まっすぐみつめて。

 



泣き疲れて眠ってしまった
次の日、
“赤司”の取り扱い説明書を
読んでいた僕は吃驚する事になる。



「赤司君はトレース式なんですね。」

『うん。悪い?』

「悪いというか…何というか…」



今は初期設定さえすれば
後は殆ど自動的に動く物が
主流となっているのとは
(何故か)言えず、
僕は口をつぐみ
トレース式の知識を
頭から引き出す事に集中する事にした。

トレース式とは
自分が行った事を見て
覚えさせなければならない
何とも面倒くさい旧式中の旧式で
有名なアンドロイドだった筈だ。
祖母のアンドロイドという時点で
旧式というのは覚悟していたけれど。
まさか、これ程とは。
でも、トレース式という事は
祖母が大体の事を覚えさせている筈。
本人に訊いた方が早いかと
視線を赤司君へ戻すと、
それに気付いた赤司君は
飲んでいた紅茶を置いた。



「祖母が貴方に覚えさせた事は?」

「掃除、洗濯…まぁ家事一般に
執事としての姿勢に接客。
後は…」

「後は?」



伏せてしまった赤司君の顔を
追うように覗き込んだ僕を
赤司君は困ったように微笑んで
『笑わないでね』と言った後、
背筋を正し一呼吸置いて
謡い始めた。

初めて聴く赤司君の謡声は
テノールというよりも
アルトに近くて
甘く脳内に響く。
赤司君が謡い終わるまで
僕は身動き一つせずに
聴きいってしまっていた事すら
気が付かなかった。



『…下手でしょ』

「そんな事ないです!
凄く…綺麗で…その、
聴き惚れてしまいました…。」



懐かしい曲調。
聴き覚えのある歌詞。
この曲は…。



『ninnananna…』

「え…?」

『異国の子守唄みたいだよ。
さつきが、よく君に謡ってた。』

「ー…っ」

『トレース(旧)式も、
良いものだろう?』



何処か誇らしげに笑った
赤司君はまた、
先程の謡を口ずさむ。

変なところでのブレス。
少し訛った外国語。
所々外れた音。



(祖母と同じー…)



『さつきがね、言ってた。
僕みたいなトレース式は
その人がそこに居た
証になるんだって。
何ヶ月、何年、何百年経っても
…次に起動させてくれた人へ
想いが繋がっていく筈だから
未来へ預ける宝箱になって
欲しいって…。』

「…途方もない話ですね。」

『うん。でもね、
だから僕はさつきから君へ
受け継がれる最初の宝箱として
君に会えた。
そしていつか君から君の子孫へと
受け継がれるだろう事も嬉しい。
地道に一歩ずつで良いんだ。』

「ー……」

『だから、いつか僕を好きになって』




 “宝箱にして”




そう言って赤司君は微笑んだのに、
何故か赤司君の瞳には
寂しさが滲んでいた気がするのは
僕の、人間故の感傷だったのか。
幼かった僕には判断出来なかった。



 








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