どのくらいの時間が経っただろう。気付けば一冊の本を読み終えてしまい、パタンと閉じる。時計を見るともう18時をまわっていた。もう図書室に生徒は少なく、司書の先生も片付けを始める。窓の外は相変わらずの雨、しかも、大雨。読んでいる時には気付かなかった雨音が今はガラス越しでも大きく聞こえるほどだ。それでもさっきよりは少しはマシになったような…まあ、風は止んだか。
今日の降水確率を見ときながら傘を忘れた自分を恨むしかない。たかが本一冊の時間潰しで止むほど甘くなかった、ということだ。濡れて帰るにはちょっと強すぎるかなぁ。そう思った所でガラッと扉が開く。こんな時間にまだ訪れる生徒がいるなんて、と入ってきた生徒を見て、え。真っ直ぐこっちに歩いてきた彼は私の前に立つ。


「えー…と、もう部活終わったの」

「はい」

「あー…じゃあ帰る?」

「…まあ、そのつもりで来たんですが」


その時は日吉くんが来たことに驚いて、一瞬自分が傘を忘れたことを忘れてた。下駄箱まで来てそうだった、と思い出す。というかその為にこの時間までいたのに。もう傘を開いて待っている日吉くんにしょうがなく伝えるが、いつもの呆れた顔を向けられた。


「今日の天気予報、見なかったんですか」

「いや、見たんだけどね、」

「……」


いや、お願いだからもうその顔やめて。馬鹿だったことは一番良く分かってる。


「…入って下さい」


そう言って傘を傾ける。え。傘、一緒に。いや、あまり深く考えないでおこう。そうだ、いくら日吉くんでもさすがに濡れて帰れなんてそんな酷いこと言わないよ。お邪魔します、と一つの傘に入る。心なしか離れてしまうけど、いつもの距離より幾分近い。ちらっと隣を見ると平然としたいつもの日吉くんがいて、なんだか癪だ。しかしその反対の肩が濡れているのに気付いて、然り気無く傘を押したけど、気付かれた。全然然り気無くじゃなかった。というか傘持っているのはそもそも日吉くんだった。


「や、その濡れるよ」

「…別に平気です」

「ダメだよ、風邪引くよ」


分かった、私がもっと寄ればいいんだね。そもそも、日吉くんは全然気にしてないんだし。


「どうしたの」

「………何でもないです」

「凄いそっぽ向かれてるんだけど………怒ってる?」

「怒ってないです」


次は絶対傘忘れないで下さい、と強い念押しをされて今度からは折り畳みを入れておこうと誓う。怒ってる、よね。相変わらず顔はこっちを向いてくれない。でも傘はしっかりとこっちに向けてくれる。例え怒っていても濡らさせるような人は嫌だけど、なんだかんだ言って日吉くんは優しい。


「もし忘れちゃったら、また入れてね」

「さっき忘れない、って言ったじゃないですか」

「だから、もし、」


はあ、と小さくもない溜め息でもちゃんと分かりました、と言ってくれる。ほら、やっぱり優しい。私は小さく笑うのに怪訝な顔をされたけど、何故だか心は晴れやかだ。

一つの傘と君との距離




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