人間界の昼2

「おい、貴様は何者だ?人間のガキのようだが、何故、俺やハルミナの名を知っている?」

あからさまに不信感をもってネヴェルはレーツを睨んだ。

「そ、そーいや、オレも名乗った覚えがないぞ」
「私もですよ!」

ジロウとカトウがネヴェルに続く。

「私は占い師。名前を見通すことぐらい容易いのです」

レーツはそう答えた。しかし、

「いやいや、あからさまに怪しいって…」

ジロウが言い、

「少年よ。少年少女たちよ。今は、何も聞かず、私を信じてくれませんか?」

レーツは真摯な眼差しを一同に向けた…

「…ふん。おい、英雄の剣に欠けた部分があると貴様は言ったな。何か知らんが、それがあれば、ジロウは剣の能力を使えるのか?」

そこで、ネヴェルがレーツに問い、

「恐らくは。少年が剣の能力を自身の意思で引き出せるようになれば、閉ざされてしまった魔界と天界の扉を開くことができるでしょう」

と、レーツは答える。
それにネヴェルは、

「…貴様、あのテンマとかいう男の仲間ではないだろうな?」

そう、レーツを睨んだまま言った。

「…確かに、なぜ、人間の…こんな小さな子が、天界や魔界、剣の存在を…」

ネヴェルの言葉に同意するかのように、ハルミナはレーツを不思議そうに見る。

「お願いです。今は、何も聞かないで。でも、これだけは真実なのです。私は、テンマという男の味方ではない。ただ、あなた方の味方とも言い切れない。ですが、私があなた方に道を示すこの意思は、真実なのです」

テンマの味方ではない。
けれども、自分達の味方とも言い切れない。
煮え切らないような、事実を話そうとしないレーツを信じていいものなのか。

「レーツ。あんたは、嘘は言っていないんだな?」

そう、最初に口を開いたのはジロウだった。
その問い掛けに、レーツは一つ頷く。

「…今は、あんたのその真実に頼るしかない。この剣の何が欠けてんのかは知らないけど、その欠けた部分がある場所へ、案内してくれ」
「じ、ジロウさん…」

ジロウの言葉に、ハルミナが不安気に名前を呼べば、ジロウは、

「オレが勝手にレーツを信じただけだからさ。皆は待っててくれよ。オレはこの子と一緒に行って来るから!絶対、ハルミナちゃんとネヴェルがそれぞれの世界へ戻れるようにするから」

そう、困ったように笑って言って…

「ま、待って下さい!私も行きます。黒い影がまた現れるかもしれません。少しなら、私も手助けできる」

ハルミナが言い、

「俺も行く。かつて散々、俺達を苦しめたその英雄の剣の欠けた部分、興味があるしな」

ネヴェルも言い、

「み、皆さんが行くなら、私も行きますよ!私、一人じゃ何もできませんから!」

カトウも慌てて言って。

「では、皆さんで行きましょう。英雄たる資格を持つ、皆さんで…」

レーツはまた、意味深な言葉を吐いた…

――…
―――……

レーツに案内された場所は、再び銅鉱山の中にある墓標…
英雄の剣が隠されていた場所だった。

「ここに、まだ何かあるのか…?」

ジロウが聞けば、

「人の無、標す地。ここは特別な場所なのです」

レーツはそう言う。

「人の…」

レーツのその言葉を、ジロウはどこかで聞いた気がするな、と考えた。そして、

天の光、注ぐ地
魔の闇、眠る地
人の無、標す地
その地に建つ宝、世界を繋ぐ鍵とならん

…ジロウは思い出した!と、レーツを見て、

「それ…!人の無、標す地って、テンマが持ってた石板に書いてた言葉!」
「…なるほど。やはり彼はそれを見付けていたのですね」

レーツは視線を落とす。
しかし、すぐに顔を上げて、

「…さあ、まずは、英雄の剣のことが先です。こちらに…」

レーツは皆を促そうとしたが、急に大きく目を見開かせた。
そのレーツの様子に、一同も気付く。

…いつの間にか、周りに黒い影が現れていたことに…!

「こ、こんな所にまで…!?」

ハルミナが叫び、

「一体、なんなんだこいつらは」

さすがに、何度も現れる黒い影にネヴェルは苛立つ。

「た、倒さないと!」

ジロウはそう言い、英雄の剣を構えれば、

「貴様は剣の欠けた部分とやらを優先しろ!俺がこいつらを足止めしてやる!」

ネヴェルがそう言ったので、

「ネヴェル、あんた…」
「勘違いするなよ、何度も言うが、魔界へ戻る術は貴様を頼るしかない。一刻も早く魔界へ戻る為だ」

ネヴェルはそう言い、ハルミナとカトウを横目に見て、

「ハルミナ、貴様はジロウと行ってジロウを守れ」
「え?!」

ネヴェルに言われ、ハルミナは驚き、

「カトウさんは?!」

そう聞けば、

「こいつは足手まといになる、ここに置いておけ」
「ええー?!こ、こんな所に私だけ?!」

ネヴェルがそう言うのでカトウは驚き叫んだ。

「だから貴様らは早く行け!この影共を殲滅したら俺達も行く!」

そのネヴェルの言葉に、

「俺達…ってことは、ちゃんとカトウを守ってくれるってことだな!わかった!任せるぜ、ネヴェル!」

このメンバーの中で一番強いネヴェルなら安心だ、そう思い、ジロウは言ったが、余計なことを言うなという表情をネヴェルはする。

「さあ、少年よ、こっちへ!」

レーツに促された方向へジロウは走り、

「貴様も早く行け!」

ネヴェルはハルミナに言った。
ハルミナは何か言いたげな表現をしたが、こくりと頷き、レーツとジロウを追う。

「やっと行ったか…」

ネヴェルはため息を吐き、

「おい、人間の女。貴様はそこから動くなよ」
「は、はい!私は今現在、すでに恐怖で動けませんから大丈夫ですー!ネヴェルちゃんにお任せします!」

言葉通り、カトウは現状についていけず、その場で腰を抜かしていた…。

――…
―――…

「ここです」

レーツは行き止まりである、鉱山内の岩壁に手を当てる。
すると、この墓標に来る時と同じく、壁の割れ目に小さなボタンが隠されていた。
レーツが何か暗号を打ち込むと、岩壁の扉が開かれ、更に地下へと進む階段が現れる。

「この墓標ですら隠し通路なのに、更に隠し通路があったのか?!」

ジロウ達、村の住人は墓標の隠し通路は知っていたが、この先に更に隠し通路があることは誰も知らないであろう。

「さあ、魔族の少年が足止めをしてくれている内に、急ぎましょう」

レーツはそう言いながら階段を走った。

(魔族の少年…。しかし、レーツさんから見たらネヴェルさんは青年になるのでは?)

先程から、自分達を'少年少女'と呼ぶ、一番幼い少女レーツ。
考えても考えても、疑問が晴れないまま、ハルミナも後を続く…。


「英雄とは、なんだと思いますか?」

階段を降りながら、レーツは急に、ジロウとハルミナに問い掛けた。

「え?英雄って…あれだろ?世界を救うから英雄…」

ジロウの答えに、

「そう。しかし、英雄の意味は数多にあるのです」

レーツは言いながら、静かに目を閉じ、

「何かを救う者、何かを破壊する者。それを行う者を、傍観者がどう捉えるか。英雄とは、その行いを自らの救いだと捉える傍観者が決めるものなのです」

そう、続けた。

「んー…、なんか、難しいな」

ジロウが言えば、

「英雄リョウタロウが良い例えでしょう」

と、レーツは言う。

「…人間にとっては、リョウタロウは英雄。でも、天使と魔族にとっては、英雄ではない…」

ぽつり、と、ハルミナが呟けば、

「そうです」

レーツは頷いた。

「だからこそ。少年、少女よ。君達が誰かの英雄になることもある。しかし、最後には、英雄とは一人に決まるのです。それが誰なのかは、私にもわからない」

そう、言い終えて、階段は終わる。
鉱山の更に地下へ進んだ為、辺りは薄暗く、先の道も見えにくい。

薄暗闇の中をレーツが進んで行くので、ジロウとハルミナは後に続いた。

「っ」
「おっと!?」

地面の出張った石に躓いたハルミナをジロウが支える。

「大丈夫か?」
「は、はい、ありがとうございます」
「まあ、普通の女の子はこんなとこ歩き慣れないよな。レーツはずんずん歩いてるけど…」

ジロウは苦笑し、

「道も見えにくくて危ないし、オレが手を握っとくから、一緒に行こう」
「え?」

なんの躊躇いもなく、ジロウはハルミナの右手を取り、その手を引きながら歩き始めた。
レーツは振り向くことなく、目的の場所へと足を進めている。

「そういや、ハルミナちゃんってあんま笑わないよな」

ふと、ジロウに言われ、

「…そう、でしょうか」
「うん。普通の顔してるか、困った顔してるか、膨れっ面してるか、そんな感じ」
「…」

ジロウに指摘され、ハルミナは……

「ほら、また困り顔だ」
「…」

くるり、と、ジロウは歩きながらハルミナの方を振り向いて表情を指摘した。

「ハルミナちゃんさ、ヤクヤのおっさんの前では笑ってたけど、でも、静かな笑いって言うか、心から笑えてないなーって、思ってた」

ハルミナは手を引かれながら歩きつつ、

「天界で、私は異分子扱いだったから…。警戒して、生きていたから…。魔界に居た頃は笑えていたけれど、天界では、笑うことなんて…」

…なかった。
そう言い掛けて、ハルミナは言葉を止める。
そんなハルミナの様子に、

「天界で助けてくれた天使が居るって言ってたよな。その人の前では、多少でも笑えてたんじゃないか?」

まるで、見透かされるように言われて、ハルミナは目を丸くした。

「その人の話をする時のハルミナちゃんの顔、穏やかそうな顔だったからさ」
「…」
「だから、さっきのレーツの話になるけど。捉え方によって英雄になれるんだったらさ、ハルミナちゃんを助けてくれて、ほんの少しでも笑える場を与えてくれたその人は…ハルミナちゃんにとっての英雄なのかもな。…あ、だったら、ヤクヤのおっさんもだな」

ジロウはそう、笑って言って。

(確かに、リーダーはいつも冗談混じりに喋って、場を和まして。そう、甘いデザートを用意してくれた日なんかは、私は我を忘れて嬉しそうに食べていたっけ…)

ハルミナは、つい先日までの日々を思い浮かべ、しかし、

「リーダーが、英雄?…ふふ、あはは、似合わないなぁ」

そう、ハルミナは笑った。

「あ、やっとちゃんと笑ったな!」
「…あ」

ジロウに言われ、ハルミナは自分が笑っていたことに気付く。

「ハルミナちゃんって元から可愛いけど、笑ったらやっぱすげえ可愛いと思うぜ」
「…え?!」

ジロウはなんの悪意もなく、ニコニコと笑ってそんな恥ずかしい台詞を言って。

(…そうだ。この銅鉱山で初めてジロウさんに会った時、ジロウさんの笑顔はリーダーに似ているって感じた。それに、リーダーも恥ずかしい台詞をさらりと言うし…、それに、リーダーもジロウさんも、頼もしい)

右手を引いたまま歩いてくれるジロウの手をギュッと握り、こんな大変な時なのに、カーラの面影を見てしまって。

(ネヴェルさんにジロウさんを守れと言われたんだ。励まされてばかりじゃダメ、私も…もっとしっかりしなくちゃ)

ハルミナは心の中でそう思った。

「ってか、一本道歩いてるだけなのに、長いな…」

まだ先へ進み続けるレーツを見て、その後に続きながらジロウは言う。

闇が迫っていることに、誰も気付かなかった。


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