魔界の夜1

紫色した大地、枯れた木、空なんか無い。赤い、天井。
それが魔界。

かつての人間の英雄と英雄の剣の力により、人間界の下、地底に存在し、空、太陽、月…そんなものは無い。
しかし、魔界に住んでいる者にしかほとんどわからないが、朝昼夜の概念はある。
今はちょうど、夜らしい。

フリーダムヤクヤに言われ、今日はフリーダムが潜んでいる場所で、ジロウ、レイル、ハルミナは休むこととなった。

そんな中で、人間であるジロウは動揺していた。
ある、一つの事実が頭の中から抜けていた。
それは、先ほどレイルと話していた時だ。

「しかし、ジロウ。貴方を人間界に帰す方法も考えなければいけませんね…」
「へ?」
「…話忘れていましたが、人間界への扉を開けるのは上位の魔族だけなのです。例えば、ネヴェルやナエラ。そういった力ある者に、魔王は扉を開く力を与えているのです。だから…」


――ジロウは先刻のレイルとのその会話を思い出し、テントを張った付近にあった、大きな岩の上に座っていた。
赤い赤い、魔界の大地がよく見える。
遠くに、城のようなものが見えた。

(あれが、さっきまで居た城なのかな)

ジロウはそう思いながら、テンマに出会い、そして魔界に来るまでの経緯を頭に思い描く。

(テンマは英雄リョウタロウを知ってる風で、英雄の剣を手に入れようとしてた。オレは…もう一度テンマやリョウタロウに会って、ちゃんと、話をしたい。魔界や天界だなんて、神話の中の存在が本当にあったんだ。テンマももしかしたら、そういった類いの何かなのか?)

ジロウはそこまで考えて、一つ欠伸をした。

「…ジロウさん」
「うをわっ!?」

急に背後から声を掛けられて、ジロウは驚いて岩から滑り落ちそうになるのをなんとか堪える。

「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫」

声の主は、天使ハルミナだった。

「え、えーっと、ハルミナちゃん、だっけ?寝ないのか?一応、今は夜なんだろ?」
「はい。…あの、あなたに話があって」
「オレに?」
「はい。レイルさんから、お聞きしました。ジロウさんは、あの時…私の羽を拾ったと…」

ジロウは首を傾げる。
ジロウとハルミナと言えば…
ジロウがまだトレジャーハンターにやる気がなかった時。
いつもの銅鉱山が大雨だったあの日。

「あ、オレもあんたに話したいことがあったんだ。あん時は怪我を直してくれてサンキューな」

ジロウが言えば、なぜかハルミナは表情を曇らせる。
その表情をジロウは疑問に感じたが、

「あんたの不思議な力とさ、羽を拾ったお陰で、オレは世界ってまだまだ知らないことだらけだと思って、トレジャーハンターにやる気を出せたんだ」

ジロウが言えば、ますますハルミナは表情を曇らせてしまい…

(お、オレ、なんか変なこと言ってるか!?)

ジロウは心の中でそう叫んだ。

「あー、あの、ハルミナちゃんが話したいことって?」
「…それは…」

ハルミナは俯き、

「全部、私のせいですから…。ジロウさんを巻き込んでしまったのは…」
「?」

そのハルミナの言葉に、ジロウはあの銅鉱山での彼女の意味深な言葉を重ねる。

――私のせい、みたいなものですから。ごめんなさい…

あの日、ハルミナは何度か『私のせい』みたいな事を言っていた。
それは当然、ジロウには意味がわからなかったが…

「先程、話しましたよね。天界で私を助けてくれた天使が居て、その人が今回、人間界への扉を開き、魔界への扉を開く魔力を分けてくれたと…」
「あ、あぁ」
「天界から人間界への扉を開いた際、少しごたついていて、違う人が開いてくれた扉を、本来通れるはずのない私が通った。そういったイレギュラー、と言うんでしょうか、そういった事態には人間界に影響が及ぶんです」

ハルミナはそこまで言って、

「ちょうど、あなたに会ったあの時に、私は人間界に着いたんです。そして、扉の影響で人間界の天候は荒れ、あなたも怪我をしてしまった。あれは、私の責任なんです」

あの日、確かに、ジロウは荒れた天候のせいで、軽い崖で足を滑らせ、右足を派手に擦りむいてしまった。
……血も物凄く出て。

「よ、よくわかんないけど、ハルミナちゃんのせいじゃないって。そもそもあの時はオレのやる気不足が問題だし……それに、法術みたいな力で傷を治してくれたじゃん。だから、チャラって言うか、あんたは悪くねえよ」

本気でそう思うからジロウは言うが、ハルミナは納得していないような暗い表情のまま、

「それだけじゃありません」

なんて言って。

「ま、まだなんかある?」

ジロウは首を捻る。

「私に会って、羽を拾って、トレ、ジャー…なんとかと言う、ものにやる気を出したと言っていましたね」
「お、おう。トレジャーハンターね」
「だったら、今回ジロウさんが英雄の剣に巻き込まれたのも、魔界へ来る羽目になったのも……私の責任です…」
「な、なんでそうなる??」
「レイルさんから聞きました。やる気が出て、その、トレジャー…ハンター?の際に、謎の男の人に出会ったって。だったら、やる気を出させてしまった私に責任が…」

そこまで聞き、

(ね、ネガティブすぎる!!)

ジロウは心の中でツッコミを入れた。

「魔界から人間界へ帰れるかもわかりませんし…」
「でも、あんたも同じだろ?扉を開けないんだろ?だったら、あんたも帰れないし…」
「私は、自ら望んでここに来たから。でも、ジロウさんは違う。あなたは、巻き込まれてここに来た…」

それに、ジロウは頷き、

「そう言われたら確かにそうだけど。母さんも父さんも心配してるかもしんないし。でも、まだよくわかんねえけど…」

ジロウは手にしたままの英雄の剣を見つめ、

「この剣が大変なものだってのは、この魔界でネヴェルやレイル、おっさんから話を聞き、わかった。一体、これから、何からこの剣を護ったらいいのかはわからないけど、オレ自身どうしていくべきなのかわからないけど」

それから、ハルミナに顔を向け、

「とにかく、ハルミナちゃんのせいじゃないからさ。全部、何も知らなかったオレ自身の問題だと思うんだ。だから、ハルミナちゃんもなんか、大変そうじゃん。さっき話聞いてたら、オレの想像できないような境遇でさ。だから、あんたは自分のことを考えなよ。オレは大丈夫だから」

ジロウは言い、ニコッと笑った。

「…ジロウさん」

ハルミナはもう、それ以上、何も言えなくて。ただ名前を呼んだ。

「あ、そうだ。初めて会ったあの日にさ。荒れた空の遠くの方で白い光を見たんだ。その光の中で、鳥のような、何か翼が羽ばたいているのが見えた。今思えば、あれがハルミナちゃんだったのかな?」
「…たぶん、扉の光と、私でしょうね」
「そっか」

そして、ジロウは鞄の中からあの日の、ハルミナの羽を取り出し、

「あの時、あんたに会えて良かったって、オレは思ってる。あの日がなかったら、オレは変わらない毎日をだらだら過ごすだけの奴だったから」

そう、呟くように言い、

(それに、テンマに会えた。魔界とか、天界の存在を知れた)

それは決して、悪いことじゃないとジロウは思うから。

「だから、なんつーか、オレ、何もできないただの人間だけど、ってか、明日からお互いどうするかわかんねえけど、よろしくな、ハルミナちゃん」
「…」

ハルミナは、屈託なく笑うジロウを驚くような表情で見つめ、

「…ありがとう…」

ただ、そう礼を言った。

「私も……」

ハルミナがジロウから貰った一つの小さな軽い銅を取り出そうとした時に、

「あ、ジロウ。こんな所に……。あ、あれ?ハルミナも一緒でしたか」

二人の背後から新たな声が。

「お、レイルまでどうしたんだよ」

それはレイルだった。

「いえ、ジロウの姿が見当たらなかったもので。しかし、お邪魔でしたか?」

クスッと、レイルは笑い、

「えっ、なっ…」

ハルミナはなぜか動揺していたが、

「子供の見た目して、中身はおっさんかよ、レイル」

ジロウは笑って返した。

「失礼ですね。まだそんな歳ではありません」
「それで?レイルはどうしたんだよ」
「……。貴方に、人間界の話をもっと聞かせてもらいたいなと思ったのです」

次に、レイルは子供みたいな表情で言う。
するとハルミナが、

「人間界のことは、私も全然知りません。ジロウさんが言う、トレジャー、ハンターとか、ほうじゅつ…とか。…色々と聞いて、みたいです」

そう言ってきたので、

「んー。まあ、二人の気持ち、わかるかも。じゃあさ、かわりに聞かせてくれよな、天界とか魔界とかの話をさ!」

ジロウは笑って言った。
言いながら、しかし、不安も当然あった。

父や母。テンマ、リョウタロウ、カトウ。

(オレ、帰れるのかなぁ)


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