【それは幸福か、見せ掛けか】
全てが終わって一年が過ぎた頃。
システルは鼻歌を歌いながらロスと共に家に帰る途中だった。
「システル、ちゃんと前を見て歩かないと危ないぞ」
「もう、パパったら心配性ね、大丈夫よ!」
そう言いながら、システルは紙袋いっぱいのリンゴを抱え、くるくると草原を踊るように駆ける。
ロス自身もシステルが大量にリンゴを買っていた為、もう一袋の片割れを重たそうに持ちながら、ため息混じりに彼女を見た。
結局、システルは何一つ思い出していない。
あんなに狂おしいほど惹かれていたディエのことも、自身が犯したことも、全ての出会いさえもーー。
ただ、幼き日の出会い……リンゴのことだけを、覚えていて。
これから先の未来、一人の少女として愛していたシステルに、もう一人の男として愛を囁くことは二度と出来ない。
だが、ロスは今の穏やかな彼女を見て思う。
これで良かったのだと。
システルはここからまた、新たな人生をスタートさせていくのだと。
今度はきっと、愛に狂うことなく、異常に囚われることなく、どうか、自分以外の誰かと、幸せな未来を歩んでほしい。
(お前が俺を父として望むんなら、俺はお前を絶対に、娘として愛し、見守っていくから)
そう、強く強く、決めたのだ。
「ねえ、パパ!」
くるりと、システルがニコニコとしながら後ろを振り返ってくるので、
「ん?どうした?」
「ママはどうして帰って来ないのかしら……私、パパとママと一緒に暮らしたいのに……」
「…い、いや…だから、あの子はママとかじゃなくて……」
「嘘!」
と、システルに一喝され、ロスは数回、瞬きをする。
「だってパパ、ママの話になると、私の話をする時と同じくらい、優しい顔をしているのよ」
そう言われ、思わずロスは自分の顔を不思議そうにペタペタと触った。
「ふふふ!ほら!パパ、顔が真っ赤になっているわ!」
システルはロスを指差しながら笑い、
「う、うるさいな!そんなんじゃないって!もうお前なんて置いてくからな!」
そう言って、ロスは間近になった家の方へと走って行ってしまい、
「もうっ!パパったら怒りっぽいんだから!待っ……」
システルも駆け出そうとしたその時、
「きゃっ」
と、何かにぶつかってしまう。
それが人であるということにすぐさま気付き、
「ご、ごめんなさい、私ったら、さっきパパに前を見て歩きなさいって言われたばかりなのに!」
「……パパ?」
ぶつかってしまった相手は男だったようで、システルは恐る恐る前を向き、長身の男を見上げた。
「…………」
見上げたその時、赤い目と目が合って、システルは言葉を失う。しかし、
「……あなた、どこかで……」
ぼんやりとシステルはそう言ったが、
「それはなんなんだ?」
男に紙袋いっぱいのリンゴを指摘され、システルはその場に意識を戻す。
「あ……。私、リンゴが好きなんです。でも、今日は買いすぎてしまって、そんなにどうするんだって、パパに怒られちゃったんですけど……ママが居たら、皆で食べるのに……」
「ママ?」
「……ママはクッキーを焼くのが上手らしいんです。姿は見せてくれないけど、たまに、家の玄関にクッキーだけが置かれていて……」
「…………パパに、ママ、か。なるほどな」
男の声が少しだけ不満みたいなものを含んでいたように感じたが、
「なあ、それ買いすぎたんなら少し貰ってもいいか?」
「え?あ、はい。誰かと食べられるんですか?」
「まあ、手土産が何も無くてな。妹にーー会いに行こうと思ってな」
「……」
システルは抱えた紙袋を見つめ、
「だったら、全部あげます!」
と、男の胸にリンゴいっぱいの紙袋を押し付けた。
「はぁ?こんなにいらねえよ」
「私もパパと二人だし、あなたも妹と二人。なら、数は半分半分です」
なんて、訳のわからない理屈を言われ、男は何か言おうとしたが、遠くの方で赤い髪の男ーーパパが娘が帰って来ないのを心配して引き返して来るのが見え、
「じゃあ、ありがたく貰ってくぞ」
と、男はシステルに背を向ける。
「あ…」
システルはなぜか手を伸ばしかけ、
「あの…!また、また……会えますか?あなたに、会えますか?」
なぜか、そう聞いた。
だが、男は去り際にちらりと赤い目をこちらに向けただけで、素早くその場から立ち去ってしまった。
「システル!何してたんだよ!」
ロスがようやくシステルの立つ場所に着き、
「って、あれ?!リンゴはどうしたんだ?!」
そう聞くも、
「ごめんね、パパ。なんでもないの、なんでも……」
システルはそう言い、なぜか、涙を流していた。
当然ロスは困惑しきっていたが、
「ねえ、パパ。早く帰ってリンゴを食べましょ。きっと、きっと、おいしいわ」
まるで、それは暗示のように。
リンゴそのものが、彼女にとっての暗示のように。
そうして、月日は過ぎていく。
世間では『殺人鬼様』なんて呼ばれる存在の噂を耳にすることが多くなった。
だが、ロスとシステルの住む地域には関係のないことで。
月日を経て、システルは美しい女性に成長していた。
そうして、システルに求婚してくる男達までもが現れ始める。
複雑ながらも、父親としてシステルを守りつつ、本当にシステルを幸せにしてくれる男は居るだろうかーーロスは日々、頭を悩ませていた。
一方でシステルはロスと過ごす家族としての日々に満足している。だが、その脳裏には、あの赤い目の男がちらつく時もあった。
きっとまた、そう遠くない日に、何かがーー……
end
本編後のロスとシステル(文)のリクエストでしたがしかし!
気付かれた方はいるでしょうか……実はこれ、最終話前の下りになっています。
ディエが本編最後でリンゴを持ってた理由です。
いつか書こうと思っていた話で、今回のリクエストで書かせて頂きました正式な話になっています。
ラストらへんはpart3の軸になっています。
ロスとシステルのリクエストなのにディエまで出ててすみません&本編後と言いきれずすみません&見ようによっては誰も幸せじゃない感じですみません……
しかし楽しく書けました。part3へのネタバレと言うか伏線みたいなものも練り込んでいます。