バウヒニアの花言葉 | ナノ


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「あ、おはよう香くん。」

長い眠りから目を覚ますと、何故か俺の部屋に今1番会いたくない女がいた。

「…なんでなまえがいんの?」

朝のままのテンションで会っていたらきっと発狂していたと思うが、幸か不幸か俺は目覚めが悪く寝起きはまったく頭が働かないタイプなので自分でも驚くほど冷静、というかローテンションで彼女と向き合えた。
ありがとう低血圧。
生まれて初めて低血圧に感謝した気がする。

「なんでって…誰かさんが学校休んだからプリントとノート届けに来て差し上げたんですよ。」

今日は先生達の全体会議があるらしくて学校午前中で終わったからね。
そう言って寝起きでぼんやりしたままの俺に彼女は何かのお知らせのプリントとノートを差し出し枕元に置いた。

乱雑に放り出した携帯のディスプレイを確認すればただいまの時刻は午後1時。

あー、そういえば明日からテスト期間だったっけ。
なんとなくパラパラとノートをめくれば、ページの至る所に付箋が貼られており、テスト範囲の詳細や覚え方のポイントが俺にも分かるように書かれていた。
意外にマメな一面に好感が持てる。
普段は二次元二次元言ってるけど実は結構努力家だもんなー。

「一応テスト範囲はまとめてはおいたけどわかんないとこあったらまた言ってね。」
「ん…気が利くじゃん。さんくす的な。」
「どういたしまして。…フッ、私って優秀なパシリじゃなぁい?」
「………。」

なまえの女子力も何もあったもんじゃないドヤ顔に、今朝の微熱も引いていきそうだ。
百年の恋も冷めるドヤ顔だ、いや、そもそも別に恋してねーけど。
とにかく、そんな彼女(のドヤ顔)を見てたら夢の事で悩むのも阿呆らしくなってきて。

「あー、はいはい、ソウデスネー。」

棒読みでそう返して俺はくしゃくしゃとなまえの頭を撫でた、というか掻き回した。
なんというか…夢はしょせん夢でしかないんだなー、的な。
夢の中のなまえはあんなに可愛げがあり色気もあったのに現実のこいつときたら……察してください的な。

ーーまぁでも、そこがいいのかも。

他人相手にそんなこと思っちゃうなんて我ながらどうかしてると思う。
でもなんというか、俺はこいつのこういう飾らないところが好き(あくまで友人としてだけど)だし、こんなんだから一緒にいて居心地がいい、楽しい、そう思えるんだろう。

「ちょ!やめろや!髪型崩れちゃうじゃん!」
「いやいや。こっちのがワイルドでイカすって、サイヤ人みたいで。」
「今どんな髪の乱れ方してんの!?」

さっきまで顔も見たく無かったはずなのに、今は逆にもう少し一緒にいたい、近くにいたいなんて思ってしまう。
こういうのってなんか変な感じだ、今までそんな気持ち抱いた事無かったんだけど。

このままさよならまた明日ねっていうのもなんだか味気ない。
もう少し絡んでいたい。

「あのさ、このまま昼メシ食いにいかね?」

そう思った俺は、彼女を食事に誘ってみることにした。
(食事に、といってもただのファミレスだけど。)

「え?身体はもういいの?」

突然の俺の提案に、彼女は髪を直しながらきょとんとした顔でこちらを見た。
なんだ、髪下ろすと案外可愛いんじゃん、中身あんなだけど。

「仮病だから無問題。」
「仮病だったんすか!うん、まぁちょっと予想はしてたけども!…でもテスト前だしなぁ…。」
「奢ってやるからさ、ノートの礼に。飯食ってそのまま勉強教えてよ的な。」
「まぁ…香くんの奢りならいいよ。」

テスト前ということで渋っていたなまえも、”俺の奢り”と聞けばすんなり了承してくれた。
昨日臨時収入あったし、金は使うものだし、たまにはこういうのもいいだろう的な。

「よし、じゃあ決まりな。着替えるから先に玄関で待ってて。」
「はーい♪」

何食べよっかなー、なんて上機嫌で呟く彼女を部屋から追い出し、くたくたの部屋着を脱ぎ捨てた。

何だか気持ちが軽くなっていく気がする。
部屋着と一緒に余計な感情・葛藤が身体と心から出て行ったのかな、なんて。

「…ま、何でもいいか…的な!」

考えても分からないことは考えない、それが世界を居心地良く生きるコツ。

なまえはいつだって俺の手の届く距離にいる、今はその事実が全て。

今日の夢にこいつが出て来た真相は分からないし自分の気持ちもまだ分からないけれど焦る必要なんてないんじゃん。
手を伸ばせば届く距離にいるのならいつでもその真実に触れることができるから。

「よし、行くか。」

と、バッグにノートと教科書を詰め込み昨日買ったばかりの上着を羽織って、部屋を出た。
新品の服を最初に着る瞬間ってどうしてこうも気持ちがいいんだろうか。

「なまえー、お待たせー!」

いたずらに真実に手を伸ばす必要なんてない、焦らず急がず俺のペースで進めばいい。

この時の俺は、そう信じて疑わなかった。



12.My pace. fin


■前回夢主さんのあわーい恋心の芽生え的なやっぱそうでもないかも的な話を書いたので今回は思春期香くんのターンでした。
破廉恥な始まり方に驚かれた方はすみません、全年齢対象です。

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