上魔ラザル

最近、魔界にはダサい連中が居る。
最近というか、以前から逃げていたみたいだが、最近は目立っている。

下魔で野良な魔族の群れらしいが、'フリーダム'とか名乗ってるらしい。
…はっきし言ってダサい。

でも、物凄く強い奴がその中に居るらしい。
ダサいのにな。

先日も、オレ達、魔王の配下である中魔がその'フリーダム'とかいう連中にやられたらしい。
命までは取られず、重傷を負って帰って来たが……

情報だけ聞き出して、悪魔ネヴェル様が始末したらしい。

正直、仲間を始末しちゃうのはどうかと思うけど、悪魔ネヴェル様と言えば、魔王の次に強い階級だし、魔界唯一の階級だ。
誰も逆らえないし、オレも、ネヴェル様の前に立つと、震えて…目も合わせれないぐらいに恐怖する。
いつだって、ネヴェル様は殺気を纏ってるんだ。
でも、あれはほんの僅かだ。半分もない殺気。本気なんか出したことないだろう。

と言うか、さっきもオレがちょっと喋りすぎてただけで、右腕を切り落とされたしな。
気配なんてなくて、気付いたら腕が床に転がってて、痛みがきて…
ああ、くそっ。思い出しただけでも恐ろしい。

そんなネヴェル様に近付くのは、オレと同じ階級の、上魔ナエラくらいだ。
と言うか、同じ上魔でも、ナエラも悪魔を名乗れる程の実力者…

魔界は力が物を言う社会だ。

魔王様、ネヴェル様、ナエラ。
この三人には、絶対に逆らっちゃならない。
命が惜しいなら…な。

さて、オレの今日の仕事はと言えば……
と言うか、ほとんどの中魔、上魔の仕事なんだがな、逃げている野良魔族の回収だ。

戦力になる奴は魔王の配下に引き入れ、役に立たない奴はその場で処分。

今もちょうど、足も遅くて、力も弱い野良ばかりで……
これは、どうも、役には立たないなぁ。

「ひっ、ひぃ!?やめてくれ!?なぜ、静かに暮らすことが許されないんだ!?」

そう叫ぶのは、魔族の寿命を半ばくらいまで生きたのであろう野良魔族の男。

「仕方ないだろ、魔王様の決めたことなんだから。魔界での決まりを復唱してみ?魔界では力こそが全て、支配こそが全て。…だろ?」

オレはそう言って笑い、

――抵抗すら出来ない、無力な野良魔族数人を、始末した。


しなければ、ならないのだ。
オレだって、強大な力に支配されているのだ。

逆らうことなんか、できないんだ。

いつからだろうな、魔界がこんな世の中になったのは。いや、魔王様が現れてからだな。

まあ、しかし、オレだって所詮は魔族。
他者を始末することを、楽しめてしまうんだ。

そして、オレは始末した野良の血を吸い尽くす。
オレは吸血種だから。
他者の血を吸い、オレの栄養にする。

そうすることで細胞が活性化し…

「よし、腕もくっついたな」

傷も癒えるし、破損した部分も修復できる。

(しかし……マズイよな、一人ぐらい、使えそうな野良を見つけないと、ネヴェル様に殺されちまうな)

そう思うが、居ないものは居ないのだ。
その、フリーダムとか言う連中は戦えるそうだから、そいつらを見つけれたらいいんだが…

「……う、ぅ…」
「ん?」

消え掛かりそうな声がして、オレは声の方を見る。

「おっと、始末し損ねたか」

うつ伏せに倒れている野良魔族の…
まだ小さい餓鬼だ。

「小さいからなー。攻撃があまり当たんなかったか?」

オレは、その餓鬼の前まで行き、

――ガッ!

「ぐっ…!」

思い切り頭を踏みつけてやる。

「運が悪かったってヤツだな。さっさと他の連中みたいに始末されてたら良かったのに」
「……おっ、おまえらは、バケモノだ!」
「そりゃ、バケモノだろ。天界の奴等はオレ達を昔からそう称してるし……まあ、お前みたいな小さいのは知らない話かな?」

と、オレは餓鬼に言う。
昔々、天界と争っていた頃、天使達はオレ達魔族をバケモノと呼んでいたらしい。
…天使は人の血なんて吸わないし、肉を喰わないんだとさ。
お上品なこった。

「まっ、いいや。お前も役に立たない野良だし、始末してその血をオレの栄養に……」

オレがそこまで言って、手に魔力を込めようとした時、

――ビュッ!

と、風が吹いて、オレの手を弾いた。

「なっ」

それは自然の風ではない。魔術だ。
ほんの一瞬の隙に、餓鬼の姿がなくなっている。

(まさか、今の餓鬼が!?)

そう思ったのも束の間。
少し離れた先に、人影が見えた。

「今の魔界は…こんなに荒れているのね…」

その人影が、さっきの餓鬼を腕に抱き、オレが始末した、床に転がる魔族達を見て静かに言う。

「…なんだテメェは。しかし、そこいらの魔族よりはやるな。中魔ぐらいの実力か?」

オレがそう言えば、その人影は、女はこっちを怪訝そうに見てくる。

魔界には珍しい、緑色の髪に、見掛けない服を着ていた。
と言うか、やけに泥だらけの服だな。

「なぁ、お前、魔王様の部下になれよ。知ってるだろ?今、オレらは野良魔族の回収をしてるんだ。下魔で居るより、中魔か上魔になった方が、生きやすいと思うけど?」

そうオレが言えば、

「…無理です。こんな小さな子まで殺そうとする人達の仲間になんて、なりません」

と、女は言う。

「殺すんじゃなくて'始末'…言うなれば'排除'だよ。魔界に…魔王様に必要な物だけを残せばいい」
「言い方を変えても、命を奪うことに…変わりはないです」
「…。なーんかお前、魔族にしちゃあ、なよっこい奴だな…。魔族の女なんて、恐ーい奴ばっかなのによ」

オレはため息を吐き、

「まあ、あれだ。オレの嫌いなタイプだ。しかし、力は普通の野良よりはある。だから、ボコって連れてくぜ」
「……っ…」

女は気絶してしまっている魔族の餓鬼を力強く抱いたまま、こちらを睨んでいる。
どうやらこの女、戦いは不慣れのようだ。まっ、その方が楽に連れて……

「おーっと、待ってよラザルちゃん!」
「あぁ!?」

すると、背後から聞き覚えのある声がして…

「なっ、お前、ナエラ!?なんでお前が居るんだよ」

例の、絶対に逆らっちゃならない三人の内の一人、上魔ナエラが居た。

「あー、こいつかぁ」

と、ナエラは女をじろじろと見る。

「何だ?この女、知ってんのか?」

オレが聞けば、

「知らない。けど、こいつだ」
「?」

ナエラが何を言っているのかがわからなくて、オレは首を傾げた。

「まあ、足止めありがとね、ラザルちゃん。もうすぐネヴェルちゃんも……あ、来た来た」
「足止め…?ねっ、ネヴェル様!?」

わけのわからないまま、更には転移魔術でネヴェル様までもが現れた。

「…なんだ、どんな奴が乗り込んで来たのかと思えば、弱そうな女だったか」

そう、ネヴェル様が言う。

「あ、あの、ネヴェル様?一体なんなんですか?」

オレが聞けば、

「人間界に繋がる扉がさっき開いたんだよね。人間は扉のことを知らないし開けない。と言うことは、天使しか居ない、でしょ?」

ナエラが答えた。

「こっ、この女が、天使」

実際、オレも天使を見るのは初めてだ。戦争があった頃は、まだオレは生まれてなかったし。

「でも、天使って髪の色、金ぴかなのに、こいつはくすんでるね。来て早々、魔界の空気にやられちゃったわけ?ねえ、女。あんたさ、何しに来たわけ?戦争?」

ナエラが女に聞くが、女は何も答えない。

「まあ、天界の住人は、魔界では力を出し切れない。羽すら出せないだろう。一応、天界を落とす時に何かの役に立つかもしれん。連れ帰って閉じ込めておくのもいいかもな。それと、詳しい話も帰ってから聞き出すか。…連れて来い、ナエラ」

そう、ネヴェル様は言う。
さらっとネヴェル様は言ったけど、天界を落とすとか…一体いつになる話だ。

「ネヴェルちゃん、あの女が抱えてる子供はどうする?」
「必要ない」
「!」

そんなナエラとネヴェル様の会話に、女は咄嗟に逃げ出そうと動く。……が、

――バサッ…

「もーう、じっとしててよ」
「…!」

ナエラが黒い羽を背から出し、瞬時に女の前へ飛んで道を阻む。

「さっ、聞いてたでしょ。その子供は始末するからそこに置いて。あんたはこっちへ来てよね」
「もっ……物みたいに、言わないで…この子はあなた達と同じ、魔族…」
「あー、ウザッ。天使ってのはいつの時代も鬱陶しいなぁ」

ナエラは言い、

「まあ、いいよ。今から10数えてあげる。その間にその子を地面に置いて。じゃなきゃ、あんたごと巻き込むから。いくよ。いーち、にー、さーん…」

数え始めたナエラ。
女は考えているようだ。
恐らくどう逃げるかを。
しかし、逃げれるはずないよな、相手はナエラなんだからよ。

「しー、ごー、ろーく」
「もういい、ナエラ」
「へ?」

すると、ネヴェル様がナエラを止めた。
え?嘘。ネヴェル様、あの餓鬼を助けるのか?
ネヴェル様は、気絶している餓鬼を抱えたままの女の前まで歩く。
女の表情は怯えていた。
恐らく、女も理解したのだろう、ネヴェル様は他の魔族とは違うということを。

「おい、貴様。なぜその餓鬼を離さない」

ネヴェル様が女に問えば、

「あ、あなた達が…殺そうと、する、から」

震えた声で女は答えている。

「そうか」

……あれ、ネヴェル様。納得したのか?

――ザシュッ

なんてことは、やっぱりなかった。
と言うか、'あっ'と言う間もないなぁ…

「え…」

女の間の抜けた声。

「反吐が出る、堕天使が」

ネヴェル様は女に言った。

ドサリ、と、魔族の餓鬼が地面に落ちる。
もう、息はしていないようだ。
気絶したまま、短いその生涯を終えちまったってわけか。

その、息をしていない餓鬼を、女は青冷めた顔をして見ている。

「……ひっ、…酷い…」
「そう思うのは、貴様が魔族ではないからだ。魔界ではこれが日常だ。わかったなら、着いて来い」

ネヴェル様は言った。しかし、女はそう簡単に言うことを聞くはずもなく、

――パシンッ

なんて、地味に痛そうな音が響く。

「最低…っ…!」

あろうことか、女はネヴェル様の頬を平手打ちした。

「ねっ、ネヴェル様!?」
「こっ、この女!汚い手でよくもネヴェルちゃんに!」
「よせ、二人共」

驚くオレと、怒るナエラに、冷静にネヴェル様は言い、

「わざと避けなかっただけだ」

そう言う。
そっ、そりゃそうだよな。

「満足したか?そして、理解したな。なぜ魔界に単身で来たのかは知らないが、天使はここでは無力だ」
「くっ…」

女は悔しそうに俯き、

「ナエラ、俺は先に帰る。お前が連れて来い」

ネヴェル様はナエラにそれだけ言って、再び転移魔術で姿を消した。

「……さ、ラザルちゃんも帰ろっか」
「お、おう。なんか、わけわかんねーけどな…」
「その前に、ボクは汚い手でネヴェルちゃんに触ったこの女をちょこっとだけボコるから、先に帰ってて」
「……お、おう」

オレは頷き、ネヴェル様の後を追うように、転移魔術を唱えた。

……あの天使の女、死ぬんじゃね?


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