中庭を挟んで向こう側の窓を見つめる。きちりと正された姿勢は揺るがず、かと思えば突然立ち上がりきびきびとした足取りで部屋の中を歩いては座っての繰り返し。彼の相棒などは先程廊下で擦れ違った際大きなあくびをしていたが、きっと彼はそんな姿を他人に見せる事など無いのだろう。
 ラクチェアが「苦手」だとぼやいていた人物に、コーネリアは実の所多大な興味を抱いていた。

*****

 ドキドキと心拍数を上げながら、おそるおそる扉をノックしてみる。間髪入れずに返ってきた言葉には、愛想のひと欠片も無かった。

「どうぞ」

 もしかすると邪魔だ帰れと冷たくあしらわれるかもしれない。今更そんな不安が湧いてきてコーネリアは数秒固まったままで扉を見つめていた。
 やっぱり帰ろうかと思った瞬間ガチャリとノブが回され、中から顔を出した人物と目が合ってしまった。レンズ越しでもその鋭さは突き刺さるようで、思わず反射的に肩を強張らせた。
 けれど彼は思いの外あっさりとした様子で、一瞬目を見開きはしたがすぐにいつもの表情に戻って扉を大きく開ける。

「どうぞ」

 先程よりも幾分か柔らかい声で、フォルスは同じ言葉を繰り返した。

*****

 乱雑に散らかるエリアと、きっちり整頓されたエリア。二つの机はまるで正反対の姿を見せていて、コーネリアは小さく笑う。勿論綺麗に片付いている方がフォルスの机なのだろう。

「何度言っても聞かないんですよ、メイダは」

 視線の意味に気付いたフォルスが溜め息を吐く。

「それで。何かご用でしたか? コーネリア姫」
「え、あ、えっと、その」

 用という用も思い付かず、コーネリアは言葉に詰まる。

「用というか、あの、ちょっとお話できたらと思いまして」
「お話?」

 怪訝そうに首を傾げるフォルスを見て早速後悔の嵐。いきなりそんな事を言われたら誰だって戸惑うに決まっている。なにせコーネリアとフォルスは今までまともに話した事など一度も無いのだから。
 迷惑かと思って小さくなる。けれどフォルスの返事は少し意外なものだった。

「……私とお話しても時間を無駄に使わせてしまうだけです、姫。気の効いた事などなにひとつ言えないつまらない男ですから」

 てっきり「そんな暇はありません」だとか「付き合う理由がありません」だとか言われるものだと思っていたのに。
 しかしすぐに合点がいく。他国からの客人にはさすがのフォルスも気を遣うだろうと。

「……では邪魔をしないのでここに居てもよろしいかしら」
「……は」
「……ダメ?」

 流れる沈黙に不安は募る。いっそ即答で拒絶された方がマシだったかもしれないと思う程に、胃が痛くなってくる。
 フォルスのようなタイプの人間とは接した事があまり無いせいか、人見知りしないコーネリアも調子が出ない。ギュッと胸の前で手を組んで「やっぱり今のはナシ」と発言を撤回するべく口を開いた。

「やっ……」
「構いませんが、面白い事は何もありませんよ」

 出鼻を挫かれたコーネリアは口を開いたままで、今言われた言葉を脳内反芻する。

「え、と、……?」
「メイダは今日一日外の方で仕事ですから、どうぞそちらの席に」
「あ、う、え、あり、がとうございます……」

 ぎこちない動きで椅子までたどり着き、すとんと腰を降ろす。フォルスはその一連の流れを横目で眺めた後、またすぐに自分の仕事を始めてしまった。黙々と集中してこなしていくその姿を見つめながら、コーネリアは小さく息を吐いた。
 真面目で厳しいのはわかるが、思っていたよりも怖くは無い。それもこれも自分が客人だからだろうかと考えてみるが、そうでないようにも思える。

「あの、私、お手伝いしましょうか」

 ちゃかちゃか仕事をする人の傍らで、何もしないでいるというのも気まずくいたたまれない。何か出来る事があれば、と申し出てみたが、フォルスは目を丸くして首を横に振った。

「他国の姫君にそんな事はさせられませんよ」
「あら、片付けや整頓くらいなら出来ます。フォルス殿ひとりに働かせているようで何だか嫌なんですもの」
「別に……はあ、貴方がたご兄妹は揃って変わっていらっしゃいますね」
「褒めて……」
「いませんよ」

 つんと放たれる辛口な言葉は、聞く者によっては傷付く事もあるだろう。反発する者もいるだろう。

(でも私は……嫌ではないわ)

 フォルスの長い指が、静かに眼鏡を押し上げる。

「……ではこっちの棚に本を戻していただいてよろしいですか」
「あっ、ええ。もちろん」
「頭文字の順です。そんなにきちんと並んでいなくても支障は無いので、適当に」
「ありがとうございます」

 端の台に乗せられた本の山を指差しながら、フォルスはまた目を丸くする。それから僅かに口元を緩めて、小さく笑い声をこぼした。

「どうして姫がお礼を言うんですか。……本当におかしな方ですね」

 一瞬だったけれど、柔らかくて優しい笑みだったようにコーネリアは思う。初めて見たフォルスの一面が嬉しくて、でも何だか照れ臭くてつい視線を逸らしてしまった。

「お、おかしいでしょうか」
「ええ、おかしいです」
「だって私から手伝わせて欲しいってお願いしたんですもの。お礼を言うのは当たり前です」

 隣の棚を整理するフォルスは思っていたより背が高くて、今更のように大人の男性なんだと意識させられる。

「姫は真面目でいらっしゃる。真面目な方は好きですよ」
「え」
「え?」

 全然たいした意味もなく、人間的に好きだと言っている事はわかっていたけれど。父や兄達以外の男性からそういった言葉を貰うのに慣れていないコーネリアは、意に反して顔を赤く染めてしまう。

「姫」
「わっ、わかってますわかってます! 変な意味じゃ無いってわかってます!! でもあの、あの、あ、あんまり言われた事が無いので、あの、ご、ごめんなさい!」

 バタバタと手を振りながら、まとまらない言葉で弁明をする。そうするとますます顔が熱くなって、もうまともにフォルスの事を見られなくなってしまった。本の片付けに専念しようとしても全然頭が回らなくてその場から動けず、呆れられたかもしれないと恥ずかしくなって俯く。

(ううう、何をしているのかしら私)
「コーネリア姫」
「うっ、は、はい……?」

 俯いたままで返事をするコーネリアの頭に、何かが触れる。それはすぐに離れてしまったけれど、フォルスの手のひらだという事はわかった。思わず顔を上げるがフォルスは既に仕事に戻っていて、いつもの冷ややかな横顔が目に入っただけだった。
 そんな彼の傍でひとりわたわたと焦るのも気まずく、コーネリアもなんとか平静を装って本を片付け始める。

「……いけませんね」
「え!? はい!?」

 ぼそりと呟かれた言葉に過剰反応してしまってから、また頬を赤くして俯く。

「言ったでしょう。気の効いた事などなにひとつ言えないと。それどころか相手を不快にする事にかけてはプロ級なので。……今も、姫を不快にさせてしまったかと不安になってる」
「不安に……なって、ます?」
「見えませんか?」
「あまり……」

 そうっと視線を向けてみても、不安を抱えているようには見えない。

「あの、私、不快になんかなってませんよ? むしろ私の方がフォルス殿を不快にさせてしまったんじゃ……」
「私が?」
「だっ、だって……挙動不審だったでしょう? 私」
「だからそれは私が余計な事を言ったせいで」
「いいえ! 私が……」

 二人見つめあった状態でしばし沈黙が流れる。そして数秒後、どちらからともなく控えめに吹き出し、お互いに顔を見合わせて困ったような笑みを浮かべた。

「何をしているのでしょうね、私達は」
「ええ、そうですね」

 クスクスと笑うフォルスはあどけない雰囲気があって、いつもと違う様子に少しどきりとしてしまう。先程見た優しい笑みは見間違いでも幻でも無く、彼だって普通に笑うのだ。

「フォルス殿」
「はい?」
「私、フォルス殿はもっと笑った方が良いと思います。勿体無いわ」

 キョトンとするフォルスを見上げて、コーネリアはにっこり笑う。

「だってこんなに笑顔が優しいもの。素敵です」

 優しさを棘や毒で包んで隠して。それが彼なりの自分の在り方なのかもしれないけれど、本当はこんな風に笑う人だという事を周りが知らずにいるのは勿体無い。

「……これは姫につられているだけです」
「私?」
「だから姫と二人でいる時にでしたら笑いましょう」
「……それは」

 また来ても良いという事だろうか。確認しようと口を開く前に、フォルスの言葉が答えをくれた。

「どうぞ。……またいらしてください」

 今までで一番柔らかな「どうぞ」は、コーネリアを笑顔にするには十分過ぎる程だった。


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フリリク企画にて阿瀬様創作『姫君への軌跡』より、コーネリア姫と誰かの話をリクエストさせて頂きました!
どうしてもコーネリア姫のお話が可哀想で、この度、本編後のコーネリア姫を書いて頂け幸せでした!
打ち解けていく二人にほのぼのしつつ、これからのお二人もとても気になります。
素敵な小説、本当にありがとうございました!


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