明日までの休息1
少しずつ一同のわだかまりみたいなものが解けてきたが、それでもまだ完全ではない。
そんな中で、この食事の席を終えながら、マグロはこれからの疑問を口にした。
それは核心の話。
世界を壊すなんて言っているテンマ達は何処へ向かったのか?
自分達に残された猶予はどのくらいあるのか?
今すぐにでも動き出すべきなのか?
「天長、いえ…テンマは世界が壊れるまでの束の間の時間…そう言っていました。オレ達がここでこうして話し合いをする事に意味はありますが、でも、どこへどう動き出せばいいんでしょうか?」
「…奴等の根城みたいなものがあるのじゃろうか?」
マグロの疑問にヤクヤも首を傾げた。「もしかしたら…」と、カーラが何か思い付くように言い、
「フェルサが昔、黒い影の実験をしていた場所は知っている。そこが怪しいかもしれないな」
そんなカーラの言葉にジロウも何かヒントを貰い、
「銅鉱山で一つだけ行っていない部屋があった。あの、スケルとかいう奴がその扉から出て来て、レーツも言ってたけど、そこはかつてのネクロマンサーの研究所と言ってたよな…」
「じゃあ、あそこも可能性があるってことか」
ジロウの言葉にユウタが頷く。
「でも、テンマさんが言う世界を壊すって、具体的にどんな感じなんでしょうか」
カトウが尋ねれば、
「あいつは世界が一つに戻ったら三つの種族が争うって話を前提にしてた。オレ達を争わせて、勝手に自滅させようって目論見があったんだと思う」
ジロウはそう推測し、
「ただ、それは保険みたいなものだろう。恐らく黒い影が本題だ。あれの性質はテンマ達しか知らない。さっき、スケルはフェルサと未だ実験を繰り広げている風に言っていたな。その研究を奴等が更に続け、今より酷いものが出来上がり、それが世界を壊すなんて言う事態を俺は想定している」
補足するかのようにネヴェルが言った。
「最終的には、ここに居る俺ら全員、根絶やしにしようって感じやな」
全てを憎んでいると言っていたテンマの言葉を思い出し、ラダンが言う。
「彼らの言う実験が完成する前に、私達が早急に彼らの居場所を突き止め…彼らのしようとしていることを止めなければいけませんね…」
ハルミナが真剣な表情で言い、それにネヴェルが頷いた。
しかし、ジロウは一同の様子をキョロキョロと見て、
「悠長なこと言ってる場合じゃないけどさ…明日…いや、少しだけでもいい。ちょっとだけ皆、気持ちや体を休めて、落ち着いてから動き出した方がいいんじゃないかなぁー…とか…」
そんな状況下ではないとジロウ自身わかっている。
だが、ラザルやムル等、魔族達は今やっと、少しだけ気持ちを整理しかけているのだ。
その途中で動き出せなんて酷だし、一気に色々あり過ぎて、この場に居る全員、心身共に疲れきっているはず…
無論、ジロウも。
ジロウは無言でこちらを見ているネヴェルに、
「…や、やっぱダメ?急がなきゃダメ、だよなぁ…」
そう言い、
「ふわぁーあ」
と、そこで、エメラの大袈裟な欠伸が一室に響く。
「あたし、もうくったくたよ。ちょっとくらい休んでもいいんじゃない?何かあった時はそん時よ。第一、ここに居る全員で協力するんでしょ、なんとかなるわよ」
まるでジロウの意見を支持するかのようにエメラはそう言った。
それに、隣でラダンもニヤリと笑い、
「そうやな。俺も飯食ったばっかやから、ちょっと寝たいし」
「おっさんかよ」
そんなラダンにカーラは突っ込みを入れる。
「ネヴェルちゃん」
そこで、ここに来てからほとんど黙りきりだったナエラが言葉を発し、
「ボクもちょっとだけ、休みたいな」
なんて言って。それにネヴェルはため息を吐く。
「貴様ら、なぜ全員俺を見て俺に確かめる?」
そう、ネヴェルが少しだけ嫌な顔をして聞けば、
「そりゃあ、ネヴェルちゃんが一番こわーい顔をしてるから勘違いされてるんですよ!」
彼の隣で悪気もなくカトウは満面の笑顔で言った…
――…
―――…
結局ジロウの提案通り、明日の朝まで一同は自由に過ごせることとなる。
しかし、この一日で一気に色々な事がありすぎたせいで、時刻はすでに夜であった…
「あれ?ヤクヤは?」
城内の廊下でトール一人を見つけ、カーラが聞けば、
「ヤクヤさんなら野暮用ですぜ」
「そっ」
「ヤクヤさんに用でも?」
「んー、別にないけど。あいつだったら無駄話でも出来たんだけどね」
そのカーラの言葉にトールは首を傾げ、
「お仲間さんと話をしたらいいんじゃないのか?」
と聞けば、
「ちょっと根掘り葉掘り聞かれそうだし…」
「カーラ!見つけたわよ!」
そんな声が飛んで来て、やれやれとカーラは肩を竦める。
カーラが振り向けば、エメラにラダン、マグロが居た。
「あれ?ウェルさんは一緒じゃないの?」
カーラが聞けば、ラダンは苦い表情をして、
「ウェルさんならあのラザルとかムルとかいう魔族に付きっきりやで」
「なんか、謝りたいんですって。ほんとお人好しよねぇ」
エメラはため息混じりに言う。
「で?僕に何か用?」
そんなカーラに、
「あんたとフェルサって女の関係を詳しく聞かせなさい!」
なんてエメラが言うので、
「ちょっ、ちょっとちょっと!それは――…」
慌てるようなカーラを見て、急にエメラが声を上げて笑い出した為、カーラは拍子抜けした。
「嘘よ、嘘。本題は…ほら、マグロ。あんたでしょ」
と、エメラはマグロの背中を叩く。
「カーラ先輩。あなたが知る…あなたと、ミルダ先輩、フェルサさん、そしてマシュリ先輩のことを…どうか聞かせてくれませんか?」
真剣な眼差しでマグロはカーラを見た。それに、カーラも真剣な表情を返し、
「マグロ君。僕達は彼らと戦う事になるかもしれないんだよ。君は私情を挟み、特にマシュリのことになると感情的になりやすい。何も知らず、今まで通りに向き合い、終わらせることも出来るんだよ?」
そう、諭すように言う。
マグロは静かに首を横に振り、
「マシュリ先輩は、オレがあの人のことを何も知らないと言い、オレの言葉はあの人に何一つ響かない。オレはマシュリ先輩に憧れているけれど、判断を誤るつもりはありません。ジロウさん達の話を聞いて、オレもちゃんと決めましたから」
「何を決めたんだい?」
そう、カーラが聞けば、
「オレの仲間は、あの場に集った皆です。そしてオレ達は…マシュリ先輩達を止める。ただ…どんな結果になろうとも、一つくらいあの人に響いてほしいんです。オレの言葉を…オレがどれ程、あの人に助けられ、憧れているのかを、伝えたいんです」
真摯な眼差しで言ったマグロに、カーラは静かに微笑み、
「強くなったね。いや、君もラダンもウェルさんも…掟に縛られていた君達は今、自分達の意思で動いている。まあ、昔の話をしてそれが役に立つかはわからないけど…いいよ、話してあげる」
「あっ、ありがとうございまっす!」
マグロはパアッと明るい表情になり、勢い良く頭を下げた。
「なんや、珍しくカーラがマグロの先輩らしく見える」
ラダンが言い、
「まっ、あたし達より歳上なんだものね。まあ、大体は小娘との会話を盗み聞きしてたからわかるけど、いいわ、この際ついでに根掘り葉掘り聞いてやるわ」
なんて言ったエメラに、
「…盗み聞き?」
と、カーラは目を丸くする。
「ちょっ、エメラ先輩!」
「エメラのアホ!」
「何よ、いいじゃない別に」
慌てるマグロとラダンの態度に、エメラは別に気にしない風に言い…
「まさか君達、牢屋でのやり取りを…」
ニコリと笑いつつも、声のトーンを落とすカーラにエメラ以外の二人は彼から視線を逸らす。
「えーっと…俺、関係ないよな?」
端で見ていたトールが言い、
「まあ、いいや。君も聞いていけば?若い頃のヤクヤの話とかもあるよ」
深く息を吐きながらもカーラは話し出した。
――…
―――…
「ラザルさん、ちゃんと話を聞いて下さい」
なんてウェルは言うが、返事はない。
「なぜ隠れるんですか?」
ラザルはムルの後ろにくっつきそっぽを向いていた。
「…ウェルだったか?一体どうしたんだ?」
ムルが困ったように言うと、
「わたくしはただ…ラザルさんに出過ぎた事を言い過ぎたから、ただ謝りたいだけで…」
「…だそうだが?」
ウェルの言葉を聞いたムルがラザルに言うも、
「うっせえ、早くどっか行きやがれ天使女」
ラザルはそう言う。
「まあ、なんてことを言うんでしょうか。あなたに謝ったらわたくしは別の場所に行きますから…ちゃんと話だけでも聞いて下さい」
ヒョイッと、ウェルはラザルの顔を覗き込んだ。それに「っ!」と、ラザルは焦るように言葉を詰まらせる。
ムルはラザルの顔を見て思わず苦笑し、
「ラザル…なんだその顔は」
そう言った。
彼の顔は耳まで真っ赤に染まっていて…
「ラザルさん…まさか、熱でも…わたくしが言い過ぎてしまったから?」
申し訳なさそうにウェルは言い、ラザルの額に手をあてる。
「熱は…なさそうですね」
「〜〜っ!?さ、触んじゃねえ?!さ、さっきからベタベタと触ってきやがって!?」
「わたくしはただ心配して…」
再びしゅんとなるウェルに、
「て、テメェマジなんなんだよ!天使ってなんなんだよ!?全員テメェみたいにウザくてキラキラしてて可愛いのかよ!?魔界の女と全然違…」
ラザルは言葉を止めた。
「え?」
「…ぷっ」
彼の言葉にウェルは目を丸くし、思わずムルは笑い、
「ち、違っ!別にテメェのことを言ったんじゃねえぞ!?」
思わず口から出た言葉に、ますます顔を真っ赤にしながらラザルは弁明する。
しかし、
「え、ええ…可愛いなんて言われたことがないので、ビックリしてしまいました…」
ウェルはきょとんとしたまま、少しだけ桜色に染まった頬を手で押さえていて…
「ッ!?だ、だぁあぁあ!?いいから早くどっか行け!お、オレはムルと居る!」
そう言いながらラザルはムルにしがみつき、
「いや、邪魔なら俺が別の場所に行ってもいいが」
わざとらしくムルが言う為、
「た、頼むから居てくれ!」
と、ラザルは必死に言った。
――…
―――…
「来たか」
タイトは横目にヤクヤを捉えて言う。
「すまん、待たせてしまったの!」
「いや…話は纏まったのか?」
察するようにタイトが聞けば、「まあ、大丈夫そうじゃ」とヤクヤは答えた。
「それで、話とはなんなんじゃ?」
「ジロウがリョウタロウさんの息子と言う話は知っているか?」
「唐突じゃの…ああ、ネヴェルからちらりと聞いた。ジロウ自身は知らないらしいが…」
「それでいい」
頷くタイトにヤクヤは首を傾げる。
「しかし、妙だと思わないか?ジロウが生まれてからもうすぐ20年。彼は20年前に生まれたことになる」
「何か妙か?」
「俺がレーツさん…リョウタロウの妻、すなわちジロウの母である女性に出会ったのは20年と少し前…レーツさんは老婆だった」
「ふむ」
レーツのことを知らないヤクヤは首を捻る。
「おっさんは本当に疎いな。…そんな老体で子を産むなんてことはないだろう?」
「…ん?んんん?じゃあ、ジロウはなんなんじゃ?」
頭がこんがらがってヤクヤは眉間に皺を寄せた。
「これは俺とリョウタロウさん、そしてレーツさんしか知り得ず、彼女からはジロウには言わないでと言われた話だが、ジロウは――…」
タイトは優しくも悲しいリョウタロウとレーツの姿を思い出しながら、静かに口を開く…