシー!わかった。わかったよ。もう聞かない、ご、ごめん」

そう謝罪する。

「う、ううん!大丈夫!お母さんもお父さんも、あたし、好きじゃなかったから‥‥だから、サツジンキ様が殺してくれて、あたし、助かったから」
「殺人鬼様‥‥あいつか」

ぼそりとコアは言い、

「二人とも、あたしを叩いたり殴ったりしかしなくて、ご飯ももらえなくて。もう死ぬんだなって思った時に、助かって。それから、友達に出会って、今は二人でいろんな場所に行ってるの」
「そうか‥‥でも、マーシー」

コアはまっすぐに彼女の目を見つめ、

「君の体は、弱っているね。助かったのに、どうして」

そう聞かれ、

「‥‥あたし、病気なんだって。余命二ヶ月しかないって」
「‥‥それは医者が?」
「うん、友達が、お医者さんに聞いてくれたって」
「‥‥」

コアは眉を潜めた。

「でもあたし、死ぬのはこわくないよ!だって、それが決められたことなら、仕方ないし。友達がね、あたしを直す方法も探してくれてるみたいだけど‥‥あたしは全然こわくない」

そう、マーシーは笑顔で言う。コアはため息を吐き、

「ちょっとマーシー、こっちにおいで」

と、椅子から立ち上がり、一つの本棚に向かった。

「ほら、これ」

彼は床に座り、マーシーに一冊の本を差し出す。マーシーも同じように床に座り、本を受け取った。

「ゆきどけ?」

表紙には平仮名でそう書かれていて、中を捲ると絵が書かれており、子供向けの絵本である。

年がら年中、雪が降る街の物語。
まるで、この街と同じ。
でも、それは意地悪な魔女の仕業だったそうで、立ち向かった住人たちがその魔女を打ち倒し、街には緑が甦ったと描かれている。
それから、打ち倒された魔女も生かされ、皆で幸せに暮らしましたと。
最後のページには、こう書かれてあった。


どんなにつらくても、いつかゆきどけはくる。
どんなにわるいひとでも、そのいのちをうばうのはまちがっている。
いきていれば、しあわせがいつかくる、えがおになれるひがくる。
あきらめなかったから、このまちはすくわれたのでした。

ーーと。

「‥‥」

マーシーはその一文をじっと見つめ、

「マーシー。今、君は生きている。でも、君の笑顔は偽物だったよね?」
「え‥‥」
「確かに、酷い親だったんだね。でも、だからって、君は本当は、人が人を殺すことを間違いだって、感じているよね?」
「‥‥」
「だからマーシー、約束」

コアはニコッと笑い、

「ぼくには嘘を吐かなくていい。そうだなー、ぼくは魔法使いだから、君が嘘を吐いたってすぐにわかるんだよ」
「え!?」
「だから、君がこれからも嘘を吐いて嘘の笑顔をするんだったら、もう会ってあげない」
「え!?」

それを聞いたマーシーは慌てて、

「わ、わかった!あたし、コアには嘘は吐かない!あたし、一緒にいた友達以外の友達なんて今までいなかったから、歳も、コアの方が近いし、コアとなら友達になれたらいいなって、昨日、思ったから‥‥」

ポケットから昨日貰った桃色の花の押し花を取り出し、そう言う。

「はは、冗談だって。意地悪言ってごめん。あ、そういえば、まだ昼だけど、夜までには帰らないとダメだよ、危ないから」
「うん!ねえコア、他には何かある?おもしろい本!」
「んー、そうだね、君には‥‥」

そうして、二人で夕方まで本を読んだり、他愛ない話をしたり、お菓子を食べたり、また、会う約束をして、別れた。

「‥‥友達、か」

マーシーが帰った後、コアはあの紫の、クッティの姿を思い浮かべる。

「どうしたものかな‥‥」


・To Be Continued・

毒菓子



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