このお伽噺で最初に出会った人@


「バケモノ‥‥化け物だぁあぁあぁあ!」

とある森の中、そう叫んだ男はその場から逃げ出した。

「なんだありゃ、男のクセにみっともねえなぁおい?」

その場に残された血塗れの少年はそう言って嗤う。

「お前もそう思わねえか?なぁ、女殺されて子供置き去りにしてみっともねえよなぁ?」

少年の横には無惨に切り裂かれた女性の死体。
その死体の血溜まりの中で恐怖に怯え、震え、嗚咽する少女。

「何か言えよ、オイ」

そんな少女を少年は苛立つように睨みつけ、女性の死体をグシャリと足で踏みつけた。

グチャ、グチャリと、嫌な音が響く。

「やっ、やめて‥‥やめて、くださ‥‥」

そんな少年の行動を見て、少女は両手で頭を抱え、何もかも信じられないという風に全身を震わせる。

「こりゃもう死んだ役立たずだろ。別にどうしようが構わねえじゃねーか。あ、そうか、お前の母親だったものだもんな、この肉の塊!」
「う、ぇ、えぐっ‥‥」

狂ったように笑いながら、死体を踏みつけることをやめない少年。
飛び散る血に肉の破片、砕ける骨の音。少女はとうとう嘔吐した。

「あ?吐いたわけ?きったねぇな。つーかよ、お前置き去りにしたあの男、お前の父親だろ?ぜんっぜん、助けに来ないな?なんなの?お前愛されてないわけ?」
「う、ぐ‥‥なっ、なんで、にい‥‥」
「ってか、全然殺し足りないんだよな。女一人殺しただけじゃ全然足りねえ。あの男を追っ掛けて殺すのも愉しそうだが。なあ、お前さ、死にたい?殺していい?」

少女の眼前に、少年の狂気染みた顔が近づき、少女はふるふると首を横に振る。逃げようにも、恐怖で体が凍りついたかのように足が動かなかった。

「へえ、死にたくない?こんな状況下なのに死にたくない?いいねぇ、母親も死に、父親に見捨てられ、それでも死にたくないか、いいねぇ、それ」

声を上げて笑う少年に、少女は全身を震わせたまま、恐怖で声すら出なくなった。だが、何か言いたげに少年を見ている。

「じゃあさ、殺さないでやるよ。ただ、お前は死にたくなるだろうけどな」

少年は少女の髪に結われた赤いリボンをほどき、バシャリと、血溜まりの中に少女を押し倒す。
自分の上に覆い被さった少年の赤い目を、初めて恐ろしいと感じた。

「お前の母親の血溜まりの上でお前を犯してやる。どうだ?死にたくなっただろう?」


ーー‥‥殺しを始めたのいつだったか?
女を初めて抱いたのはいつだったか?
男を初めて抱いたのはいつだったか?
こんな人生を送り出したきっかけは?

そんなことを考えながら、男ーーディエは森の中で女性を襲っていたごろつき達を惨殺した。

頭の中はいつだって雲がかかって晴れはしない。だが、手に伝わる肉の感触。それを感じている時だけは何故か安堵感があった。

(そういえば昔、この森で、気紛れで犯して気紛れで殺さなかった子供が一人居たな。確か女だったか?)

曖昧な記憶だった。事実かどうかさえもよくわからない。
思い出せたことといえば、泣き叫び喚く悲鳴の甘美さと、赤いリボンをしていたな、ということぐらいだった。
その後はどうなったっけ?全く記憶にない。
まあ、昔の話だからどうでもいいかとディエは思った。

「あ、あの」

ごろつきに襲われ掛けていた赤い髪の女性がディエに声をかけ、

「助けてくれて、ありがとう」

そう、困ったような顔をして礼を言う。

「別にお前を助けたわけじゃないし、これで普通、礼を言う?」

と、ディエはごろつき達の死体を指差しながら笑った。

「でも、そいつらに犯られずに済んだし、あんたのおかげよ」
「あ?わかんねーじゃねえかよ。もしかしたら俺がお前を犯るかもしれねえぞ?」

そうディエが言えば、女性は視線を散らつかせ、

「べ、別に、構わないよ。あんたは、その、助けてくれたし。犯りたいってんなら。ただ、場所が場所だから、どこか町に行って‥‥」

頬を紅く染め、緊張しながら言う女性にディエは心底面倒臭そうな顔をして、女性とごろつき達の死体を残し、森を抜けようとした。

「ちょっ!ちょっと!なんで無視するわけ!?待って!あたしはシャイ!あんたは!?待ってってば!」

女性ーーシャイはディエの後を追う。
追ってどうしたいのか自分でもよくわからなかったが。

「ちょっと!どこまで無視する気!?あんたの名前、教えてよ!」

意地でも名前を聞き出してやろうと再びシャイが聞けば、

「あれ?まだ着いて来てたんですか?」

ようやくこちらを振り向いたディエの表情と声音からは、先程の狂気さが消え去っていた。

「え?あ、うん?」
「名前ですか?まあ、ディエという名前はありますが」
「ディエ‥‥」

シャイは、先程と違いすぎるディエの様子になんだか拍子抜けしてしまう。
だが、この世界ではよくあることだ。
人々は様々な人格を持っている。

シャイは立ち止まってくれたディエの目の前まで歩き、

「もう一回名乗るけど、あたしはシャイ。これからよろしく頼むよ、ディエ」
「これから?」

彼女が何を言っているのかはわからない。だが、赤髪の彼女はとても幸せそうに笑っていた。


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