おもいでのかおり



あれはまだ黒子が小さい時期だった。
仕事が嫌で隠れてしまった
黒子を探していたら
頭上からパラパラと橙色の
小さな花が綺麗な馨と共に
落ちて来たと思ったら
その木に登り悪戯っ子のように
笑う黒子の姿があったのは。

結局黒子は隠れたは良かったが
降りれなくて困っていたらしい。

微笑ましい記憶だ。


今年は少し早めに咲いたのか
庭に出ると
金木犀の馨が一面に踊っている。


嗚呼、
これが最期の日と云うのは
大層幸せな事なんじゃないだろうか。














「征君がいない?!」

「朝から見かけないんスよ。
昨日今日の朝、黒子っちを
起こしてくれって
頼まれはしたッスけど
出掛けるとは言ってなかったッスね」

「そうですか…」



征君がこうやって
朝から不在なんて事は
滅多にない。
あっても前日に必ず言う筈だ。
何だか嫌な予感がする。



「黄瀬君、緑間君に連絡を」

「はいッス」

「僕はテンペストに行って来ます」

「テンペストって
要らなくなったアンドロイドを
破棄する場所じゃないッスか!」

「一応です。いないと、信じてますが。」

「黒子っち…」



黄瀬君は
泣きそうな顔をしていたけれど
直ぐに自分を奮い立たせて
緑間君へ連絡する為に
僕に一礼してから部屋を出た。


僕は直ぐに着れる物を
チョイスし、
秋風が吹きはじめたから
必ず持って歩くようにと
征君に言われた
トレンチコートを手に持った。







黄瀬は言われた通り
緑間に連絡すると緑間は
いつも冷静な彼にしては珍しい
上擦った声を出した。



「赤司がいないだと?!」

「朝から姿が見えないッス!
緑間っち何処か心当たりないッスか?
黒子っちはテンペストに向かってみるって言うし…」

「テンペスト…」

「緑間っち?」



黄瀬は緑間の声色が変わったのを
敏感に察知し藁をも掴む思いで
名前を呼んだ。
緑間は少し思案した後、
ゆっくり唇を開く。



「テンペストじゃない…。
アイツは自分が創られた場所、
ユグドラシルに行ったんだ…!」

「ユグドラシル?」

「今は廃工場になってるがな、
あそこには征華…赤司の姉が
眠っている。」

「赤司っちにお姉さんが?!」

「黒子に連絡を取れ黄瀬。
俺は先にユグドラシルに向かう。」

「はいッス!」



電話を慌ただしく切ると
黄瀬は言われた通り
主人の携帯に電話をする。



「もしもし黒子っちスか?
緑間っちが赤司っちは
ユグドラシルにいるって…!
自分は先に向かうそうッス」

「ユグドラシルですか。
…全く逆方向じゃないですか」


思わずガンッと車の窓を
力任せに殴り付ける。
(これも読んでいたんですか?
征君…。)



「急いで向かいます。
屋敷は頼みましたよ、黄瀬君」



携帯を切り、制限速度を
アウトな感じで車を発進させる
間に合って欲しい。
何故消えたのか、消えようと
しているのか。
聞きたいことは沢山ある。
でも何より
彼に面と向かって
この想いを伝えたい。







廃工場とはいえ
綺麗に手入れされた
ユグドラシルの持ち主は緑間だ。
眠るなら此処が良いと
言っていた彼女の為に手に入れたのは20年も前の話。
今は緑に囲まれた美しい箱庭になっている。



「赤司…!」

『やあ真太郎。
やっぱり君が最初に来たね。』

「どうしてお前達姉弟は…!」

『どうしてだろうね…
でもやっぱり此処が還って来る
場所なんだ』



赤司は眠っているようにしか
見えない今にも起きそうな姉、
征華の頬を撫ぜた。



『征華は幸せ者だ。亡くなってからも
悼んでくれる人間がいる』

「お前が亡くなっても俺は悼むぞ」

『やっぱり優しいな真太郎』



でも駄目なんだ。
赤司は姉を起こさないように
(壊れているのだから起きないのに)
長い髪を梳きながら
そう呟いた。



「何が駄目なのだよ」

『此処がね、
もう悲鳴を上げてるのが
分かるんだ。』



そう言って赤司が指差したのは
人間でいう心臓の部分。
彼等の感情回路がある場所だった。



『ギシリギシリって…
間隔が着実に短くなってる』



もう駄目だよ。
こんな旧式の感情回路では
もう好意も悪意も受け止められない。

だからせめて姉の隣で
眠りたいと思ったんだ。



そう告げる赤司は坦々としていて
死を既に受け入れている事が
如実に伝わって来る。



「赤司…」

『姉さんの隣は駄目かな?』

「…お前のしたいようにすれば
良いのだよ」

『ありがとう…』



そう言うと
赤司は生まれた場所、
姉の隣にあるカプセルへ身体を
入れた。

そして胸ポケットから
アイスピックを取り出して
自身の心臓部へ刺そうとした
瞬間。



「待って下さい!!」

『………テツ、ヤ』



間に合うとは思っていなかった
主の姿を見て
赤司は動きを止めた。



『なん、で…』

「僕も成長してるんですよ」

『そうか。それは喜ばしい事だな』



赤司は本当に嬉しそうに
微笑むと再びアイスピックを
手にした。



「征君…?!」

『好きだよテツヤ
恋愛感情で…。だからこそ僕は
消えなきゃならない』

「それなら消える必要ありません!」



赤司の手は再び止まる。
黒子の話を聞くために。
緑間には黒子の続く言葉が読めた。
それは同じ鉄を踏んだから。



「黒子っ言うな!」

「僕は征君が好きです。
同じく恋愛感情で…!」

『テツ、ヤ…』

「だから帰りましょう、
皆がいるあの屋敷に!」

『アりが、トウ…』




ウレシイ…と赤司が呟いた瞬間
パキンっと何かが割れる様な
音が響き、赤司は眠るように
自身の姉が眠る隣に横たわった
まま二度と動かなくなった。





 








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