異分子と恩人1

地下牢の場所は知っているが、赴くのは初めてだった。
あの日、ハルミナが天界から人間界へ…そして、魔界へ行ってほんの数日ではあるが、それでもカーラに会うのはとても久し振りに感じてしまう。

(私は、リーダーに対してどう接していただろうか?)

それすらわからなくなるほどに、本心から話をしたことなどなかったように感じた。

「…!」

そして、暗い地下牢の一番奥に、ようやくその姿を見つける。

牢内にあるベッドに腰掛け、寝ているのか、ただ目を閉じているのか…
そこにカーラは居た。

また、思い返せば、任務以外で自分から声を掛けたことなど滅多になかったとハルミナは思う。
会話の始まりは、いつも彼からであった。
ハルミナは息を飲み、

「…リー」
「や。ハルミナ、久し振りだねー」
「…」

やはり気付いていたのか、と、その相変わらず呑気なカーラの声にハルミナは思わず気が抜けてしまう。
しかし、カーラは目を丸くして、

「って…あれ?どーしたの髪!?短くない?短すぎない!?な、何があったの!?」

そう聞いてきたので、

「…フェルサさんと戦った時に、ちょっと…」

微笑しながら答えれば、当然その名に、カーラはますます目を大きくした。

カーラはフェルサが生きていることを知らない。
けれど、影武者の中身は知っていたのだろう。
恐らく影武者のことだと思っている。

「…それにしても、リーダー。お元気そうですね。ジロウさんから聞いた時は…もうダメなんじゃないかと思いました」
「勿論元気だよー。…なるほど彼は無事に目覚めたのかー」

空元気なのか、本気なのか、その言葉からは読み取れはしないが…

「ジロウさんは今、ウェルさんの治癒を受けています。リーダーがジロウさんを色々助けてくれたそうですね…ありがとうございます」

そう礼を言うハルミナに、

「…君の大切な人だからね」

と、カーラが言うので、

「大切な友人です」

と、ハルミナは付け足した。

「…それよりも、私はリーダー、あなたに話があって…」
「…僕が先に話してもいいかな?主に、フェルサとミルダ先輩の話だけれど」

その話をしにきたわけではなかったのだが、カーラが深刻な表情をして言うので、ハルミナは頷く。

「もう聞いただろうけど、僕とミルダ先輩とフェルサは百年も前のあの時代からの腐れ縁でね。…で、フェルサの名前が出たってことは、君の両親の話も、聞いたのかな」

聞かれて、ハルミナはまた頷いた。

「…僕は知ってて話さなかった。君にはフェルサもミルダ先輩も関係なく、生きてほしいと…なるべくなら、君が望んだ魔界で、幸せに生きてくれたら…そう、思ったんだけどな。余計なことだったね」

カーラは苦笑し、

「で、フェルサを殺したのは僕だ。優秀で優しかった彼女は…腹の底では復讐ばかり考えていた。それに気付いた時にはもう、手遅れだった」
「…黒い影、ですか?」
「そう。彼女はそれを生み出す実験を完成させていた。僕の言葉なんて、何も届かなかったよ…だから、戦って止めるしかなかった。戦って、戦って…殺してしまった」

そう話す彼は、苦しそうな表情をしていて。

「その時、彼女の中には君が居たんだ。でも僕は彼女を殺した。…ある意味では、僕は君まで殺してしまったんだ」
「…!」

そんなことを言われて、ハルミナは驚愕した。
自分が死んでいたかも…と言う仮定に驚いたわけではない。
カーラがそんなことを考えていたことに驚いたのだ。

「僕が君の生死を知ったのは、紛れもなく二年前だよ。ミルダ先輩とマシュリの話を偶然聞いてね。君の名前は…産まれる前から散々フェルサから聞かされていたから」

懐かしむように言う彼は、どこか遠くを見ていて。

「…フェルサさんが死んだ時、私は産まれる前だったんですよね?なら、私はどうやって産まれたんですか?」

ハルミナが聞くと、

「それも、その時のミルダ先輩とマシュリの会話から聞いたけど…フェルサの死後から数ヶ月…影武者が赤ん坊の君を連れて来たらしくてね」
「それが、私?」
「らしいよ。影武者が大事そうに抱えていたそうで、ミルダ先輩はすぐにその赤ん坊がハルミナだと気付いたらしい。でもミルダ先輩は…フェルサが望んだ実験の為に、君を魔界に落とした」

フェルサから聞かされた話と一致する。ハルミナはそう思い、唇を結んだ。

「君が、フェルサやミルダ先輩に利用される為に産まれ、魔界で生き、それで、天界の森の中で管理されていた――…なんて聞いてね。僕がもっと早くに君が生きていることに気付いていれば良かった。…罪滅ぼし、なんて言ったらアレだけど、そんな思いで君に近付いたのは確かだよ」

カーラはそこまで言い、「話すべきはこれくらいかな」と言って、ハルミナを見る。

「…リーダーは、フェルサさんのことを好きだと聞きました」
「…んー」

言われて、カーラは困ったような表情をし、

「まぁ、ね。まあ、三人の中では僕が一番年下だったから、どうにかなる話でもなかったし…」
「あと、女グセが悪いと聞きました」
「……、誰だよ、そんなことまで言ったのは」

カーラはため息を吐いた。

「…フェルサとミルダ先輩が付き合ってたからさ。まあ、フェルサへの気持ちを忘れようと色んな子に声を掛けたりとかはしたけど…別にやましいことはしてないし」
「…」

それでも訝しげな目を向けてくるハルミナに、

「…、本当だよ?声掛けただけ。何もしてないし、で、デートくらいはしたけど、他は何もしてないし」

なんて、必死に弁解しているカーラにハルミナは肩を竦める。

「リーダー、落ち着いて聞いて下さいね」
「ん?」
「…フェルサさんは、生きている…らしいです」
「………は?」

カーラは今までで一番、間の抜けた声を出した。

人間界でフェルサに会ったこと。

カーラに殺されたように見せ掛け、予め用意した黒い影――…影武者に自分の腕輪を付けて自分と思わせるように仕向け、それをフェルサが操っていた。
今も黒い影の実験を続けている――…そう言っていたスケルの話。

ミルダとマシュリがテンマ達と行ってしまったこと。

…それらをハルミナはカーラに話した。
カーラは半信半疑でそれを聞いていたが…

「フェルサが、生きて…」

ようやく、それだけを口にする。

「だから、フェルサさんのことで、もう何も気に病む必要は無いんです。私への罪滅ぼしなんて、要らないんです…。最初から私は、そんなものを望んでいません。だから、ここを開けて下さい」

ハルミナは鉄格子の扉に触れて言った。
カーラは開けることが出来るらしいが、外側からは開けることが出来なくて、ハルミナは中に入れない。

「…違うよ。フェルサもミルダも、関係ないんだ。でも、フェルサが生きていると聞いて…僕は心のどこかで今、安心してしまった。彼女は君を苦しめた存在なのにね、最低だな、僕は…」
「あなたはフェルサさんを愛していたんです。その気持ちは、当然のものですよ」
「っ」

そうハルミナに言われて、それを否定しようとしたカーラであったが、先にハルミナが言葉を続けていて…

「本当のことを教えて下さい、リーダー。あなたの体は今…どうなのですか?」
「…」

ベッドに腰掛けたままのカーラは真摯な眼差しをして聞いてくるハルミナの目を見つめ返し、

「体は、思うように動かない。視界も歪んで霞んでるし、時々、耳も聞こえなくなる。多分、このまま無理したら今すぐ死ぬだろうし、無理しなくても時間の問題だね」

カーラはヘラりと笑って言った。
そんな彼の笑顔にハルミナは俯き、

「あなたは私に二度も魔術を分け与えてくれた。そのせいで今、あなたはそんな状態になっているんですよね…」
「そこまで、知っているのか……でも違うよ。僕は僕の意思で動いた。君のせいじゃない」

しかし、ハルミナは俯いたまま、首を横に振って、

「私は、ずっと傍に居てくれたあなたの優しさに気付かずに、魔界にばかり思いを馳せていた」
「ハル…」
「だから今度は私があなたを助けたい。そう思ったんです。だから、せめて最後に…ここを開けて下さい。最後くらい、ちゃんと、側で話をしたいんです。今まで、ちゃんと話を出来なかった分、最後くらいは、話をしましょう」

そのハルミナの言葉に、カーラは俯いて黙りつつも、
――ギィッ…
と、鉄格子の扉は独りでに開いた。

「そうだね。最後ぐらい、ちゃんと、話をしようか」

カーラがそう言って、ハルミナが中へ入ろうとすると、

「…僕はね、魔族と天使のハーフなんだ」

カーラがぽつりと、そんなことを言う。

「どちらかと言うと、魔族の血を色濃く継いでいたんだけど、僕がまだまだ子供でヘマをした時にね…フェルサが助けてくれた」

ゆっくりとそう話し、少しの悲しみと、口元に称えた笑みを見て、それは大切な思い出話なのであろうと容易くわかった。

「僕が君にしたのと同じように、彼女は僕に魔力を分け与えてくれた。魔族よりも天使の方が治癒力は早いからね……それがフェルサとの初対面だった。意味がわからなかったよ、初対面の相手に魔力を…少しの命を分けるなんて。それこそ彼女は'実験だ'なんて言っていたけどね…」

――…それでも、彼女に救われた。
彼女の傍に居たいと思った。
もっと知りたいと思った。
だから、争いが始まった日々に、魔族と共に在るか、天使と共に在るか……悩むことなく、フェルサの傍を選んだ。

…そう話すカーラは、やはりどこか幸せそうだった。
けれども、少し無理をしているのであろう、顔色も悪く、時折咳き込んで、冷や汗が流れている。

けれども、彼は話すのをやめはしない。
フェルサの話をしている。
ミルダの話をしている。
ヤクヤともよくつるんでいたと話している。
ネヴェルのことも知っていると言っている。

ハルミナはそれを静かに聞いていた。
ベッドに腰掛けたまま、昔を思い出して、それを語る彼の前に立ち、静かにそれを聞いていた…


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