平凡だった少年の決意

一通り自らの話を終えたジロウは、再びここに集う人々の顔を見回した。

「あんたのことや経緯はなんとなくわかったけど、これからの話をするんでしょ?」

と、エメラが言う。

「ああ。でも何にせよ、まずは自己紹介ってか、自分の話をしなきゃ駄目かなって思ったんだ。何も知らないまま、いきなりオレの意見を言ったって、皆わけわかんないだろ?」

そうジロウは言い、

「むしろオレ自身、天使や魔族の中でまだ名前を知らない奴だとか、全然関わり合いの無い奴も居るしさ」

と、苦笑いをして、「じゃあ、そろそろ話をするか」と言った。

「オレはさ、ついこの間まであんたら天使や魔族、世界のことなんてこれっぽっちも知らずに生きていた。今でも、リョウタロウやハルミナちゃんやネヴェル、ヤクヤのおっさんやヒステリック女…それから、テンマから聞いた話でしか、それぞれの種族の抱えていた想いを知らない」

世界が元は一つだったこと。
英雄リョウタロウの存在、苦悩。
人間によって歪められた、人間であるテンマの人生。
魔族が人間と天使を憎み、地底で苦しい生活をしていたこと。
天使も人間と魔族を悪く思い、定められた掟の中、空で暮らしていたこと。

…そういったことをジロウは次々に言い、

「皆が皆、大変な生活をしていた中で、オレは何も知らずに19年を生きていた。こんな事態になるまで、何も知らなかった。魔界で…今は黒い影に飲まれちまったレイルがさ、今の人間には関係がないことだって…知らないのは悪いことじゃないって言ってたんだ。でも…」

ジロウは英雄の剣を胸に抱き、真摯な眼差しを一同に向け、

「魔族の皆、天使の皆。英雄リョウタロウがかつて歪めてしまった世界を…あんた達が心のどこかで憎んでいたんだろうものを…この、英雄の剣をリョウタロウ自身から託されたオレに、人間であるオレに、謝らせてほしい。リョウタロウの代わりにも、誰の代わりにもなれない謝罪かもしれないけど…」

ジロウはそう言って息を大きく吸い、それから大きく吐いて…

「苦しめてしまって、本当に、ごめんなさい」

ジロウは目を閉じ、頭を下げた。

「じ、ジロウさん!だったら、人間である私も…」
「お、俺だって!」

ジロウのその様子に、カトウとユウタも慌てるように席から立ち上がったが、

「いや…、これはリョウタロウから剣を託された、オレがしなきゃダメなことなんだ」

ジロウは二人を制止する。

「この中で実際にリョウタロウを知っている奴はほんの少しだけど、でも、あいつのしたことを…恨まないでほしい」
「…おい」

そこで、ラザルが口を挟み、

「魔族は人間と天使に負け、地底に追い遣られた…オレはそう聞かされて育ったから、世界が一つだったとか、英雄だとか、そんな話は色々な話に紛れていまいちだった。でも実際、こうやって多くの事実を聞かされて…」

ラザルはギリッ…と、歯を軋め、

「オレらが地底であんな目にあって来た原因の人間を恨むなだぁ?!」

バンッ――!
…と、ラザルはテーブルに拳を叩き付けた。

「…そこは、俺も同意したい。恨む相手や憎む相手が居ないのでは、俺達の気持ちの行き場がない」

そう、ムルが言う。
しかし、ジロウは首を横に振って、

「俺だって、あんなことをしたくはなかったんだ」

…と、急にジロウが低い声でそう言ったので、一同は首を傾げた。

「俺はこんな身になりたくなかった。あの頃は皆、力を求め、争いが絶えず、おかしくなっていた…必死になっておかしくなっていたからこそ、非道なことを人々は容易く出来てしまったんだ」

そう、目を閉じながら、ゆっくり言葉を紡ぐジロウに、ネヴェルとヤクヤ、カーラは目を見開かせ、

「…リョウタロウ?」

と、三人はその名を口にする。
酷く――…ジロウの声と姿が、リョウタロウと重なって見えた…

ジロウは目を開けて、いつもの声音に戻し、

「多分、リョウタロウの記憶…なんだと思う。ちょっと前に眠ってた時に見たんだ。世界を分断してから何十年も経った頃の光景…だったのかな。リョウタロウの嘆きを…オレは確かに聞いた」

ジロウは再びラザルとムルの方に顔を向け、

「リョウタロウの人生は争いによって狂わされたんだ。無理矢理、世界を、人間を守らされ…でも、リョウタロウを守ってくれる奴は居なかった。そんな中で、あいつは英雄になったんだ…その肩書きを、魔族や天使を苦しめた重荷を背負い、生き続けていたんだと思う」

憶測になっちまうけど…と、ジロウは苦笑する。

「でも、あいつは最後に…本当の最期に、せめてもの償いをしたんだ」
「償い?」

ジロウの言葉にハルミナが首を傾げれば、ジロウは頷き、

「この場を、作ってくれた。世界を一つに戻す方法はリョウタロウが教えてくれたから…」
「それの一体何が償いなんだ?」

次にトールが不思議そうに聞き、

「世界を一つに戻したのは、オレの封印を解く為だとかの理由だったし、結果的にテンマにとって都合良くなったけど、…リョウタロウが歪めてしまった世界。それをオレ達ならやり直せるって、リョウタロウは信じてくれてるんだ。きっと、あいつの償いであり、願いなんだ」

ジロウは英雄の剣の切っ先を前方に突き出し、

「言われるがままに生きていたあいつが出来なかったこと、選べなかった道。人間と魔族と天使が再び争いなく生きていける自由な世界を、オレ達なら作れると信じて、リョウタロウはオレ達にこの道を…再び世界が一つになる道を与えてくれたんだ!」

どこまでも澄んだ、しかし、張り裂けんばかりのジロウの声が部屋中に響き渡った。

「だから、どこまでも苦しみ、きっと最期まで苦しんでいたリョウタロウを憎むのは…苦しめるのは、もうやめてやってくれ。オレもあいつと関わったのなんてほんの数回だ。だから、あいつの全てを解ったわけじゃない。今も、わからないことだらけだ。でも、あいつは英雄なんかじゃなかった」
「人間の君にとって英雄じゃない…か。じゃあ、なんだって言うんだい?」

ジロウの言葉にカーラが尋ねると、

「英雄リョウタロウは、オレ達と同じ…弱い存在だった。魔族や天使と同じく、苦しみ、悲しみ、憎しみを抱えて生きる…ただの、ヒトだった」

静かな声で、そんな答えを出したジロウを、一同は呆然として見ていて…

「それから、あんた達がもっと怒るような話をオレは今からする」

と、ジロウが魔族と天使を見て言うので、カトウとユウタはこれまでのジロウの発言にヒヤヒヤしていたのに、今の言葉にますますヒヤヒヤさせられる。
しかし、ジロウは強い眼差しを崩さずに言うのだ。

「テンマのことも、憎まないでほしい」

…と。
それには、さすがに一同はざわついて…

「それは、難しいですよ。彼は天長として天界を動かしていましたし…それに…」

マグロはテンマと共に行ってしまった、マシュリとミルダの姿を思い浮かべる。

「そうやな。俺らは天長…その、テンマってのにいいように動かされてたんやろ?」

と、ラダンも眉を潜めて言い、そして、

「テメェ…今度こそマジでふざけてんのか?!」

当然ラザルは怒りで声を荒げた。

「魔王様…いいや、テンマが魔界を滅茶苦茶にしたんだぞ?!同族で殺し合いをさせようと仕向けたんだぞ?!」

そのラザルの怒りにトールも頷き、

「さすがに、俺も無理ですぜ…俺は、魔王の作り上げた制度のせいで、家族を奪われてるんだ」

そればかりは許せないと言う風に言う。

「それに、ネヴェル様も…」
「ムル」

何か言おうとしたムルをネヴェルが名を呼んで止めた。

「し、しかし…ネヴェル様だって魔王を許せるはずが…」

そんなネヴェルに、ムルは困ったような顔をして言葉を詰まらせる。
ムルが言いたいことは、まだジロウが聞かされていない、魔王によって奪われたネヴェルの恋人の末路だ…
だが、

「ジロウ、続けてくれ」

ネヴェルはジロウにそう促す。

「皆の反応は予想してた。きっと、テンマのことは何よりも許せないだろうって。リョウタロウが分断した世界をあいつは更に滅茶苦茶にした。魔王だとか天長なんかが居なけりゃ…魔族も天使も、まだマシな生き方が出来ていたかもしれない」
「…そこまでわかっていて、なぜ、彼を憎まないようにと提案するの?ほんの僅かでも友達みたいなものだった…と言う理由では、通用しないのよ?」

静かな声で、ウェルはジロウに問い掛けた。

「カーラ以外は、さっきテンマ自身から話を聞いたと思うけど…」

ジロウがカーラの方に目を遣ると、

「大体はハルミナから聞いてる。進めてくれて大丈夫だよ」

そう、カーラが言うので、ジロウは言葉を紡ぐ。

「あいつはさ、話す度に人を小馬鹿にするように笑うんだ。初めて会った時からそうだった。でも…」

ジロウは俯き、

「今思えば多分、あいつは一度も心から笑ってなかった。あいつは、戦争を始めた天使と魔族を、身体を実験材料にした人間を、存在を無意味にしたリョウタロウを…のうのうと生きているオレ達を憎んでると言ってたよな」
「だから、そいつも被害者だとでも?」

ジロウの隣でナエラがそう聞いてくるので、

「いや。どんな理由であれ、あいつは間違ったことをしている。ただ…テンマの心には憎しみと復讐って感情しか残されてないんだ。だから、何が間違いか、何が正しいか…あいつにはわからないんだ。ただ、あいつの人生も誰かによって歪められたと言うことを、忘れないでほしい」

そこまで言い終えたジロウに、何人かは非難の言葉を浴びせようとしたが、すぐにジロウは次の言葉を続けた。

「ここに居る誰か一人でも、何かに対して憎しみを抱いたままだったら、それこそテンマと変わらないし、百年前の時代と何も変わらないんだと思う。オレ達は変えなきゃいけない、繰り返しちゃ駄目なんだ」

ジロウは英雄の剣を掲げ、

「オレ達は何も憎まず、何も傷付けず、種族なんか関係なく皆で手を取り合ってテンマ達を止めるんだ!過去は変えられない…取り返しのつかないこと、忘れられないこと、色んなことがあると思う。でも、オレ達は変わることは出来る!」

止まらずに声を張り上げ、声が掠れてきたが、ジロウはそれでも必死に声を張って、

「もう誰も、仕組まれた苦しみや悲しみを背負わなくていいように!会ったばかりの人達も居るけど、オレはここに居る皆のことを仲間だと思ってる。そんな皆に、オレは傷付いてほしくない、憎しみに囚われないでほしい!黒い影に飲まれた人達も助けれるって、オレは信じてる!それから、ずっと憎しみや復讐だけを抱えて生きて来たテンマのことも、オレは助けてやりたい!」

…しん、と。
複雑な表情をしている者も居るが、ジロウの気迫に圧倒されているのか、はたまた呆れているのか、誰も非難の言葉も何も言わなくて…

「テンマのことはあいつが納得する為にも、対みたいな存在のリョウタロウがケリをつけなきゃ駄目だったのかもしれない。でももう、リョウタロウは居ない。だからこの剣を託されたオレが、テンマの憎しみと復讐を全部受け止めてあいつを救う」

掲げた剣をゆっくりと下ろし、

「納得できない人も居ると思う。でも、皆のこれからを守る為、それぞれが変わっていく為に、力を貸してくれ!全部終わって、それでもまだ行き場の無い思いがあるってんなら、全部終わった時にはオレを憎んでくれ」

ジロウは一同の顔を順に見て、

「誰かを傷付けるだけが戦いじゃない。…それがオレの戦い方で、ここまで話したこと全部が、オレの思い描く未来なんだ」

綺麗事だとか、腑抜けだとか、何を言われても、思われても構わない。
そんな思いでジロウは話を終えた…


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